select.6 日本人留学生と食事

「実に似合うね。やはり和服ばかり着せておくのは勿体無い、とは思っていたんだ。まさかここまでゴシック服が似合うだなんて、予想はしていたけれど、想像の上を行っている! 初めて着る服だろうに、立ち振る舞いからして完璧だなあ、君は」


 家の入口にて褒めちぎるアイ。


「それはそうとおかえり。キサキ、アラン」


 如姫の後ろにアランがいるのを見たアイは家の中へと促す。

 リビングに入り、アラン、レティーシャは食卓の椅子に座り、アイは紅茶を淹れ始めた。如姫はというと、キッチンに立ち、割烹着をゴシックドレスの上から着て、買ってきた食材を調理し始める。


「本当は食事中に話すべきなのかもしれないんだけれど、今話しておくよ。レティの父、ビル=ケリー卿からの依頼だ。内容は『軍部の動きを探って欲しい』だ。危険なことをしていれば止めてもいいとまで言われてしまったよ」

「なるほど、だから俺が呼ばれたと。ま、心当たりはある。きっとそりゃ過激派だろうな」

「なあ、アラン」

 

 会話の途中でアランに声をかけたのは、意外にも出会ったばかりの如姫だった。


「なんだい?」

「貴女はどこからどう見ても女性だ。なぜ軍人になれている?」


 少なくとも日本において軍人とは男にしかなれない職業であった。それはどこの部署であれ、だ。そもそも日本のでは女性は家で家事をしろと言うのが常識で、本格的に働く者などいない。如姫の家は少々特殊だったため、そういう常識を植えつけられた、ということはなかったが。

 だが、予備知識として女性が軍にいること自体が珍しいのは確かである。


「あぁ、そうだな。俺の家は代々軍人の家系でね。生憎様子供は俺一人しか生まれなかった――産めなかった。だから俺の父は俺を女ではなく、ましてや男でもなく、軍人として育ててくれた。だから期待に応えるためにも俺は軍人にもなったし、父が軍のそこそこいい地位に居るもんで、入隊を許可された。ま、俺を入れたせいで女性の入隊希望者が増えちまったらしいがな……っと最後のは余計かな」

「そうか。軟派そうに見えて、芯がしっかりしているんだな」


 そこで如姫は再び調理に集中する。元々話を聞きながらしていたのだが、集中が戻ったので手を動かす速度が上がる。


「さて、じゃあ本題だ。アランの情報から過激派が動きを活発にしているってことだけれど、具体的に何をしているのかをアランに探って欲しい」

「まあ、構わないけどよ。しかし俺一人動いていると怪しまれる。現状俺の部署じゃあ、上から待機を命じられているからな。それも俺だけでなく全員」

「ん? 諜報部の活動停止ってそれ大丈夫なのかい?」

「大丈夫なわけあるかよ。内部調査どころか他国の情報すら検証できなくなる」


 アランの所属しているところは諜報部である。陸軍、海軍、空軍の三竦みから独立している中立な部署だ。政府や軍部が内部で悪事を働いていないかや、他国の情勢を調査する部署。いわゆるスパイという存在だ。なぜか陸軍、海軍、空軍の中にもそれぞれ諜報部がある。

 軍内部は三竦みと諜報部含め派閥が存在する。

 内政を軍部主導でしようと動く過激派。

 今のままでは発展は望めないので、政府内部を変えていこうと考える改革派。

 現状を維持しようという穏健派。

 勢力としては二対三対五といった風である。


「アラン一人では怪しまれるというのならば、わたしを連れて行くといい。わたしは他国からの留学生――自国の発展のために他国を学びに来ている。ならば軍部を見学するのもなんらおかしいことはない」

「なるほど、つまり俺は軍部を案内する案内役をすればいい、ってことか」

「そうだ。あと、もう一人同郷の者を連れて行きたい。彼女は一応軍部の勉強を主眼に置いているのでな」

「……何かあったら巻き込まれることになると思うが、いいのか?」

「問題ない」


 如姫は作り終わった料理をテーブルに並べていく。


「そうそう。キサキ、これを持って行きな」


 アイはそう言いながら懐から一丁の拳銃を取り出す。

 三十八口径のリボルバー銃――弾倉には六発入り、銃身自体は細く、スリムな印象を与える。それでいてグリップを握れば、ずしりとした重みがあり、銃身の頑強さを感じさせる。


「私が一から作った銃さ。とりあえず通常弾十二発と、特殊弾を七発渡しておこう」

「そうか、使わないことを祈るよ。しかしなぜ片方のがひとつ多いんだ?」

「なぁに、少女は胸に一発の弾丸を仕込むものだからね」


 アイはウインクをし、食事に手を出した。



***


 とある路地裏にて、黄色いレインコートが笑う。

「羊飼いに未来さきあれ」

 そして方々ほうぼうへと散った


 

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