第18話 寂れた倉庫にて 中話 3



 「そろそろ、今後の話に入ってもいいかな?」

 目を点にしている徐次郎と、その徐次郎を見て微笑んでいる陽炎。そんな二人を見てボケっとした顔のミラクーロに、鍋を抱えて直接フォークでつついているレイミリア。四人がサージェスの声に顔を向けた。

 「まず、徐次郎と『たそかれ』の君たちだが、君ら三人は三日後の夕方に地中海を越えて、その後はポルトガルの首都リスボンを目指してほしい。その地にある『マルアハ』ヨーロッパ支部で結界師と名高い法術士の助力を仰いでくれ」

 「アレキサンドリアからリスボンだと、えらい距離があるな。中近東の方にはいなかったのか?」

 「結界に関する知識を持った法術士は、リスボンに住むその方だけだ。もともとはお前達と同じ忍びの者だったらしいがな、忍び、幻術師を経て法術士と転職を繰り返し、今は結界術士として活動している」

 「忍びって、本家の者なのか?」

 「俺にはそこまでの情報はとれなかった、とだけ言っておこう。それくらい上の方の方だ」

 「なんだか面倒な予感しかしねえな。そもそも名のある相手なら、二年前に俺が探し回ってた時に名前くらいは上がりそうなもんじゃねえか。結界術士だとかって初めて聞いたぞ」

 「そうか。そいつは楽しみでよかった」

 「逆だって言ってんだよ!あてになるのか、そんな奴」

 「ワハハハハハ、行ってみりゃわかる」

 そう言ってまたワハハハハとサージェスが笑う。徐次郎は呆れ顔だ。

 「んで、なんで三日後なんだ?地中海を越える船の手配にそんなにかかるのか?」

 ふくれた顔で徐次郎がそう聞くと、サージェスはキリっとした顔になって言った。

 「いいや。その気になれば今すぐにでも船は出せるぞ」

 「じゃあなんでだよ!」

 「お前、茸の事ほったらかしで行く気か?」

 「はぁ?!」

 「はぁ?!じゃなくて、お前の巣になってるあの建物に魔障化した茸、生えてただろ?」

 「ああ、生えてたが……でもその件は本部のエリーに報告して済ませたぞ。アレキサンドリアの支部にも連絡がきたろう?」

 「うむ、来た」

 「そしたら要員とかは、アフリカ支部でなんとかなんだろう?」

 「そこだ。茸の件の連絡は来たが、それよりも先に陽炎ちゃんが来てた」

 「ああ、そうだったな」

 「陽炎ちゃんが来た際に、お前の捕縛命令を手に持って来てた」

 「ほう、それで?」

 「お前の親友でもある俺は、こいつはなんかおかしいなと思って、一計を案じた」

 「……はぁ」

 「エリザベートがお前に惚れて、それで手を変え品を変えありとあらゆる手でお前さんを篭絡しようとしているって噂を聞いてて、陽炎ちゃんを一目見たときに何か術をかけられてるなって、それが解ったんだ」

 「ほほう」

 「同じ手を、俺も食らわないとは言い切れない。なんたってエリザベートは、あの大御所の娘さんだ。精神支配系の術式は半端ない相手だ」

 「ほう、それで?」

 「で、だ。俺はともかく、アレキサンドリアにいる戦闘に長けた連中までも操られてしまえば、仮にお前は取り押さえられなくとも、アレキサンドリアの魔障的な治安は悪化する」

 「まあ、そっちに人員を割かなきゃいけないとなりゃそうなんだろうな」

 「加えて、だ。そこに加えて、俺までエリザベートに操られた日には、嫁さんに後で何と言われるか」

 「……」

 「そういうわけでアレキサンドリア支部の実働可能な戦闘職は全部カイロへと移動させてある。呼べばすぐに戻るとは思うが、手間もかかるし面倒も多いから通常の手順で呼び戻したい」

 「……ほう」

 「通常の手順だと、あいつらが持っていったクエストの達成期日まで戻ってこないだろうから、早くても三日先になる」

 「何を持たせた?」

 「古代王朝の足跡調査と未踏の墳墓発見。それとピラミッド周辺に発生する魔障の退治、かな」

 「……どれもこれも達成不可能案件じゃねえか」

 「まあ、こういう時のための案件だからなぁ。それにあいつら、一様にものすごく真面目な連中だし、実は嘘ピョンとかって言いにくくて、な」

 「……言え」

 呆れ果てたと言わんばかりの顔で徐次郎はそうサージェスに告げると、陽炎の顔を見て優しく尋ねた。

 「陽炎、お前、火術系はどれくらいコントロールが効く?」

 「上位の術まで全部使えます」

 「そうじゃねえ。コントロールはどれくらい正確かってことだ。例えばここから、サージェスの髪の毛だけ全部燃やせるか?」

 「……そこまでは無理。頭皮を少しだけ焼いてもいいのなら大丈夫だけど」

 陽炎の言葉にサージェスが首をすくめた。

 「そうか、それじゃあ心許ないな」

 「ま、まて。わかった。呼び戻して対処に当たらせるから……」

 席を立ち、じりじりとにじり寄る徐次郎を前に、サージェスは椅子に座ったまま、両手で徐次郎を制しながら笑みを浮かべている。

 「まだ一月なんだ。頭がスースーすると風邪をひきやすい体質なんだ。だからな、許せ、な、徐次郎」

 そんなサージェスの言葉にもかまわず、徐次郎はガシッとその制しようと前に出された両の手首を握りしめると、ニターっと笑って言う。

 「安心しろ、茸退治は引き受けてやる。その報酬として今回も刈る。毛母細胞は残しといてやるよ」

 昼近い朝方の倉庫の中に、低く短い悲鳴が上がる……。


 そんな大人たちの戯れを前に、しかしレイミリアは既に三杯目となる鍋の底をフォークで削るように攫っていた。

 あの洞窟から砂漠へと出てから、殊更にお腹がすく。何故だろうと考える頭は片隅にはあるが、しかしその欲求を満たすほうが先。そうレイミリアは考えてきた。

 異様な転移、そうして異常な人種。加えてアイオリアでは口に出すことも憚れる、王家の者がすぐ隣にいる。

――お父様は、王家の方々は無駄に長命だって言ってた。今のルミネ王はもう五百年も即位したままだって言うし、その前に即位されてたオリト王は千年前に生まれたって言ってた。ってことは、ミラクーロ君も見たまんまってことはないわよねぇ。

 そんなことをぼんやりと考え続けている。すると、またあの男の声が頭に響いた。

――まあ、思うところは色々あるんだろうが、その方はあまり考え込まぬ方が良い。むしろ感じたまま、思いが浮かぶままに動く方が素直であろう。

 いつぞやに聞こえてから、以降はずっとこうして頭の中で話し相手になってくれている。声の感じはオジサンに近いが、言い方はまるでどこかのお偉い様のようだ。

――そうは言うけどさ、考えちゃうじゃない。だってさ、王子様ってことだと、私の行動次第でお父様やお母様にも迷惑をかけちゃうんでしょう?

――……何を考えておる?

――だからぁ、ミラクくんに下手に手を出して、それが癇に障ったらグランスマイル家をお取りつぶしとかって。

――……。

 今回は、それきり声が黙り込んでしまった。最後にとても残念そうなため息が聞こえ、以後の反応はない。

――はぁ……。見た目は超ストライクなんだよなぁ。でも私より年上だとしたら、面倒くさいなぁ……。

 レイミリアはそう考えてため息をついた。そうしてミラクーロがいる側の、間の席に置いてある箱の中を覗きこみ、小さく声をかける。

 「キャロ、エシャ、パセリ、セロリ……。私はどうしたらいい?」

 名を呼ぶと箱の中の馬達が小さくいなないた。その様子はまるで、思うとおりに行けばいいと言っているようにレイミリアには思えた。



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