第13話 魔を狩る者 後話



 目の前の黒いヘリコプターと対峙しながら、徐次郎は思った。


――普通の魔障なら、核になる生き物がいるはずだ。そいつが何なのかわかれば、対処は簡単なんだがな……。


 腰に付けた薄い箱型の装置を使い、既に自身と周囲の重力場を極限まで弱めてある。こうすることで簡易的なバリアーのような効果が発生し、例のミサイルのようなものは他の場に引かれ反れてしまうはずだ。

 そう考えて徐次郎は、ヘリコプターへと向けて歩を進める。そいつは目の前の五メートルほど先に浮いている。浮いていると言っても、ほんの数メートルの高さだ。近づいて飛び上がれば届かない距離じゃあない。

 近づく徐次郎に気づく素振りも見せず、そいつはそこに佇むように浮かびつづけていた。その態度に徐次郎はイライラしはじめる。


――何か反応しやがれってんだ!この野郎。糞、正体はなんだ?何がいる?砂漠だぞ?飛ぶ生き物なんかいたか?


 あと一メートルほどで、ヘリコプターの真下にくる。それでもそれは動こうとはしない。


――めんどくせえ。


 そう考えると徐次郎は、右手に小さな丸いボールを握った。

 どこから取り出した物なのか、その丸いボールは上空を飛ぶヘリコプターと同じ色の輝きを放っている。


――おいおいおいおい、何処のどいつだ?こんなところにこいつを連れてきた奴は?北アメリカあたりにいる奴だろう……


 手のボールが変化する様を見て、徐次郎がそうつぶやく。右手の黒い球は小さな鳥の形へと姿を変えていた。


 その鳥は徐次郎の生まれた国では、オオミチバシリと言う。北アメリカの南部にある砂漠でよく見かけ、空を飛ぶことはあまり得意ではなく、しかしその分走るのが早い。

 徐次郎が幼い頃によく見ていたアメリカのアニメに登場する、ロードランナーのモデルになった鳥だ。徐次郎の大好きなキャラクターでもあり、それでオオミチバシリのことも覚えていた。


 「ちっ!何者かは知らねえが、生き物を道具みたいに使うなよな!」

 誰かがここまでこのオオミチバシリを連れてきたのは確実だ。飛ぶことの苦手なこの鳥が、自分の足でここまで来れるわけがない。


 徐次郎は、怒りのままに飛ぶと、黒いヘリコプターの胴体部分へと飛び込み突き抜けて飛び出した。その手に、一羽の鳥が捕まえられている。

 そうして本体を失った黒いヘリコプターは、その姿を小さな丸い球体へと変え、その場に留まるように浮かぶ。黒い輝きはそのままである。


 「糞が!何処のどいつだ!いるんなら出てこい!」

 声を張り上げてそう言うが、もとより出てくることは期待していない。重力場の操作で空を滑空しながら徐次郎は、地上を動く気配を察知しようと意識を集中していた。それには何の気配もひっかかりすらしなかった。

 「命を何だと思ってやがんだ!てめえが産んだか他の誰かに産ませたか知らねえけどな!こんなどす黒い『憎悪』か?こんなもんを自然の生き物に背負わせてんじゃねえ!出てこいこら!」

 そう叫びながら周囲一帯に再び注意を払うが、やはり気配は一切ない。

 仕方なく砂の上に降りると、徐次郎は手にした鳥の具合を確認することにした。


 オオミチバシリは息も絶え絶えだった。よほど長いこと魔障を患っていたのだろう。

 魔は、それを身に宿した者の内側から蝕む。『憎悪』『嫉妬』『怨嗟』の三大魔障が有名だが、今、徐次郎の頭上に浮かぶ黒い輝きを放つ球体は、まさにその『憎悪』の色合いを徐次郎の目に映している。

 これを産んだ者は、既にこと切れているのかもしれない。そうして生み出した者がいなくなった魔を、手名付けて扱う技も『マルアハ』で聞いたことがある。

 先ほど徐次郎が自らの右手に取り出していた黒い球がそれだ。自身の体の一部に寄生させ、少しづつ少しづつ元となったモノの憂さを晴らさせる。魔障使いと呼ばれる技だ。徐次郎はそれを一年ほど前に、とある事情で会得していた。

 その技で徐次郎は、同じ魔障の内にある実体を探知させた。実体の姿形さえわかれば、あとはその虚を突き魔を引きはがすだけで済む。実体そのものが魔を生じさせたのであれば話は別だが、今回はそうではなかった。元来であれば、鳥は魔から最も遠い存在だ。だから迷いなく飛び込むことができた。


 懐から取り出した水筒の水と、魔障に効くと言われて持たされた里の軟膏を合わせて呑ませると、オオミチバシリは呼吸を楽にして、徐次郎の腕の中で丸まって休みはじめた。その様子にホッとした顔をし、頭上に浮かんだままの黒い輝きを見あげると、徐次郎はそこに向けて右手をかざした。

 その掌から、先ほどの黒い球がもう一度現れると、それはものすごい速さで頭上の輝きを呑み込んでいく。そうしてまた徐次郎の掌の中へと戻り、何事もなかったかのように体内へと収められていった。


 そうして、辺りはまた静かな砂漠へと戻っていく。





 「いったい何なんでしょう、あの黒い命素は?」

 馬車の屋根の上であぐらをかきながら、ミラクーロが誰へともなくそう尋ねた。すると――

 「ここ最近、あちこちに湧いて出てますよ。人間どもはあれを魔と呼んでます」

 その問いに、ミラクーロの頭上で眠っていたベントスが、その小さな口を開けて答えた。

 「あれが『魔』ですか?」

 「ええ。人間が言うところの二千年くらい前からですね、ボチボチ出てました。といっても頻繁に出てくるようになったのはここ百年くらいですかね。少し前に人間どもが、そこら中で争いをしたことがあって、その頃からです」

 「ずいぶんと最近のことなんですね……」

 「最近と言えば最近ですが、百年と言えば人間どもにしたら二世代が入れ替わるくらいの時間ですからね、なんだかそのせいで慌ただしく動き回ってましたよ」

 二世代、そう言われてミラクーロは祖父の顔を思い浮かべた。確かに、その頃から今に至るまでと言われたら大した時間だ。

 「けれども、ここ数年は静かになってきていたんですけれどね。ずいぶんと前に、あの『魔』の発生元と言われていた場所が大々的に殲滅されたとかで。その時に人間達の側にも結構な被害が出たらしいんですが、人間の一人二人が犠牲になって、それであのキショいのが出なくなるんなら万々歳ですよね?」

 「ベントス!おかしなことを言い出さないでください。彼らがいるからこそ僕らもまたこの世界に居続けることができるんですから」

 「そうは聞きますけど、信じられませんよ。僕のような存在が、元を辿ればあの人間や動物なんかの寄り集まったものだなんて」

 「信じる信じないじゃあないんです。モリトのシンが居なくなった後、この星の輪廻が今どうなっているのかはわかりませんが、輪廻無くして精霊も生まれませんし、僕らのような者も存在することはできません」

 「はーい。肝に銘じておきます」

 そんな話をしているうちに、遠くで行われていた徐次郎と黒いヘリコプターの戦闘があっけなく終わってしまった。それを見てミラクーロがまたつぶやくように聞いた。

 「あの人、今、腕からあの黒いのを出しましたよね?」

 「みたいですね」

 「あんなことを、人ができるんですか?こっちの世界では?」

 「ええ。そうみたいですよ。ちょうどあの魔の連中が出始めた頃に、どこか北の果てでマルアハとか言う名の魔法使いが生まれたんですって。その方が組織した『マルアハ』って呼ばれているところの人は、わりと当たり前のような顔であれ、やりますね」

 ベントスからの答えを聞いたミラクーロが、青ざめたような顔でゲンナリしたようにつぶやく。

 「うげぇ……。この距離でもあの黒いのは、見ているだけでずいぶんと気持ち悪くなるのに、あんなのを体内に収めて大丈夫なんでしょうか?」

 「それは知りません。意外に大丈夫なんじゃないです?僕ら精霊だと、質の違いから受け入れるのは難しそうですけど、あの人間やあなた様のような方は、あれと近しい命素を既に体内にお持ちじゃないですか」

 「馬鹿言わないでください。あんなに真っ黒なもの、僕の中にあるわけないじゃないですか」

 そう言うとミラクーロは、頭上からベントスを掴んで目の前にぶら下げた。

 「僕はオニ・ハバキ・モリのミラクーロです。輪廻を守るモリトのシン、その直系の一人なんです。どうしてそれが、あんな真っ黒い輝きを放つ、禍々しいものなんかと一緒にされなきゃならないんです?」

 脇の下を両手で持ちあげられるように持たれ、ベントスはじたばたと暴れながら答える。

 「だって、そう聞いたんですもん。以前にオウニのシオラさんって方から」

 「そんなわけあるはずがないでしょう!僕は父上から、そんな話は聞いてません」

 右に左にと体をよじりながら、ベントスはその猫の姿でミャウミャウと鳴いて助けを求めている。その鳴き声を聞き、御者台にひとりポツンと座っていたレイミリアが声をかけてきた。

 「どうかしたぁ?なんかベントスちゃんの鳴き声みたいなの、聞こえるけど?」

 「なんでもないですよ~。ベントスが一人で暴れて騒いでるだけです」

 そう言ってミラクーロは、ベントスに怪しい笑みを向けると、つぶやくように言った。

 「……助けなんか呼んだって無駄ですよ」

 「……そうとは言い切れないと思いますよ」

 ベントスがそう答えたとき、ゴンっと音が鳴った。それと同時にものすごい痛みが、ミラクーロの頭頂部に響く。

 思わず手からベントスを放して、頭を抑えるミラクーロは、自分の背後に立つ徐次郎をその目に捉えた。

 戦闘が行われていたのは、ここからずいぶんと先の場所だ。そこからいつの間に戻って、そうしてどうやって馬車の上に、音もなく飛び乗ってきたんだろう……。

 頭を抑えながらミラクーロは、そんなことを考えていた。



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