第17話 父と子と…… 前話

 「まだですか?まだ連絡は入らないんですか、クラウスさん!」

 大きく開かれた広間のごとき室内に、男の声が響く。片側全面を一枚のガラスで覆われたような室内には、朝日が差し込み始めていた。薄い黄金色をした光が部屋全体を淡く輝かせているかのように見える。その光に包まれ、声の主はふたたび大声をあげた。

 「いったいどうしたって言うんです。お宅のお子さんたちは。なぜ大人に断りもなく勝手な行動を取るんです?どういった理由でそんなに無鉄砲なんですか?」


 「いい加減にしなさい!あなたの方こそ勝手で無鉄砲でしょう!」

 そう諫めたのは、声の主の隣にある椅子に腰かけている銀髪の優美な女性だ。

 「しかしですよ、ミゼリトさん。僕は心底に驚いているんだ。なんであの子たちはこんなふうに勝手に……」

 「子供にも自我はあります。責任感だってもちろんあるはずです。それにジケイ君はかなり優秀な男性ですから、彼なりに何か思うところがあって行動しているのでしょう」

 「それならその報告を逐一入れてきてもいいはずじゃないですか」

 「そんなことをすれば、あなたのことだから頭ごなしにそうやって怒るでしょう。それが解っていて定時連絡以外に連絡をよこす馬鹿はいません」

 「そんなぁぁぁ……」


 声の主がそう言って頭を抱えながら床に膝を折れると、その向かい側の席についている白髪の男性がこう声をかけた。

 「ところでルミネ。なんだって白い鍵を預けたんだ?あれは契約者以外には使えないって代物じゃなかったのか?」

 そう聞かれ、声の主、ルミネ王は顔をあげて答える。

 「いいえ、白い鍵に関しては問題なく使えるはずです。フィリオス王が造り出されたモリトの道具なので、そうした制約に関しても調整が効くんです」

 「そうなのか。それじゃ、こっちの黄の球も持たしてやった方がよかったかな?」

 「残念ですが、その球は無理ですね。アイリ様から伺ったじゃないですか、以前に。カムイ王の時代に造られた物に関しては、一切の調整が効きません。その道具の意思次第なんですから」

 「そうだったっけ?」

 「ええ。なんでしたら今からもう一度、話を伺いに行ってみますか?」

 「えーと……。いいや、今日は遠慮しておく」

 「まったく……。いい加減に仲直りしてくださいよ。アイリ様はケイサンのおばあ様じゃないですか」

 「へいへい、王のご要望とあらば善処させていただきます」

 そう答える白髪のケイサンだが、その口元は尖ったように突き出されたままだ。どうやら仲直りをするつもりはないらしい。


 すると、それまで黙って話を聞いていた、この中では一番年長に見える恰幅の良い男が、身につけたコートの裾を引きながら立膝で言った。

 「恐れながら、王家の皆様にご進言奉る。此度の件はすべからく当方、グランスマイル家の責任と理解しておりますれば、是非ともその咎は、この家長であるクラウス・ハウンゼン・コーネリアス・ラ・グランスマイルのみにお願いしたくお願い申し上げ奉りまする」

 ガッチガチに緊張した面持ちでそう言って頭を下げる、レイミリアとジケイの父、クラウス。彼は今回の登城にあたり、覚悟を決めて来ている。何があっても実子レイミリアと兄の残した息子のジケイを守ろうと考えている。例えそれが己を命を賭けることになったとしても、だ。

 「……クラウスさん?どうしました?」

 「此度の件は、我が家のジケイが招きそしてレイミリアが大事にさせた事と理解しております。かつての竜騒ぎや、数年前の神隠し事件、つい最近で言えば市井の生活リズムを崩すあのRPG事件。どれもこれもわが家の不肖の子らが起こした騒ぎでございます。それらの件をこれまでずっと大目に見ていただいてきたにもかかわらず、此度は王子様の誘拐騒ぎなどと……。愚か過ぎ呆れ果て、言葉もございません。ですがそうは言っても、ジケイもレイミリアも、私にとっては何よりも大切な我が子達。故にできますれば全ての責任と咎を私ひとりで収めていただけませんでしょうか。なにとぞ、なにとぞ、お願い申し上げます」

 流暢に流れるような言葉。さすがはアイオリアでも一二を争うと言われている大商家グランスマイルの家長である。が、しかし、その言葉を聞いていた目の前の三名が、頭を抑えて黙り込んでしまう。クラウスは、これはいよいよ自分だけでは収まらないのかと顔色を蒼白に染めた。

 「……エミリアに、説明したはずなのですが。クラウス様、奥様からはなんとお聞きになっていらっしゃったのですか?」

 そう尋ねたのはミゼリトだった。ルミネ王の妃にして、白金の王妃と異名を取る才女。今行方不明となっているミラクーロの母でもある。

 「昨夜、白の鍵を届けた際に。エミリアは理解したと思ったのですが、伝わりませんでしたか?」

 心配げな口調でそうミゼリトが聞くと、クラウスは、そろそろ白いものが混じりはじめた髪を手でさすりながら、おずおずと答えた。

 「……妻は、昨夜のうちに寝込んでしまいまして。それでヨホ・マノジに詳しい話を聞いたところ、行方不明のレイミリアが王子様と共に『綻び』の向こう側にいるらしいと。そこにたまたまジケイがいまして、ヨホが預かっていた例の鍵を手に、自分が探して来ると言い放って……。即座に気がついたロイと、すぐ傍にいて巻き込まれるように連れて行かれたマニの二人も、ジケイが使う鍵の扉で何処となく、でして……」

 「まあ、ヨホったら。私がミラクーロにかかりっきりの間にあなたのところへ行っていたのね。道理でここ五十年の間見ないと思ったわ」

 ミゼリトはクラウスの言葉に、そう言って笑った。コロコロっと笑う仕草が場の雰囲気を和ませていく。


 そんな和んだ雰囲気をぶち壊すかのように、ルミネ王が再び大声をあげる。

 「ミラクーロの馬鹿者め!まったく、いったいいくつになれば周りへの配慮というものが身につくんだ。あの子が素直に僕に従ってさえいれば、こんなことにはならなかったのに。そもそも『綻び』の先に向かうなんて、なんだってそこまで僕のことを嫌うんだ?僕だってそりゃ足りないところはあるかもしれない。及ばないことも多いかもしれない。だからってそこまで、いくら実の……」

 叫んだのは最初の一言で、あとはブツブツとつぶやきか呪詛のように小声になる始末。そんなルミネ王を驚いた顔で見ていたクラウスと、呆れ顔で眺めるケイサンに向かい、ミゼリトが笑顔で話しかけた。

 「えーと、王はご乱心です。なのでいないものとして、クラウス、それにケイサン、私からお願いがあります。まずはクラウス、ヨホはグランスマイル家にいるのですね」

 「はい。当家にてレイミリアの家庭教師を務めて、今年で十年ほどになります」

 「でしたら、ヨホにお願いしてください。彼女ならきっとなんとかしてくれます」

 「え?しかし、彼女はかなりの高齢ですぞ。今年で確か八十を迎えると、本人が申しておりました」

 「大丈夫です。それ、かなりサバ読んでますから」

 「は、はあ……」

 「うーん、でしたら、ここにいるルミネ王が幼少時に教えを受けた相手が、そのヨホ・マジノだったと言えば納得がいきますか?」

 「ええええええ?しかし彼女はまだ八十だと……」

 「ですから、サバ読んでいると申しております」

 ミゼリトがそう言って笑う。その笑顔は輝くように美しく見えた。

 「は、はっ!かしこまりました。至急、家に戻りましてヨホ・マノジにそのように申し伝えます」

 「よろしくね」

 そうやり取りを終えると、クラウスは急ぎ足で部屋を出ていった。残ったケイサンに、ミゼリトは両手を合わせ懇願するようにこう言う。

 「ケイサン、お願いします。アイリ様のところへ行き、今回の経緯をご説明しておいてください。銀の鈴で外へ出たのであれば、戻るときも同じ銀の鈴でないと。『綻び』にかけられている制限を強化して、ミラクーロが近づけないようにお願いしてください」

 「……ま、そうだな。しゃあない、ばあさんに謝ってくるとするわ」

 「ありがとうございます。おかげで助かります」

 「よしなって、ミゼリトさん。今回はそこの甥っ子の落度だ。であれば、義兄さんや姉さんの亡き今、叔父である俺が何とかしてやらなきゃ、だろ」

 「ありがとう」

 「家族ってものは、そういうもんだって。そいつをこの三百年の間、事細かに辛抱強く教育してきてくれたのがあんただ。礼なんか、こっちがしたいくらいだぜ」

 気障ったらしくそう言って、ケイサンは手に黄の球を取り出すと、その力で中空に浮かび部屋を出ていった。


 部屋に残ったミゼリトとルミネ。ルミネは未だブツブツと独り言をつぶやいている。

 「あなた、大丈夫?」

 ミゼリトがそう声をかけると、ルミネがハッと我に返るように言った。

 「ミゼリト、どうしよう、ミラクーロが。僕らが預かったあの子に何かあれば、僕らは、それにあの子自身も……」

 「大丈夫。あなたには、あなたを手助けしてくれる大勢の味方がいますから」

 「けど、僕はあの子の父親になるって決めたんだ。だから僕が頑張らないと……」

 「それも大丈夫。あなたはこれまで、ずっと頑張ってきてくれました。だから安心して。グランスマイル家のクラウスさんも、あなたの叔父であるケイサンも、それにアイリ様やヨホさんだって。お父様やお母様もきっと手助けしてくれますわ」

 「だけど……、僕は……」

 そっと伸びたミゼリトの手が、優しくルミネの頭を撫でる。そうしてゆっくりと引き寄せると、そっとその頭を胸元へと導き抱きしめた。

 「あなたは、もう十分にやってきました。だから安心して。大丈夫だから。ねっ、ルミネ」

 優しくそう響くミゼリトの声に、ゆっくりと呼吸が静まっていくルミネ。暫くそうしているうちに、スースーと、ルミネの寝息が聞こえ出し、室内に安穏とした静寂が満ちてゆく。

 「本当にもう……」

 そう言って笑う、ミゼリトの声だけが優しく残像のように室内へと響いていた。



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