select.4 日本人留学生と貴族の娘

「和解しました」


 学院の図書室にて、如姫の言葉にテイコは驚きのあまり目を見開く。


「そんなにすんなり言われてもねえ……」

「半信半疑かもしれませんが、わたくしの中で折り合いは付けました。これから共に過ごす人ですから」

「……ま、如姫自身がそう思うならいいよ。あたしからは何も口出ししない」

「迷惑をかけてごめんなさい。ありがとう」

 二人は談笑する。次の授業はどんな内容だったか、予習はしたか、など。傍から見ればただの女学生で、留学生なのであった。

「そうですね。今のところ軍事方面に特化してはいますが、いずれ生活方面の方にも――あっ」


 如姫は話の途中で誰かとぶつかる。ぶつかった拍子で読もうと思っていた本をお落としてしまう。慌てて拾おうと落ちた本に手を伸ばそうとしたとき、先に茶色い手が本を掴む。如姫は顔を上げる。

 手の正体は金髪碧眼に茶色い肌が特徴的の少女だった。身長は二人よりも低いためふたりを見上げるような形になる。


「落としたよ」


 そう言って少女は手に取った本を如姫に渡してくるので、如姫はそれを受け取る。


「ありがとう。貴女、名前は?」

「イージス。また、いつか。ミス・サキザキ」


 それだけ言うとイージスはそのままスタスタとその場を立ち去る。


「珍しいね、あんたが人にぶつかるなんて」

「気配を感じませんでした。足音もわざと消していましたし……イージス。どうやら彼女は武芸に長けた人なのでしょう」

「そっかそっか。ま、名前聞いてピンときたけど、あのイージスって子。結構噂になってるよ」


 テイコがジト目でイージスの歩いて行った方を見つめ、続ける。


「貴族のボンボンに色々とちょっかいかけられてるらしい。ま、聞いてると結構陰湿っちゃ陰湿だね」

「そうですか……」

「やめときな、如姫。首突っ込んだらあんたも巻き込まれるよ。あんたが介入したら面倒なことになるさね」

「悌子。わたくし、まだ何も言っていませんが?」

「あんたの考えそうなことなんてすぐ思いつくさ……これは忠告ってやつだ」


 わかりました、と如姫は奥歯を噛み締める。傍から見れば悔しそうな顔といった印象に捉えられる表情だった。

 自分はあの少女を救わねばならないのではないのか、路地裏で助けた少女にしたように――と思考するが、テイコの言葉がそれを遮る。

 テイコの言葉は正論だ――自分は人助けをしにわざわざ外国に来たのではない。勉強しに来ている。無論他の仕事もあるのだが、そちらはこの際置いておく。


「歯がゆい、ですね」


 如姫は拾ってもらった本を見る。

 題名は『悲劇の歴史』とある。如姫は本を開き、ペラペラとページをめくっていく。内容としては現在までのイギリス国内についての歴史が書かれている。タイトル通り、悲劇的な歴史が中心ではあったが。

 元々イギリスは十三家の王族が治めていたのだが、とある事件により五家に減り、ここ数年で三家になっている。

 その中で如姫の目はある写真とその注釈に止まる。

 それは一族郎党滅んだ、あるいは没落した十家が一家づつ写った集合写真だった。その中の一家の写真に見覚えのある顔があった。如姫が路地裏にて助けた、少女の顔が、その写真に載っていた。

 そしてその注釈には――

「アイ=ラ=セントル……」

 ――如姫のホームステイ先の家主の名があった。

 (deceased)という追記付きで。



 ***



「ただいま」


 如姫は一日を終え、自身のホームステイ先――アイの家に帰ってきていた。


「おかえり、如姫。制服も実にキュートだね。クロック・ハイスクールの制服は貴族然としてはいるが、装飾は少なく、質素に、だが色合いで可愛さと厳格さを両立させている。ふふ、デザイナーはいい仕事をしたねぇ」


 アイの出迎えは実に個性的だった。『おかえり』から、制服延いてはデザイナーへの賞賛へと派生する。


「スカート丈も膝下十センチというところもいい。やはり若い子は健康的な脚を見せるべきだ。あ、もちろん如姫、君の着こなしあってこその可愛さ、凛々しさだ。ブーツから少し見えるソックス、からの生脚にスカートと上へ順々に見ていてこれほど尊いものもない。君も実にいい仕事をする」

「貴様は本当に日本語が達者だな」

「熟達と呼んでくれても構わないよ。君へ賞賛を与えることが出来るなら、過去の私の努力というものは無駄ではなかった、と胸を張れるものだからね」

「皮肉のつもりだったのだがな。三枚舌の上で踊っているのが日本語というだけで、妙にイラつきを覚えるよ」

「君も英語が達者だよ。如姫」


 立ち話もそこそこ、お茶にしようとリビングへと二人は向かう。

 紅茶が二つのカップに注がれ、二人は対面する。


「如姫。今日はお客様が来るから君は君の部屋でゆっくりしていてくれるかい?」

「聞かれたらまずい話でもするのか?」

「仕事の話だからね。レディには少々刺激が強すぎる」

「そうか。ま、家主の願いだ。聞くのもやぶさかではない」

「助かるよ」


 二人は紅茶を、如姫は二階の自分の部屋へと、アイは自室へ原稿を取りにそれぞれ分かれる。

 そして十数分後、玄関扉にノックする音が響く。

「失礼するよ」

「失礼します」

 男性と女性の声だった。

「……声の質からして女性の方は若い。男性の方は足音に重みがあり、ある程度脂がのっていると見えますね。声質から男性と女性には年の差がありそうです。仕事の話――付き人、あるいは親子。女性の方の歩く感覚が少々ずれている、その上靴とは違うキシミのような……義足ですか。精巧なのか、本人の努力の賜物か。そして女性の方はこちらに向かってきている」


 如姫はブーツを脱いで、座布団の上で正座をしていた。座布団は如姫の持ち物で、座布団の上に風呂敷を敷いて、座布団が汚れないよう工夫してある辺り、かなりのお気に入りなのが伺える。


「入ってもよろしいでしょうか?」


 ノックのあと、女性の声がする。如姫は扉の方へ顔を向け、許可を出す。すると扉は静かに開き、女性が姿を現した。

 栗色のショートボブで、メガネをかけた美少女だった。アイと似たり寄ったりの背丈に丈の長いスカート、ゆったりとした余裕のある服装だった。

 しかしそんな少女にも違和感は存在していた。

 


「あなたがアイさんのおっしゃっていた日本の留学生の方ですね」

「そうだ。して、其そなたはどなたでしょうか、義足の令嬢様」

「まぁ……!?」


 少女は口元を両手で隠し、驚いた仕草を取る。

「よく、わかりましたね」

「足音の感覚が少々ずれている。そこから足が悪いのだろうかと推測しましたが、足が悪いにしては引きずっている感じも、杖をついている音もしなかった。そして靴は履いているのでしょうが、少々キシミのような音も聞こえる。よほど精巧な義手のようだ。恐らく足の形をした義足なのでしょう」

「ふふふ、正解です。まるでシャーロック・ホームズのようですね」

「アーサー・コナン・ドイル。まぁ、わたしは耳がいいだけですので」

「英語も達者ですね。ですがアイに話すような口調で問題ないですよ、自分でも少し違和感があるのでしょう」


 にっこりと笑顔を見せる少女。


「……ならばそうさせてもらう」


 如姫は苦笑で返す。


「申し遅れました。わたしはレティーシャ=ケリー。英国内にたくさんいる貴族の内の一家の一人娘。皆からはレティという相性で呼ばれていますわ。ぜひレティと呼んだください」


 スカートをたくし上げ、軽く会釈をするレティ。その立ち振る舞いは実に貴族らしい、一挙一動不自然のないスムーズな動きだった。


「わたしはキサキ=サキザキだ。学者であり華族の娘――次女だ。わたしも気軽にキサキと呼んでくれ。レティ」

 

 よろしく、と二人は握手をする。如姫はレティを部屋の椅子に座らせて、再び座布団の上へ戻る。


「キサキはここでなにを?」

「盗み聞きだ。アイがなにを話しているのか気になってな。あいつは『レディには少々刺激的すぎる』などとうそぶいていたが」


 キサキとレティは耳を澄ませる。



「アイ君。確かに依頼通りだが、少々陰湿な終わりではないかね?」

「ハッピーエンドにすることはできますが、色々と辻褄が合わなくなりますよ、それ」

「うーむ。ならば仕方ない、か」


 中年太りの貴族――レティーシャの父は原稿を持ってきたカバンの中に入れる。


「ビル=ケリー卿。原稿の話はここまでにして、別の仕事の話でもしましょうか」

「む、そうだな。手短に済ませよう。実は二つほど要件があるのだが」

「聞きましょう」

「娘のレティーを君のところでしばらく預かってて欲しいのがひとつ」

「なるほど、だからあの荷物の量、ですか」


 アイはちらりと窓の外を見やる。そこにはケリー家の従者とおぼしき人が数人、大量の荷物を抱えていた。


「まあ、構いませんが。理由は?」

「それが二つ目の要件に関わってくる――ここのところ軍部の動きが活発に動いている。それも怪しさが目立つ」

「……ほう。それで、自分の家よりもまあ、安全であろう私のところへ預けよう、と?」

「そうだ。前々から軍部に怪しい動きはあった。アレクサンダー公と、その支配下にある国家公安局も目を光らせているが、別件であまり軍部に目が行ってない様子だ。それで、依頼というのは――軍部が何をしようとしているのか突き止めて欲しい。証拠さえあればアレクサンダー卿も大きく動けるだろう」

「別に、私が解決しても構わないでしょう?」

「それは助かるが、相手は軍部だ。とてもじゃないが個人でどうにかなる規模じゃない」

「言ってみただけですよ。まあ、両方とも受けましょう。早く従者達に荷物を運んできてもらうといい、きっと疲れてるだろうしね」



***



「エドモンさん! 見つけましたよ」

 レティシアは潜伏先の宿にて、自身の泊まっている部屋の扉を勢いよく開け放つ。スパイとしては不合格な行動に、部屋の中にいたエドモンは少し呆れ顔でレティシアの帰りを迎えた。


「なにを、だ」

「例の路地裏の少女のことです。やはり他人の空似ではありませんでした」


 レティシアは後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。そして一冊の本をエドモンに差し出す。本のタイトルは『悲劇の歴史』だった。


「三十四ページを開いてみてください」


 エドモンはレティシアの言ったページを開き、目を細める。


「セントル家……【マギ・ギア】の研究に投資し、また、自身も研究を行っていた研究王家。そして一家は不幸にも家にて火事で亡くなった。この一家の一人娘――アイ=ラ=セントルか。確かに似ている」

「ですよね」

「だが、辻褄が合わない。。例え生き存えていたとしても、もう立派な大人レディだ」

「【マギ・ギア】を使えば可能だと思いませんか? 例えば不老の薬を作るとか、それこそ時間旅行とか」

「この国は確かにフェアリーチックな国だ。しかしな、あくまで【マギ・ギア】は科学技術の一端だ。未知の技術と呼ばれはすれど魔法などでは断じてない」


 『魔法のような技術』――ゆえに【マギ・ギア】。科学技術というよりは加工技術と言った方が近しいが、いずれにせよ未知であることに変わりはない。万能ではあるがなんでもできるわけではない、というのがこの技術の見解だ。


「だが、あの時の少女がセントル家の隠し子だった――いや、こんなことを考えるまでもなく、簡単に確かめることができる方法がある」

「え、そんなことできるんですか?」

「あぁ、あの時路地裏にやってきた東洋人をとっ捕まえてその少女の事を聞けばいい」

「なるほど! そうなれば……」

「ま、東洋人なんて珍しい人種、ちょいと情報を集めればすぐにでも見つかる……レティシア?」


 エドモンはレティシアのいたところを凝視するが、そこにレティシアの姿はなかった。そして冷静そうな見た目の彼女が意外にも猪突猛進な面が強いというのを思い出し、エドモンは部屋を飛び出す。

 路地裏で出会った東洋人の少女――彼女が相当の手練であることも思い出しながら。

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