第18話 寂れた倉庫にて 後話



 「ミラクーロ様……」

 ミラクーロがぼんやりと肘をついて目の前で起きている騒ぎをながめていると、足元にふさっと感触があった。見るとそこには、馬車の中で休んでいたはずのベントスがすり寄ってきている。

 ベントスはその小さな口を開くと、再びミラクーロの名を呼んだ。

 「ミラクーロ様、少々伝えたいことがあります」

 その言葉を受け、ミラクーロは足元へ手を伸ばすと、小さな白い猫の姿をしたベントスを膝の上へと持ち上げて尋ねた。

 「今度は何?僕、そろそろ疲れちゃってるんだけど……」

 「ミラクーロ様はお気づきですか?あの徐次郎という男の異常」

 「……うん。ちょっとだけど、おかしいよね。あの人」

 そう言ってミラクーロは、テーブルの上からグラスをとり喉を潤す。

 「命素の量が爆発的に増えてる。洞窟の中で会った時にはそんなでもなかったのに、砂漠からここへ来る途中で出会ったあの黒いのが原因かな?」

 「竜巻の中に入り込んでくるときに、不思議な機械を使ってました。あれを操作した直後に、一旦ものすごく減って、それの反動みたいに一気に増えたのを確認しています」

 「そう。でも、まあ、普通の『人類』よりは多いってだけで、問題はないでしょ」

 「それがそうとも言い切れません……」

 「どういうこと?」

 ミラクーロの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし、箱座りでくつろいだ様子のベントスが、ミラクーロからの問いに答えていく。

 「昨日、ボクの本体が沢山の魔と遭遇したみたいで、一緒にいた人類の二人を助けるために直接相対したらしいんです。その時、人類の片方がおかしなことになったみたいなんです。あの徐次郎という者と同じように体内に魔を取り込んでしまったって」

 「相変わらず、意味が伝わってきませんね、君の説明……」

 「まあ、知識の差というものなんでしょう。気にしないでくださいね、ボクは気にしませんから」

 「……」

 ミラクーロはその言葉に、この物知らずめ、と言われたような気がした。

 「とにかく、その魔を取り込んだ方の人類が、あの徐次郎のように体内の命素を爆発的に増やしたと言うことらしいです」

 「うげっ……。あんなの、まるで汚れた沼の泥水を呑むようなものなんじゃないんですか?」

 「そうですねぇ……、どちらかと言えば、その底に溜まっている泥を食べるような感じですけど」

 「似たようなものでしょう。泥水も泥も」

 「そうですか?ボクにはかなり違ったもののように思えたんですけど」

 ベントスの背に乗せられているミラクーロの手が、ベントスの背中をぐいっと押す。

 「うげっ」

 ベントスは思わず声をあげた。

 「で、それがどうしたんです。まさかそんなことで馬車から降りてきたわけじゃないですよね」

 「ええ、そうです。とても大事なことだと思ったので、見つかるかもしれない危険を省みず、進言に来てあげたわけです」

 「それは、それは。どうもありがとうございます」

 「うふぉ、ぐえ……。ミラクーロ様、マッサージでしたら首元をこう、親指で優しく回すようにしていただけると……」

 

 「それだけじゃないんでしょう。とっとと話の続きを済ませて、馬車の中に戻っていてください。あのサージェスって人、きっと君のことも気づいてますよ」

 「そうですね。ではそうします。単刀直入に言えば、あの徐次郎という者を昨夜の茸に近づけると、更に命素量が増えてしまうと思われます」

 「それなら別にかまわないじゃないですか。何か問題でも?」

 「あの黒い命素が、体内の命素量を半分以上占めると、人類種が特に不安がっている『魔人』となる可能性があります」

 「……またそんなファンタジーな」

 「ファンタジーって言いますけど、本当の事ですよ。他者から奪うことしか考えない人類種である『魔人』。今の文明期ではまだ稀にしか現れていないですけど、いくつか前の文明期には、国家までつくっていたことがありますから」

 「そんなの本当にいたとしても、おのずと滅びるでしょう。奪うばかりじゃ」

 「そうでもないんですよ。そこが『人類』という種の不思議なんですが」

 「奪う相手がいずれは滅んで、そうしたら奪う側も滅ぶしかないでしょう?他の道があるんですか?」

 「奪う側の傍にすり寄るように、日和見な者達が集まっていきます。そうしてその者たちが、作る者達を管理しようとしはじめます。管理の仕方もずいぶんと手が込んでて、管理される者達自身で管理されやすくするようにと、おかしなことになってます」

 「よくわかりませんけど、例えば牛や羊たちが自分で乳を搾って樽に詰めたり、毛を刈って糸をつむいだりってことですか?」

 「はい。ちょっと違いますけど、概ねはそのとおりです」

 「むしろそれなら、面倒がなくてありがたいじゃないですか」

 「それ、本気で言ってます?」

 「牛や羊たちがそうやって自分で自分の世話をしてくれるのなら、手間がなくていいじゃないですか?」

 「けれどそれが、人だったらどうです?ミラクーロ様はそんなふうに誰かに飼われて暮らしたいと考えますか?」

 「……そう聞かれると、困りますね。けれど、牛や羊と人は違います。それに今言った奪う側の者も、傍から見ればそう見えるだけかもしれませんけど、ちゃんと人知れず何かを与えていると思うんです」

 「与えている、ですか。確かに怖れとかは与えているかもですが……」

 「であれば、相互に与えあい受け取りあって形ができているのでしょう」

 「まあ、そういう見方もできるのかもです。どちらにしろ、ボクには関係のないことですけど」

 ベントスは、なかなか話の通じないミラクーロに呆れたようにそう言った。


 「仮に、ですが、受け取りたくないものを無理矢理に押し付けて、それで相手から、その相手が与えたくないと思っているものを強引に受け取ろうとしているのであれば、それは『魔』というよりは『悪』なんじゃないでしょうか」

 「『魔』と『悪』って、違うものなんですか?」

 「どうなんでしょうね。でも、僕にはなんとなく違うような気がして」

 「だとしたら『善』と『聖』も違うんでしょう?」

 「ああ、それならなんとなく違いがわかるかな。『善』は行為に対しての言葉だし、『聖』は存在に対しての言葉だと思います。『聖』なる者は『善』を成す。モリトに古くから伝わる言葉ですから」

 「とすればですよ、『魔』なる者は『悪』を成す、ってことですよね」

 「……まあ、言葉的にはそうなるんでしょうけど」

 「ミラクーロ様が暮らしていた『たそかれ』というところには、そうした『魔』というものに関しての知識があまりないみたいですね」

 「『魔王』だとかですか?そもそもが存在そのものを悪とする考え方がありませんので。人はすべからく『善』を行い『悪』を成す。そういう考え方が一般的です」

 「なるほど。だとすれば、ボクらもいつか行ってみたいです。行けたら、ですけど」

 ベントスはそう答えると、小さくあくびをした。その背をミラクーロが優しく撫でている。そうして二人がつく席の向かい側では、徐次郎がサージェスの髪の毛を苦無で強引に刈り取ろうとしていた。



 「ねえ、ミラクくん。さっきから何をベントスと話してるの?」

 席の向こう側で大の大人が、掴みあって髪の毛を刈りあっている。その暴挙に出た徐次郎をとめようと陽炎が後ろから羽交い絞めにしているが、すでにサージェスの毛は頭頂部をごっそりと切り取られていた。

 それを呆れ顔で眺めていたミラクーロは、声をかけてきたレイミリアに顔を向けてつぶやく。

 「はぁ、レイミリアさん、いっそのこと二人だけで逃げちゃいましょうか?」

 その一言はドキューンと、レイミリアの胸を貫いた。


 「な、な、な、な……」

 もはや言葉にならない。レイミリアは、間にある箱の中に顔を突っ込んで、声にならない悲鳴を上げていく。

――ちょ、ちょ、ちょ、ちょ!なに、なに、なに、ない?なんの神展開?エシャ?どうしよう、私、あなたたちに新しいお父さんだよってそう紹介した方がいい?

 かなり暴走気味である。

 するとミラクーロが事も無げに言った。

 「あの人たちと関わっていると、たぶんだけど、レイミリアさんに身の危険が及びます。そうであれば何かの機会に離れて、どこかに身を隠すほうがいいんじゃないかと。どう思います?レイミリアさん」

 しかしそんな言葉は、今のレイミリアには届いてない。もはやすっかりと茹蛸のように赤くなったうなじが、箱を覆うように広がる金髪の向こうに見えているだけである。

 「はぁ……、この人になんで銀の鈴が出ちゃったんだろう」

 そうつぶやき、頬杖をつくミラクーロであった。 



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