第18話 寂れた倉庫にて 中話 1



 「で、そのお二人はなんなんですか、徐次郎さん」

 暫くして、五人分の食事と四頭分の飼料を準備し終わり、一同が食事の席についていた。倉庫の土間に見事なテーブルが置かれ、その上に白いベッド用のシーツがかけられている。なんでシーツなのかは不明だ。レイミリアに銀鈴の練習もかねてテーブルと椅子を用意させたところこうなった。

 その席で、相変わらずの鍋が三台置かれぐつぐつと音を立てている。それを見ながらミラクーロが、斜め前の席に座る徐次郎に話しかけていた。

 「こっちの黒いのが、俺の妹の陽炎って言う。そっちのはサージェスだ。二人とも俺と同じ仕事に就いてる仕事仲間だ」

 そう答えた徐次郎を、すぐ隣に座る陽炎が切なそうな顔で見ている。

 「で?」

 ミラクーロが今度は顔を向けて徐次郎に尋ねる。

 「どうして、一緒になってご飯を食べることになったんですか?」

 その質問には言外に、自分達のことは内緒だと言っていた以前の徐次郎の言葉の真意を確かめようとしている節がある。そう捉えた徐次郎は、ポリポリと頭を掻きながらあっけらかんと言った。

 「……知らん。流れだ」

 「流れって何ですか?言いましたよね、僕。これじゃあ約束はなしってことになりかねませんよ」

 そう言われて目を点にしている徐次郎に気がついた。どこを見ているのか目の焦点がずいぶんと遠くを見ているみたいに見える。ミラクーロはそう感じて呆れたようにため息をついた。

 「……鳥並みの頭なんですか?忘れちゃいました?約束?」

 「ごめんなさい。兄様は何かに集中しちゃうとそれ以前のことをよく忘れてしまうの」

 徐次郎の隣に座って黙って話を聞いていた陽炎が、突如会話に入り込んできた。

 「その原因になったのは私なの。なのでごめんなさい。どうか許してあげて、お願い」

 陽炎がそう言ってテーブルにおでこをつける。その様を見てミラクーロが、驚いたように声を発した。

 「び、びっくりしました。言葉、わかるんですね?僕らの……」

 そう返された陽炎が、こちらも驚いたような顔で聞き返す。

 「だって、日本語でしょ。私も兄様と同じ日本人だから、わかるわよ……」

 そうして暫しの間、三人の間に長い沈黙が流れていく。





 徐次郎とミラクーロが座る席の反対側では、その間もレイミリアがサージェスからいろいろと話しかけられていた。

 「君は年はいくつだい?見たところヨーロッパ系の顔立ちをしているね。いや、どちらかと言えばエスニックかな?サリーなんかが似合いそうな綺麗な顔立ちだね」

 そうサージェスは言うが、用いている言語は先程までと同じく英語だ。当然レイミリアには分かるはずもない。

 「なに?なによ、このオジサン。暑っ苦しい、その目、何?なんでたれ目で瞳だけ金色なの?」

 「ハハハハ、どうやら驚いているようだね。まあ、仕方がない。こんなにもナイスなミドルに優しい言葉をかけられるなんてことは、そうそうないだろうからね」

 「うわ、キモ!オジサン脂汗ういてる。ねえ、その頬と鼻、拭いた方がいいわよ」


 「……あっちは何の話をしているのだか」

 ため息と共にミラクーロがそうつぶやき、すると徐次郎がサージェスに英語で声をかけた。

 「サージェス、その娘は日本語しかわからないようだ。それ以上からかう気なら、今言った言葉、まんまサーニャさんに伝えるぞ」

 言われたサージェスは顔を青くして徐次郎を睨むように見る。

 「それはルール違反だ!男として間違ってる」

 「何のルールだそいつは……。それにその娘、見た目以上に幼子だぞ。お前、いつからロリになった?」

 「ふふ、侮るなよ徐次郎。俺は相手が女性であれば見た目も歳も関係ない。すべからず当たって砕けろだ」

 「なるほどな。それで散々に自分の評価を粉砕してきて、ようやくサーニャさんに拾われたってわけだ」

 「みなまで言うな、徐次郎」

 「しかも拾われてすぐに受付の女の子に粉をかけて、それがあっという間にサーニャさんにバレて、それで土下座?……お前、どこで覚えた、土下座なんて……」

 徐次郎の口から出る言葉に、サージェスと陽炎が驚いた顔を浮かべる。徐次郎はこの二年間、ほとんど居場所すら不明な場所で『たそかれ』を目指し暗躍していたはずだ。アレキサンドリアへはひょとすると立ち寄るくらいはあったかもしれない。しかしそれでも、サージェスの動向について詳しすぎる。

 「……はは、なんだ親父殿か。まったく、先見ありすぎだな」

 徐次郎の目は、サージェスから見て右上をチラチラと見ている。そこに何かあるのか?とサージェスも目を凝らすが何も見えない。

 「サージェス、とにかくこの場では日本語を使え。それとラテン系のノリはなしだ。いいな」

 そう言って、陽炎を間に挟んでサージェスを見る徐次郎。その表情に変わったところは見えない。いつもの少しだけ愛嬌のある、しかし目つきの悪い徐次郎だと、サージェスにはそう見えた。


 「兄様、どうしてそんなに色々なことを知っているのです?」

 今の様子を間に挟まれて聞いていた陽炎が、思わずそう尋ねた。

 「何をだ?こいつの女癖の悪さなら、今更だろ?」

 「それはそうですけど、でもサージェスさん、結婚したのはつい最近ですよ。それに彼の土下座事件については三ヶ月ほど前のことです。兄様はその頃、すでに『たそかれ』に向かわれていたのではないのでしょうか?」

 「ああ、そういうことか」

 そういうことか、と答え、徐次郎は目の前に置かれた鍋に箸を伸ばし、肉をつかんだ。

 「ま、いろいろだ」

 つかんだ肉をそのまま直接口に入れると、モグモグと咀嚼しはじめる。どうやら詳細は説明したくないといった様子だ。そう察して陽炎は、同じように鍋に箸を伸ばそうとする。

 「待て、陽炎!お前の鍋はこっちじゃない。真ん中の鍋をつつけ」

 徐次郎が慌てたふうにそう言う。しかしすぐに立ち上がって鍋の中を覗きこむように見ながら、訂正した。

 「っと、こっちの鍋に入っている昆布とネギ、それにシイタケ類はお前が食っていいぞ」

 「……わかり、ました」


 「それで、日本語ってなんですか?僕とレイミリアさん、普通にアイオリアで覚えた言語を使っているだけなんですが」

 徐次郎、陽炎、サージェスの会話が一区切りついたのを見て、今度はミラクーロが口を開いた。

 「日本で日本人が使っている言語だ」

 今度はさっきより大きめの肉を口に入れながら、徐次郎がそう答える。実に大雑把な説明だ。

 「日本ってなんなんです?国の名ですか?」

 「ああ」

 次の肉を箸でつかみ、口の中にいる肉をもぐもぐと咀嚼しながら徐次郎が頷いて言った。

 「ニホとかニッポンとかって、うちの父が話してたよ。確かジケイが興味持って聞いてた。色々な物が揃っている国だって」

 ミラクーロの隣からレイミリアがそう話に入ってきた。

 「ニホにあるアキバって街から、今度たくさんのエルイーデーってものを仕入れるんだって。なんか、お城の設備に使うとかって言ってたよ」

 「ニホじゃありません、ニホンです」

 そう言いながら陽炎が話に参加してくる。三つ並んだ鍋の中央に箸を入れて、かき回すように何かを探している様子だ。

 「陽炎、鍋の中を探るのはなしだって何度も怒られただろう?」

 徐次郎がそう陽炎をたしなめたあと、続けて言う。

 「日本の秋葉原でLEDか……。なあ、ミラクーロ・フィリオス・アイオリア。『たそかれ』を統べる一族の子としてどう思う?秋葉原って言ったら、日本じゃ一番の歪んだ地だ。魔障の発生件数で言えば他にもっと酷いところはあるが、あの地では他では見ない様々な魔が生まれている。お前はそれをどう思う?」

 わざとだろうか、徐次郎がミラクーロの素性を陽炎やサージェスに分かるように告げる。

 案の定、サージェスと陽炎が驚いた顔で徐次郎を見た。

 「なるほど……。徐次郎さん、あなたは面倒になると約束を反故にするタイプの人間だったんですね」

 ミラクーロがそう答え、手にした箸を目の前の鍋へと伸ばし、よく煮えている白菜と大きめの肉を取る。

 「ちょ、お前!こっちの鍋じゃなく、真ん中のをつつけよ!」

 「嫌です。徐次郎さんは嘘吐きなんですから、この鍋を食べる資格はありません」

 言いながらミラクーロの手は、どんどんと鍋の中から肉と白菜を取り出している。取り出されたものが取り皿に積み重なっていく。その高さはそろそろ五センチに近い。

 「約束は反故になんてしねえよ!って、あ!それはよせ!俺が最初に目をつけて、鍋の底で一生懸命に育てた肉だ!」

 「何言っているんですか。こうして他の人に僕の素性をばらして、僕が『たそかれ』からあなたを追ってきたとバラしたじゃないですか。せっかくあなたに言うことをきかせるために、途中で攫ったこの人も無駄になっちゃったじゃないですか」

 ミラクーロはそう言いながらチラッとレイミリアを見る。見られたレイミリアは、しかしキョトンとしていた。

 「そいつは残念だったな。けど、そっちのお嬢ちゃんには最悪だ。どこの国の貿易商人の娘かは知らんが、まんまとお前みたいな子供の甘言に乗せられてな。こんな地中海のアレキサンドリア近くまで連れてこられたんだ。泣くに泣けんよな」

 「ええ、そうですね。泣くに泣けないはずです」

 そう言って二人はレイミリアを見る。その目は、ここで泣け!と言っているように陽炎とサージェスには見えた。


 どうやらこの二人、一生懸命になってレイミリアは関わりないとしたい様子だ。ミラクーロの素性を明かしたのは徐次郎だが、その意図がどこにあるかわからないミラクーロが途中からそう仕向け始めた。サージェスにも陽炎にも、そのあたりは見え見えである。


 「ねえ、ちょっと。何言ってるのよ、私達三人で一緒に洞窟から飛んできたんでしょ、この銀の鈴で」

 何もわかっていないレイミリアが、そう言って赤いジャージのポケットから銀の鈴を取り出して言った。

 以前にミラクーロから「銀の鈴を捨てた場合、好きでもない相手と結ばれなければいけなくなる」と嘘の脅しをされ、それをしっかりと真に受けている。そのため今回久しぶりに風呂へと入り、着替えをしても鈴だけは大事にポケットへと忍ばせていた様子である。


 レイミリアのあっけらかんとした言葉に、徐次郎とミラクーロは揃って陽炎、サージェスの表情を見た。いや、その視線はもはや見たというレベルのものではない。凝視する、睨みつける、ガンくれる、いや、どれもそぐわない。

 サージェスの感想では「視線で焼き殺す」かのように見え、陽炎は「視線で突き刺す」ように見えている。いずれにしろ、ものすごい眼力だ。



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