第14話 秘めたる古都アレクサンドリア 前話

 手綱をレイミリアに代わると、先程までよりも倍は早いと思われる速度で、馬車はアレクサンドリアへと到着する。あの後には魔と呼ばれる黒いモノにも会わず、かなり順調に砂漠を走り抜けることができた。到着した時には日はまだ残り、うっすらとした夕暮れ時を迎えはじめている。


 到着する直前、遠くアレクサンドリアの街並みが見えたとき、レイミリアとミラクーロは驚いて思わず言葉をもらした。

 「何、あれ?あんなに高い建物、アイオリアじゃあ見たことないわよ……」

 レイミリアがそうつぶやくと、ミラクーロがそれに答えるようにつぶやく。

 「……高い建物は、オウニのシンに気づかれると空から破壊されるって聞いてます。だから、アイオリアでは建てられない決まりになっているんですが、これはすごい……」

 二人してそんなことをつぶやき、遠く見える街並みが近づくにつれ今度は次第に言葉を失っていく。その様子を見て徐次郎が面白そうに言った。

 「ドバイやヨーロッパの中心地へ行けば、もっと高い建物もあるぞ。俺の生まれた国にも、スカイツリーって名の天までそびえる塔がある」

 そんな言葉を聞き更に言葉を失うミラクーロとレイミリア。それを見て満足げな顔で微笑む徐次郎はしかしどこか寂し気な表情をうかべていた。


 アレクサンドリアがもう目の前となった時、徐次郎は目立つ馬車をどうするか考えていた。さすがに現代に馬車は目立つ。別に目立つのが悪いというわけではないが、苦手ではある。

 すると、同じことを考えていたのか隣のミラクーロがレイミリアに話しかけるのが聞こえた。

 「レイミリアさん、ここから先は馬車だと難しそうです。できればここで何か別の乗り物に乗り換えたいと思うんですけど……」

 「何よ!おかしいんじゃない、頭?どんな理由があったってこの子達をこんな所で手放すわけないでしょう。家族なんだから!」

 かなりきつくそう言うレイミリアに、ミラクーロはひるむ様子もなく言葉を返す。

 「別に手放せとは言っていません。馬達は銀鈴で持ち運べるサイズに縮めて、何か箱にでも入れて運びましょう。馬車は……」

 馬車は置いていこう、とでも言おうとしたのか、ミラクーロがそこで言葉を詰まらせる。言えばレイミリアのことだ、またきつい言葉で口撃をしてくるのは予想できる。

 そこで徐次郎が口を挟んで言った。

 「この馬車、エンジンを積めば自走できるんじゃないのか?あの辺の道を走っている車とたいして見た目も変わらんからな」

 徐次郎のその言葉に、レイミリアとミラクーロは、アレクサンドリアへと入っていく道を見た。その道を一台のワゴン車が走り抜けていく様子を追いかけるように目で追う。

 「何?あの馬車……馬はどこにいるの?」

 レイミリアが不思議そうな口調でそう尋ねた。

 「あれは自動車って言う。馬の代わりに、エンジンって言う走る仕組みを取り付けてあるんだ」

 徐次郎が少しばかり不安げにそう答えると、ミラクーロが今度は口を開いて言った。

 「自走の馬車で自走車ですか……。なるほど、馬がなくて自分で走るから自走車。良い名付けですね」


 ミラクーロのその言葉に、徐次郎は自分の一番目の子を思い出し苦笑した。一番目は、物の名前を教えると、同じようにその成り立ちについて自分なりに考え、講釈を入れる癖があった。かなり早くに言葉を覚え、妻のひかりが、自分が里の外へ退魔行に出ている間に色々と教え込んでいたからだろう。今のミラクーロと同じように、ずいぶんと思い違いも多かったが、その分頭の良い子でもあった。


 望外に妻と長男を思い出し、徐次郎は硬直してしまった。また、もう一つの人格が表に出ようとしている。それに気がついて表に出ていた方が必死に抵抗をしようとしているのだが、力はもう一つの方が強い。

 その様子に気づいたレイミリアが、心配そうに自らのその手を、徐次郎の背中に触れて聞いた。

 「ジョジさん、具合が悪いの?」

 その言葉にミラクーロも心配そうに徐次郎を覗きこんで聞いた。

 「あの黒いのとの戦いで、どこか怪我でもしましたか?治しますよ?」

 言うが早いか銀鈴を使う仕草を見せるミラクーロ。レイミリアの心配そうな瞳が、徐次郎の目に映りこんでいる。

 すると不思議なことに、徐次郎の中で別人格が大人しくなったのを感じた。これまでは抑え込むことなど到底できずに、出そうな時にはなるべく独りで過ごしてきたのだ。それが収まるのを感じとり、やがて完全に収まると、徐次郎は不思議そうな目を二人に向けて聞いた。

 「お前ら、本当に何者なんだ?」


 険もなく怖れもない、そんな徐次郎の言い方に、しかし言葉面をとらえたふくれっ面のレイミリアはともかく、ミラクーロの方はここでお互いの情報交換をするために多少は正直なところを話した方がいいかと思案する。そうしてその考えはわずかの間に答えが出た。

 「僕らは、アイオリアと呼ばれる国の出です。……おそらくですが、この世界とは別の次元か空間、『たそかれ』とこちら側で呼ばれる世界の住人になります」

 ミラクーロのその言葉に、徐次郎は言葉が詰まる。おそらくそうだろう、と当たりはつけてあった。しかしこうして本人の口から聞くと、その見た目からずいぶんとギャップがある。

 「しかし、『たそかれ』の奴なら、魔王を知らんのはどういうわけだ?」

 徐次郎がやっとの思いでそう聞くと、ミラクーロは口を尖らせるように答えた。

 「だから……、魔王って呼び方は合ってませんよ。魔っていうのは少し前に見た、あの黒く輝いてたアレでしょう。うちのアレもときどきは腹黒くなる時がありましたけど、あんな風に黒い光を発したりはしません」

 「……誰もお前の親父が魔王だとは言ってねえ」

 「けれど、おそらくあなたが言うソレは、うちのアレを指して言っていることだと思います。何よりも今『たそかれ』には、アレ以外にはそう呼ばれるような存在がいませんから……」

 ミラクーロのその妙な言い回しに徐次郎は首を傾げた。

 「僕らは、『たそかれ』に住むモリトの民。祖先はそこにアイオリアという国をつくり、その国の王家として国家をまとめていく役目を代々受け継いでいいます」

 「え?ミラクくん、王子様なの?」

 レイミリアがそこで割り込んで聞いてきた。

 「ええ……。レイミリアさんのことも知っています。お父様がよくお城にいらしていたので、話だけは聞いていました」

 「そうだったんだ……。けど、お城の人ってことは……」

 そう言いかけて、レイミリアは口を閉ざした。目の前でミラクーロが、じっとレイミリアの瞳を覗きこむように見つめていることに気づいたからだ。とたんに、また目尻が下がり鼻の下が伸び始めていく。

 「おいおい、大事な話の最中だぞ。ちょっとお嬢ちゃんは馬の世話でもしててくれや」

 徐次郎がそう言って、レイミリアの意識を馬の方へとずらせる。するとレイミリアは、まだトロンとした瞳を潤ませながら、渋々といった様子で御者台を降りていった。

 「とりあえず、話の続きは後にしようや。この街に俺の所属する『マルアハ』って組織の支部がある。そこへ行って、何か食って、それで少しばかり眠ってからにしよう」

 徐次郎が、薄暗くなってきた空を見上げてそう提案する。

 「……わかりました。けど、僕とレイミリアさんは別行動をとらせていただきます」

 ミラクーロがそう言うのを聞いて、徐次郎が肩をあげてため息をもらした。

 「しょうがねえな。まあ、気持ちはわかるけどよ、年端も行かない子供が二人で、夜安全に歩けるような所じゃねえぞ、この辺は」

 「みたいですね……。まだ街の外なのに、かなり荒れた感じがしてます」

 「だったら、俺と来い。まだ聞きたいこともあるから、そうしてくれると俺も助かる」

 徐次郎が少しだけ譲歩してそう言ってみる。ここで下手に気を悪くされて、銀鈴を使いどことも知れぬ場所まで行かれてしまうのは困る。徐次郎はそう考えていた。

 「身の安全は保障する。あと、食うもんや水も提供しよう。他に何か条件があれば聞く」

 「拘束されたり、監禁されるのは困ります。僕は、できるだけ早く自分の家に帰りたい。なのでレイミリアさんが満足したら、あの人に銀鈴を使ってもらって帰れるよう計らってもらえたら満足です」

 「……お嬢ちゃんをもてなせってことか?」

 「そこまでする必要はないと思いますが、銀鈴は持ち主の思いに従順すぎるところがあると聞いていますので……」

 そう言って、ミラクーロが何かを思いついたような表情を浮かべる。

 「そうでした。どっちにしても、レイミリアさんを拘束したり監禁したりは無駄ですね。銀鈴が出た今、レイミリアさんはほぼ万能なはずですから。あの人が望むほとんどはあの銀の鈴が叶えてくれるでしょう」

 その言葉に徐次郎が気がついて尋ねる。

 「なんか呪文みたいなのが必要じゃないのか?あの、リアライズとかって……」

 「いいえ、本来はあんな言葉、必要はありません。ただ、最初の間はイメージを固めるのに手間取ることが多いと聞いていますので、そのイメージ固めのために、持ち主に教えるよう言われていた言葉です」

 「誰からだ?」

 「僕の父と、母からです。銀の鈴はもともとは、母の持ち物でしたから。けれど一〇〇年ほど前に、父上が原因で失われたと聞いていた道具です」

 そう聞いて徐次郎はうんざりした顔を浮かべた。

 「お前さん、少しばかり頭は良いようだが、やっぱり子供だな。お前の父ちゃんと母ちゃんはそんなに長生きなのか?どう考えたってそれはないだろう」

 徐次郎のその言葉に、ミラクーロがしまったという表情を浮かべる。それを見て徐次郎が話を締めくくるように言った。

 「ともかく、もう完全に日が暮れる。お前たち二人の身の安全と、家に帰れるようにってところについては、俺がちゃんと身をもって約束してやるから。だから、一緒に来い」

 「どうしてですか?」

 ミラクーロが自然にそう尋ねた。ミラクーロにしてみたら、徐次郎が自分たちと一緒にいたがる理由がよくわからないままだからだ。

 「どうしてって、なあ……。強いて言えば、さっきのお礼かな」

 「さっきの?」

 徐次郎は、先程の症状について少しだけ説明することにした。

 「いつぐらいからか、俺はときどき発作が起こるようになっちまったんだ。発作が起こるとその間、ちょっとばかり周りに迷惑をかける。それがさっき、あのお嬢ちゃんの手と、お前さんの言葉で、スッと引いた感じがした。あんなことは初めてだ。だからその礼を兼ねてな、お前さんたちを家までちゃんと送り届けてやる」

 「いえ、でもそれは、レイミリアさんがその気になれば……」

 「まあ、あともう一つ言えば、俺ももう一度あの場所へ戻らなきゃいけないんだ。残してきた仲間もいるし、あと、お前の言う魔王についてももう一度確認しなきゃなんねえ」

 「……それは自力で何とかできるでしょう。一度はそうして自力で入り込んできたくらいなんですから」

 ミラクーロの物言いは、あきらかに徐次郎を警戒しているように聞こえる。徐次郎はそれを察すると、少しだけ悔しそうに説明をすることにした。

 「六人がかりでようやくだ。もう一度あの場所に行っても、俺だけじゃあ入り口さえ開けられねえ」

 徐次郎の言葉に、ミラクーロは少しだけ考えると、こう答えた。

 「……そういうことでしたら、三人でもう一度戻ったら、僕から父上に話してみます。それで会って話をしてみて……というのはどうでしょうか」

 「いいのか?」

 「ええ。それにお仲間の件も父上でしたら当てがあると思います。年に数回ですが、『たそかれ』に迷い込んでくる方がいると話してましたから」

 「それも?……本当にいいのか?」

 「はい。ここへ来るまでの間、レイミリアさんの件でもいろいろと保護してもらって来ましたし、何よりもあの竜巻の件では、見知らぬ方々の困り事を当事者でもないのに進んで引き受けてたでしょう。僕はジョジロウさんが悪い人だとは最初から思っていません」

 そう言われて、徐次郎は思わずニコッと微笑む。なぜか嬉しいと感じていた。まるで、自分の子にそう言われたみたいで、とても嬉しかった。

 「であれば、約束する。お前さんとお嬢ちゃんは、俺が必ずお前達の国まで護り通してやる」

 「でしたら、僕も約束します。家まで帰れたら、ジョジロウさんを僕の父上に紹介します」

 互いにそう言い合終えると、徐次郎は右手の拳をミラクーロの前に突き出した。それを見てミラクーロは、少し照れたようにはにかむと自分の右手を拳に握り、徐次郎の手にコツンと当てる。

 「これ、今はもう子供でもしませんよ」

 「ああん?そんなことはねえだろう。俺の子供は喜んでしたぞ。指切りよりもこの方がやってくれた」

 徐次郎のその言葉に、ミラクーロは何か引っかかりを感じたが、その場は言い出さずにおいておくことにした。そうは気づかずに、徐次郎が前方で馬の首を撫でているレイミリアへと目線をむけ、話しはじめる。

 「さて、そうと決まれば……。次はお嬢ちゃんの説得だな。なんだっけ?馬を小さくしてだったか?何か動物を入れられて持ち運べるようなものを見つけてくるわ。ついでに『マルアハ』にも話をつけてくる」

 「え?あ、ちょっと……」

 言うが早いか、徐次郎がまた音もなく御者台から消えた。残されたミラクーロは、夕暮れの暗がりの中、ひとりポツンとつぶやく。

 「それも銀鈴で出せるって言おうと思ったのに。せっかちな人だなぁ」

 馬達のところできゃはきゃはと笑いながら、何か話でもしているようなレイミリアの影がうっすらと見える。通り過ぎてきた砂漠の方向に沈みゆく夕陽は既に、その縁だけをうっすらと地平線上へ残すのみとなっていた。





 ようやくのことで、三人が宿となる場所へとたどり着いたのは既に日が暮れてしばらくしてからのこととなった。ひとつは、レイミリアの説得に手間取ったため、もう一つは徐次郎がなかなか戻ってこなかったためでもある。


 「あぁ、疲れました。なんだか僕、最後の最後で本当に疲れちゃいました……」

 ベッドに顔から伏せながら、ミラクーロがそうつぶやくのが聞こえてくる。

 徐次郎が宿舎として用意した場所は、お世辞にも立派なものとは言えない建物だった。入り口の扉は片方が開かず、中に入ると埃っぽさに咽かえる酷さ。少なくとも、本業としての宿屋ではないその様子に、ミラクーロは一瞬だけ警戒心を見せたが、徐次郎からの説明で納得もいった。

 「『マルアハ』にお前らのことを正直に話すと、まず間違いなく監禁拘束になる。だからすまんが、お前たちは俺がここへ来る途中で拾った戦災孤児ということになっている。そんなわけだからこんな場所ですまんが、ここは俺がこっち方面で活動するときの拠点にしてた場所だ。気楽にくつろいでくれ」

 つまり、こんな埃っぽい場所で徐次郎は普段から生活をしていたということだ。それを聞いてレイミリアですらも顔をしかめた。

 「ねえ、ここってお風呂とかあるの?」

 「ああ、湯は出ないが風呂桶とシャワーならあるぞ」

 「お湯が出ないの?だったらどうすんのさ?」

 「そっちにガスコンロがあるから、それを使って湯を沸かすか……。あとは、『マルアハ』の詰め所で言って、近くにあるホテルのスパを借りるって手もあるな」

 「……なによそれ、面倒くさい」

 「だったら湯を沸かせ。鍋で沸かして、それを水で薄めろ」

 そう言うと徐次郎は、レイミリアとミラクーロを残し外へ出て行こうとする。それを見てミラクーロが尋ねた。

 「どこへ行くんですか?」

 「ああ、ちょっとな」

 それだけ答えると、徐次郎は外へと出ていった。



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