第18話 寂れた倉庫にて 前話
「いやぁぁぁぁぁ!なにこれぇぇぇぇぇ!チョー可愛いぃぃぃぃ!」
風呂上がりのさっぱりとした顔で、赤い色のジャージに着替え大判のタオルで髪をゴシゴシと拭きながら、レイミリアは目の前の席に置かれた果物用のダンボール箱を覗きこんで叫んだ。
「セロリ、パセリ、なんか小っちゃかった頃よりもずっと小っちゃくなっちゃったね」
きゃいきゃい言いながら、箱の中に手を突っ込んで馬たちの首筋を撫でまわしている。
「エシャぁ、キャロぉぉ。なんて可愛くなっちまったんだよ、おいぃぃぃ」
ついには顔を突っ込んで、馬達の顔にスリスリとこすりつけ始めた。
「ちょ、ちょっと、レイミリアさん。馬達が嫌がってますよ」
そうミラクーロが言うと、パッと顔をあげて真顔で……。
「そんなわけないでしょ。この子達、私の子だと言っても過言ではないんだからね!」
と、そう言ってまたダンボールの中に顔を突っ込む。その様子にミラクーロは呆れ、倉庫の入り口近くで話をしている徐次郎と陽炎、そしてサージェスに顔を向けると椅子を座りなおすことにした。
「すみませんでした、兄様」
「それはもういい。それより陽炎、いったいどうしてこんなことになった?」
徐次郎と陽炎は、傍にいるサージェスに気を使ってか英語で話している。徐次郎の側からミラクーロが、椅子を座りなおしてこちら側に顔を向けているのが確認できた。その表情はあきらかに英語がわかっていない者の表情だ。
「兄様が里を出奔してすぐ、マルアハの本部から里に、追加の要員を手配するようにと依頼があったそうです。それをお義母様に丸投げされて、頭にきた私が社務所の奥に怒鳴りこみに行ったらそれきり。なんかこう、本部付の人だったと思うんですけど、ソバージュした髪に薔薇みたいな色の派手な服を着て、スカートがピタッと体のラインが出るような、足首まで長かったと思うんですけれどその辺りがいまひとつよく思い出せないんです」
「……そこまで覚えてりゃ、間違いない」
「だねぇ。そんなセンス、エリザベート以外にはいないからね」
それまで兄妹水入らずの会話に黙って聞いていたサージェスが、そう言って話に参加してきた。二人が英語だとわかって、会話に参加してもいいと理解したのだろう。
「ですが、ジャケットが赤ならわかるんですが、どうしてそこでロングのタイトなんでしょう。赤のジャケットであれば、強めに魅せるのであれば黒のボトムです。あるいは可愛らしく演出したいのであればブラウン系だと思うんです」
「そだねぇ。けどどっちにしても、トップスがあの派手な赤だったわけだ。だったらあの子は膝丈のスカートを選ぶべきだと思うな」
陽炎の意見にサージェスが微笑んで答える。しかしその様子を、少し引いた感じで徐次郎は見ていた。
「膝丈はあり得ません!だって、あの方は私よりも年上でしょう?」
「かな?確か僕とは五つくらい離れていたはずだと思うけど……」
「なに!だとすると俺と同じ歳なのか?」
「ああ、確かそうだった。前に本部で顔を合わせたとき、一緒にいたお偉いさんがお前の名前を出してそんなことを言っていた気がするな」
「かなり前に話したとき、あいつ俺よりも五つ下だと言ってたぞ……」
「ああ、そいつは恋心からだろうな。彼女ああ見えてかなりシャイだから」
サージェスがクスクスッと笑いながらそんなことを言う。徐次郎は驚いた顔で、開いた口が塞がらなかった。
「ちょ、ちょっと待て」
なんとか気分を持ち直し、徐次郎がそう声にする。
「なんだ、気づいてなかったのか?結構有名だぜ、マーカス家のお嬢ちゃんが『マルアハ』一の術士に首ったけだって噂は。地中海の向こう側じゃ、けっこう高いレートで賭けになってるそうだぞ」
「なんだって?!」
再び徐次郎の口が開きっぱなしになる。そのすぐ隣で、陽炎が頬を膨らませて怒ったような顔をしていた。
「ま、なんにせよ、今はそれが行き過ぎた感ありありってわけだ。まさかお前の妹をたらしこんで刺客として送り込むなんてなぁ」
「その件につきましては心よりお詫び申し上げます。兄様の命を狙うだなど、私……」
陽炎はそこまで言うと声を詰まらせ、そうしておもむろに袖の中から一本の長い針を取り出して自分の首へ当てた。
「私、そんな……。兄様、ごめんなさい」
言いながら陽炎の手が、針を強く突き刺そうと動く。咄嗟のことに驚くサージェスの目前で、針がぶすりと陽炎の喉に。
サージェスにはそう見え、驚きと焦りに顔色が真っ青になった。
しかしよく見ると、陽炎の顎にあたる両の手は、握りしめ拳から突き出ていた黒い長い針を喪失している。両手で顎を思いっきり突き上げた感じに手と顔がぐらんぐらんと揺れていた。
「まったく、面倒くさい。お前はいい加減にその危うさを何とかしろ。里にいた頃から何度も言ってたろう。よく知らない人の話をまるっと信じるなって、まったく……」
陽炎の隣に立つ徐次郎が、そう言って陽炎の頭をポンポンと軽く叩いた。
「サージェス。お前、前よりも反応が遅くなったな。デスクワークなんかで遊んでるからだ」
徐次郎はそう言うと、驚く顔をしているサージェスの両手に一本の黒い針を渡した。先程目の前で陽炎が、自分の喉に突き刺したように見えたあの針だ。
「小僧どもがなんか呼んでるからよ、ちょっと指示を出して来る。その間、陽炎にかけられてる他の術も見といてくれ。どうも俺にはそういった精神系の術は難しくてよ」
「お、おう」
そう返したサージェスの前で、陽炎が放心したようにぼんやりとしている。
「たぶん、キーワードもいくつか仕込んである。なので言葉には注意して頼むな」
徐次郎はそう言って、ミラクーロとレイミリアのところへ歩いていった。
「何の話をしていたんですか?なんだか不思議な言葉で話をしていましたね」
徐次郎が傍に来ると、ミラクーロがそう言って徐次郎を見た。
「何でもねえよ。それよか、食い物の準備はできてんのか?」
「ええ、まあ。……けれど、あちらの二人の分はどうします?さっき言われた五人分しか用意してませんよ」
ミラクーロがそう聞いてきたので、徐次郎は首をひねった。そうして、右手の人差し指を立てて、人数を確認していく。
まず目の前のミラクーロ、そして隣で呆けっとしているジャージ姿のレイミリア。くるっと振り返って、さっきの場所にいる陽炎とサージェス。そうして最後に自分自身を指さす。
「なんでだ?五人だろう?」
すると、その言葉にレイミリアが大声で噛みついてきた。
「なんでよ!この子達の分はどうすんのよ!馬車に積み込んできたご飯はもうないわよ!人参も飼い葉も水も!」
「……いや、馬の分は馬の分で勝手に出せよ」
「だったら最初っからそう言えばいいでしょ!」
少し涙目になりながらそう喚くレイミリアに、徐次郎はほとほと呆れた顔を投げかけた。
「そのくらい……」
「言われなくってもわかってるわよ!でもね、ジョジさんは生き物の命に無頓着すぎ!馬だからって下に見ないで!この子達、私の家族なんだから!」
レイミリアの剣幕に、徐次郎は心底うんざりした。それと同時に、以前ひかりに言われた言葉を思い出し目を瞑る。
「あなたは差別しすぎなの!大事なものとそうでないものと。でも、あなたにとって大事じゃないものでも、他の人にとって大事だってことがあるでしょう。それを気にしなさすぎだから私は……」
仕事を大事にしすぎて、家庭を省みなかった頃にそう言われた。そんなことを思い出していた。
「……陽炎、君はこの指針、合っていると思うか?」
離れた場所で、陽炎にかけられた術を解くふりをしながら、サージェスがそう陽炎に話しかけている。
「それ、本家の偉い人から借りてきたものだから、間違いはないと思う……」
二人がそっと覗きこんでいるのは、先程サージェスが徐次郎から渡された黒い針だった。
「だとしたら……、あいつどうなってるんだ?魔障とは別でこんな数値が出るのか?『たそかれ』戻りは」
「いいえ。本家を出る時に聞かされた話では、普通の十倍くらいだって」
「だとしたらこれは、その更に十倍を超えてるぞ」
「兄様……、神がかってしまったのかしら?」
「そんな話、聞いたこともない。それに神聖値はそこまで高くない。魔障の量も、ほぼ以前と変わらずだ。なのになんでか、あいつの生命力だけが膨れ上がってる」
「……これって、問題あるの?兄様、本当に危険なの?」
「そいつは、むしろ逆だな。というか、あいつにしたら本意じゃないだろうけど、これだとちょっとやそっとじゃ死ねやしない」
「そうなの?本当に?」
陽炎はサージェスのその言葉に、小声で嬉しそうな表情を浮かべた。
「ああ。通常の百倍を超える生命値。今のアイツはエベレストの山頂から転げ落ちても、無傷でいるだろう」
そう言うとサージェスは、手にした黒い針を懐にそっとしまう。
「とりあえず、あとも手はず通り頼む。徐次郎を救うためだ、もうひと頑張りしてくれ」
サージェスの言葉に、陽炎は唇をキュッと結ぶとコクンと頷いた。
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