第16話 湧き出す黒き魔の障り 後話



 「クロウ!こっち、まずい!」

 「クソ!イリア!お前は先に逃げろ!」


 アレクサンドリアの街を離れ、東へと向かっていたクロウとイリアの二人は、イスラエルの国境付近で黒い複数の戦闘兵器と闘っていた。その数、三機。先に徐次郎が戦った戦闘ヘリの形状を模したものが二機と、後の一つは忌々しいことに戦車を模っている。


 「クロウ!この子、戦う!」

 「よせ!魔障に触れさせるとそいつまで魔に侵される!」

 「でも、このままじゃ……」

 「手はある!だからお前はここから離れろ!」

 「その手、駄目!クロウまであの徐次郎みたいになる!」

 「ならん!あいつとは違う!」

 「なる!魔を使うなんて人の範疇を越えすぎ!喰われる!」

 「魔が食らうのは、生き物の生きようとする生命力そのものだろ。俺ならそいつを別に創り出せる。こうやって、な」

 そう言うが早いか、クロウはその右手で地面にささっと複雑な模様を描いた。

 「で、こうだ!」

 ボワッと何かが湧いた、そんな気配がした。

 「何が起きた?私にはわからない」

 「ったく、面倒だな。精霊に聞いてみろ!そいつならわかるだろう」

 クロウにそう言われたイリアは、自分の右肩の上あたりを見ながらボソボソとつぶやく。そうして再びクロウへと向き合い、言った。

 「わかった。この子も大丈夫だと言ってくれた」

 「へ、珍しいな。そいつに認められるなんて初めてじゃねえか?」

 「そんなことない。この子、最初からあんたのこと、認めてる」

 そう言ったイリアの脇を、連続する銃弾がすさまじい音を立てて駆け抜けていった。慌てて顔をあげたクロウとイリアの目に、星空に浮かぶ黒い戦闘ヘリが飛び込んでくる。

 「のんびり話なんかしてる場合じゃなかったっけな!行け!イリア」

 「わかった!」

 クロウの言葉にそう答え、イリアは右足で地を蹴る。途端に風の渦がその足元に現れ、ものすごい勢いでその場を後にする。

 「……ったく、認めてるんなら俺もそうやって運べって」

 背後に戦闘ヘリの機銃がクロウを捉えている。それなのに何故か、余裕を見せるクロウ。

 「それにだな、こういう使い方は本来の錬金とは違うって」

 言いながら再び右手が円弧を描く。今度は中空に、白い輝きを線にして複雑な模様が浮かぶ。

 「錬成陣がいくら似ているからって、魔法陣と同じ効果は期待できるわけない。なんたってあっちは、魔法使いが描く陣だ。道理も理屈も全然別もののはずだろう!」

 そう吠えたクロウの横から、黒い輝きを迸らせ長い棒が出現する。

 「……なんだってこんなのが出てくる?いったいいつから、俺はおかしくなった?」

 出現した棒を左手に構えると、クロウは大きく息を吸った。

 「てめえらみたいなのをなんで呼んじまうんだよ!帰れ!元いた世界に!」

 そう叫びながら左手で振り下ろした棒が、眼前に浮かぶ戦闘ヘリを叩き切るように振り抜かれる。あっという間にヘリの姿は消え、地面に一羽の鳥が横たわっていた。

 「……なんだ?この鳥」

 不思議に思って近づいたクロウのいるあたりに、ドーンと大きな響きが広がる。地面が大きく砕かれ粉塵が舞った。そうして辺りにキャタピラのような音が鳴り響いていく。どこか近くには、もう一台の戦闘ヘリがローターを回して旋回している様子だ。

 暫くして粉塵が収まったその場所には、何もなかった。えぐられるように開いた地面の穴と、周囲を囲む畑以外には何も見えない。クロウの姿が残っていないことに、戦車もヘリも狼狽しているかのような動きを見せている。


 「なんだいったい。いつもとちがうじゃねえか。いつもなら、俺のことなんかたいして気にもせず、そこら中をぶっ壊して気が済んだらサヨナラだろ。なんだって今回はそんなふうに人間臭いんだ?」

 声がした方向、戦闘ヘリの更に上空に、黒い輝きの翼を背に三枚づつ生やせたクロウが浮かんでいた。六枚の黒く輝く翼。それが見えるのか、戦闘ヘリが明らかに狼狽し高度を落としていく。

 「……てめえら、いつものじゃねえな!誰に呼ばれて出た!」

 もとより、言葉など交わせる相手ではない。冷静時にはクロウにもそのことは分かっているのだが、いかんせん直情的な性格のため戦闘などで昂ると自分でもわけがわからなくなる。

 「答えねえなら、ぶっ潰す!」

 そう言ってクロウの左手から、先程の黒い棒が真っ直ぐに突き出されると、棒はありえない長さまで伸び、戦闘ヘリと戦車を貫いた。音もなくその二機は消え、地面に再び鳥が一羽と今度は大型の犬のような動物が横たわっているのが見える。

 「ったく、無益な殺生をさせやがって……」


 手から伸びた棒をかき消すようにクロウの右手がそれを覆う。覆った端から棒は霞のごとく消え去っていく。そうしてから背の翼が数回羽ばたき、足が地面に着いた。すると背に現れていた六枚の翼がかき消すように消えてなくなる。

 「疲れんだろうが……飛ばすなよな、クソが」

 そのまま地面にドサッと倒れた。

 「イリア、少し寝る。起きたら追いつく……」

 と言うと、今度は大いびきをかいて眠りはじめた。



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