第13話 魔を狩る者 前話

 砂漠で竜巻から解放された街は、名をタヂルブという。リビアの東部にあたる砂漠の中にあり、地底から地下水を汲みあげて生活をしているオアシスの街だ。

 避難先の集落を出る時にそこの長から、行先への道を聞いたのは徐次郎とミラクーロの二人。レイミリアは出発ギリギリまで馬車の中で眠っていた。


 タヂルブの東に、街の外へと向かう一本の道がある。通常はその道を、道なりに北東へと進み、突き当りを左、そのまま北上してジャルの街を経由し、アジュダビア付近まで出て、そこから今度は東へと進む。戦火の絶えぬ地ということもあり、あまりお勧めではないが、と長は申し訳なさそうに教えてくれた。


 そこで徐次郎とミラクーロは、馬車を道なりに北東へと進ませると、突き当たりを左へは折れず、そのまま北東へと直進させた。無論、馬や馬車の足元の状態はミラクーロが、レイミリアに銀鈴を使い、前と同じイメージで走りやすくしてある。


 目指す先はアレクサンドリア。エジプトの太古の首都であり、カイロに続く第二の都市。

 通常であれば車で一日がかりの行程なのだが、できるかぎり早く着きたいと考えてショートカットを目指していた。


 その地で徐次郎は、『マルアハ』に連絡をとろうと考えている。同行する二人の安全を最優先に考えてのことだが、この二人の正体がはっきりしない以上は里で厳重に調査されることになるだろう。場合によっては幽閉監禁されることもあるかもしれない。しかし何かが起きてからでは遅い。そう考えている。


 「ねえ、なんでまたこんな砂の上を走るのよ。さっきの道の方が綺麗だったじゃない」

 レイミリアが相変わらずの様子で、御者台の左端で文句を言い出すのが聞こえてくる。

 「仕方ないじゃないですか。わざわざ遠回りなんかしなくても、銀鈴のおかげでこんなにも走りやすくできますし、レイミリアさんだって早く家に帰りたいでしょう?」

 「べーつーにー。急いで帰んなくったっていいよぅ。それよかもっと面白そうな所に行ってみたい!」


 真ん中に座る徐次郎を挟んで、レイミリアとミラクーロが煩く騒ぎ出す。それをボケーっと素知らぬふりで、徐次郎は手綱を手に前だけを見ていた。





 相も変わらず、天気は良い。強い日差しは日中の行軍を阻むかのように照り付けてくる。しかしそれすらも、ある秘策を講じたおかげで今は快適だ。

 その秘策とは、あのオアシスの街で竜巻の中に入り込む際に、ミラクーロとレイミリアの全身を包み込んだ、あのシャボン玉のようなものだった。


 ミラクーロは、銀の鈴で出したシャボン玉を青い扉の時空間制御を使い、三つの層へと切り分けることにした。馬車の外側の層と内側の層は、同じ空間へと繋がっている。その間を仕切るシャボンの層だけを、空間としての位相をずらしてある。

 そのシャボンで馬車を足元の地面ごと包みこむと、馬車の位置情報が自動的にシャボンに同期される。どういう原理なのかは知らないが、ミラクーロが望んだとおりに、その膜は馬達が馬車を引けばそのまま一緒になって進んでいくことになる。


 そうして馬車が進んでいく間、ミラクーロはこの不思議な現象について考えていた。空間的に切り分けられているため、紫外線や熱波などはシャボンの中までは入りこんでこれない。それなのに馬車が進むとシャボンも動くのだ。呼吸する分の空気なども減っていく気がしない。通過できる物とできない物の違いがあるらしい。

 あと、時間の制御の仕方についてはまったくと言っていいほどわからないために、例えばシャボンの外側が一時間経過する間、シャボンの内側は数分しか進まない、などができればいいのにと思っている。


 一方、レイミリアは、口ではあれこれと言いながらも、家で待つ父と母、それに屋敷の使用人達のことを思い出していた。

 地底湖の洞窟に行くと言って家を出てから、今日でいったい何日目だろうか、とか。今帰るとヨホに思いっきり叱られるな、とか。マニちゃんは今頃どうしてるかな?私がいなくてジケイにまた面倒かけられてないかな、とか。お父様はちゃんと家に帰っているかな、いくら仕事だからって帰ってこられないはないわよね、とか。


 レイミリアの家は、地元ではかなり有名な貿易商を営んでいる。四代前の先祖が、偶然に発見したという異世界との貿易がその中心だ。その頃はまだ通貨という概念自体がなかったというのだが、それも知識として輸入されてきた。以後は、生活には必要ないとされている、娯楽や競技などの世界でのみ、便利に用いられている。


 従兄であるジケイはその通貨というものを集めるのが好きになった様子で、それをコレクションするために事業に手を出している。コンプリートを目指すと言って吠えていたのだが、今頃は家でどうしているだろうか。

 レイミリアは遠く離れた故郷を、そんなふうに思いだしていた。


 徐次郎は手綱を握りながら、時折視界の端に捉える、赤や青の光を睨みつけていた。

 徐次郎が所属する『マルアハ』と呼ばれる機関では、その色がついた輝きについて色々と教えている。赤い光と青い光が見える場所は、長い間そこで戦闘が行われていたという証拠だ。命が安っぽくなる場ではその光が必ず二つ並んで見える。


 砂漠のあちこちにそうした赤と青が浮かんでいた。こんな砂しかないような場所でも、人は人と殺し合うんだなと、徐次郎は虚しさを覚える。もっと平和な都市で見られるような、黄色や緑色をした光が見たいとも思う。しかしそれでも、あのどす黒い輝きを放つ『魔』に比べれば何万倍もいい。


 赤と青の光はどちらも、その場所で殺し合った人間の残す残照のようなもの。激しく昂った怒りや悲しみ、そういうものだろうと、徐次郎は捉えている。黄色や緑は、嬉しかったりリラックスしたりしたときの名残りなんだろう。しかし黒いのは違う。怒りも悲しみも、喜びもリラックスした感じも一切ないまま、何かもっと深くて暗い胸糞の悪くなるような悪意しか感じられない。

 砂漠に浮かんで見えている様々な光を見ながら、徐次郎はそんなことを考えていた。


 そうしている間も彼らを乗せた馬車は、砂漠を北東の方角へと進んでいく。徐次郎があらかじめ調べた情報によれば、この方向の先に目指すアレクサンドリアが見えてくるはず。

 途中の国境越えは一抹の不安が残るが、リビアもエジプトもまさか馬車で砂漠を渡る一行がいるとは思ってもいないだろう、とタカを括った。阿呆みたいにだだっ広い場所だ。国境警備のために多くの軍を割くなんてことはしないだろうと考えている。

 去年の同じころ、確か二月のいつ頃かは忘れれてしまったが、ロシアがこのサハラ砂漠の、エジプト側国境付近に特殊部隊を配備したと情報が入ったことがある。そいつらがまだいるとしたら厄介だが、逆に出会えたら出会えたで通信機を借りられるかもしれない。『マルアハ』の名は各国の軍隊にも知れ渡っているはずだからだ。


 徐次郎がそんなことを考えながら馬車を走らせていると、レイミリアが大声をあげた。

 「ちょっと何?なんであんな……」

 見ると、レイミリアの視線の先に、黒い輝きが凸凹と体を波打たせながら浮かんでいる。

 「見て!なんかの形になってく!」

 黒い輝きは次第に形を整え始め、ゆっくりとあるものに変化していった。

 「やばい!あの形!お前ら後ろに入って伏せてろ!」

 徐次郎がそう言って手綱を振る。馬達は何事が起きているのか今一つわからない様子で、しかし徐次郎の気迫を察して頑張って駆け出していく。

 「なになに、あれってヘリコプター?」

 「ああ!ここら辺で一番厄介なものと言ったらアレだな。毎度のことながら、魔障ってのはそういうところだけはキッチリと押さえてくるんだよなぁ」

 どこか愚痴っぽく徐次郎がそう答えると、ミラクーロが口を尖らせながら言った。

 「なんですか?ヘリコプターって」

 「あぁん⁉今はそれどころじゃねえ!とりあえず嬢ちゃんと中に入ってろ!」

 「平気ですよ。何をされたって僕らには届きませんから」

 「だから、そう言うんじゃねえんだよ!届く届かない以前に、見えちまったらまずいんだって!」

 そう怒った口調で叫ぶように言う徐次郎に対し、ミラクーロは相変わらず冷静だ。

 「……あれって、なんとなく似ているけど、命素にしてはおかしいですね。なんで黒く見えるんだろう……」

 そうミラクーロがつぶやいた時、レイミリアが嬉しそうに声をあげた。

 「あー!なんか飛び出してきた!なにあれ?ものすごく速いよ?」

 徐次郎とミラクーロが同時にその声の先に目をやる。すると、黒いヘリコプターから異様な速さで黒い細長い棒のようなものが飛び出して来るのが見えた。

 「ミサイルだ!」

 徐次郎がそう叫ぶ。それとほぼ同時くらいに、その飛んできたミサイルが馬車に命中した。


 重く砂漠を揺らすように、ゴオオオオオンと音が響いていく。黒煙が高く舞い上がり、あたりをすっかりと包み込んでしまう。砂が高く舞い上げられ、そうして雨のように降ってきていた。

 その黒い煙からシャボンの膜に包まれて馬車が走り出る。その馬車の上でミラクーロが、自慢気に言った。

 「ね、言ったでしょう。何をされても僕らには届きません」

 それを聞くと徐次郎は肩をすくめた。そうして馬車が安全だとわかると、徐次郎は二人に聞こえるように言った。

 「すまねえが、だったらアレの始末をつけてくるわ。ちょっと手綱、どっちか代わってくれ」

 「え?」

 手渡された手綱を手に、レイミリアが驚いた顔で言う。ミラクーロも同じように驚いている。

 「どこか近くに停めて、ちょっと待っててくれ。あと、この泡みたいなの、外に出るにはどうしたらいいんだ?」

 「外へ、ですか?」

 ミラクーロがそう聞く。

 「そうだ、外へだ」

 その会話の間に、レイミリアが手綱を操って馬達の歩みをとめた。

 「……なんで、です?アレってジョジロウさんに関係のある物なんですか?」

 「あぁん?関係なんかねえよ。けど、ああいうのを野放しにするわけにもいかねえ。そういう仕事をしてんだ、俺は」

 「なんでですか?外になんか出たら、さっきのを直接受けることになるんですよ?」

 「煩いな。あんなヒョロヒョロっと飛んでくるもん、直撃するわけねえだろう!」

 「ヒョロヒョロじゃなかったじゃないですか!シャーって真っ直ぐに飛んできましたよ。普通なら直接当たってます!」

 「お前みたいな子供ならそうかもしれねえけどよ!オジサンはそうじゃねえんだ!だから外への出方、教えやがれ!」

 「……まったく、呆れてものが言えません」

 そう言いながらミラクーロは、小さくまた「アイソレーション」とつぶやいた。

 「これで、中から外へ出るのは問題なくなりました。また中に戻る場合にはそう言ってください」

 「おうよ!……あと、戻ったらちょっと聞きたいことがある」

 そう言うと徐次郎は、二人の目の前から姿を消した。おそらく馬車の上を駆け上がって、遥か後方へと飛んだのだろう。残った靴の跡がそう示している。


 「本当に信用していいんですか?あの男、とてつもなく沢山の命素が体内にあるみたいですよ」

 今の今までミラクーロの頭の上で丸まって寝ていたベントスが、大きなあくびをしながらそうつぶやく。

 「悪い人じゃないのは間違いないみたいです。であれば、この世界に詳しいのはあの方だけなんですから、信用する以外に他の手なんかありません」

 「そういうものなんですか。そいつは大変ですねぇ……」

 ベントスはそう言ってまた、ミラクーロの頭の上で眠りにつく。レイミリアがキョロキョロと二人の様子を見ている。

 「まあ、今のところは……ですね」

 ミラクーロはそう言って席に立つと、馬車の上へと移動する。そこにあぐらを組んで座り、徐次郎が行った先を眺めはじめた。


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