第6話 理不尽 後話



 レイミリアが気がついたとき、周囲は帆が張られた大きなテントの中だった。全体的に茶色か黄色に見える。足元は砂だ。どこか背後でバタバタと帆が風にはためくような音が聞こえている。


 レイミリアは試しに体を動かそうとしてみた。口元はハンカチか何かで縛られている。両手は後ろ手に回され、足も縛られているようだ。そうして、このテントの支柱らしき柱にロープで縛り付けられていることがわかった。バタバタと音のする方に出口があるのかもしれない。


 レイミリアはそう考えて現状を確認すると、今度は馬車の馬達が気になり、声をあげた。

 「あうっあうっあうっ!」

 口元に布を噛まされているせいで、その声はまるでアザラシのようだ。

 「気がつきました?ちょっと待っててください。すぐに口の、外しますから」

 驚いたことに背後からミラクーロの声が聞こえた。レイミリアは首を回してあたりを見るが、どこにも声の主は見えない。そうしている間に口元の布が解かれるのを感じた。するするっと解かれた布はレイミリアの背後に消えていく。

 「どうですか、声出せます?」

 「ええ、大丈夫。ミラクくんは?大丈夫なの?ひょっとして後ろ側に縛られてたりする?」

 「え、ええ。そんな感じ、です」

 「布、取ってくれてありがとう」

 「ええ、えっと、どういたしまして……」

 「それでどうしたの?これ。なにがあったの?」

 「えーと、そのですね……」

 「あの忍者は?あのオジサンはどこにいったの?その辺で縛られてたりする?」

 「ああ、ジョジロウさんなら今は外です。この集落の長と話をしている最中ですよ」

 「え?どういうことなの?」

 「えーと、ですから、話すと長くなっちゃうんですが……。レイミリアさん、馬車から落っこちたの覚えてます?」

 「何それ?そんな馬鹿なことあるわけないでしょ。物心ついたときから馬車に乗ってるのよ、私」

 「……そうなんですか。やっぱり。……あの人が言うこと聞いといて正解だったかな……」

 レイミリアは、そうつぶやいたミラクーロの声が少しづつ離れていくのに気がついた。

 「あれ?動けるの?ミラクくん……」

 「え?いいえ。動いてなんかいませんよ」

 「嘘、さっきより遠い所で話してるじゃない」

 「なんか、そっちは鋭いんですね。素直に尊敬します」

 「え?そ、そう」

 「ええ。ものすごいと思います」

 「えへへ、そうかな」

 レイミリアはものすごいと褒められ、満面の笑みの中、先ほどまでの疑問がどこかに行ってしまっている。

 「えと、それじゃ僕は、ちょっとだけジョジロウさんのところへ行ってきます。そのままもう少しだけ待っててくださいね」

 そう、言うが早いか、砂を走り去る足音がレイミリアの耳に聞こえた。

 「え、ミラクくん?なんで走っていけるの?縛られてるんじゃないの?」

 既に、答えはない。未だ柱に縛りつけられたままのレイミリアには、何が起きているのかわからず首を傾けるしかできないでいる。





 次にレミリアが目を覚ますと、辺りはすでに夜になっていた。どうやらあのまま眠ってしまっていたらしい。いつの間にか柱から解かれ、簡単なベッドの上に寝かせられている。……変なことはされていない。服の上からそれだけを確認すると、レイミリアはベッドを降りて、テントの出口を探すことにした。


 あらためて見回してみるとずいぶんと大きなテントだ。あちこちに色々な木箱が縦に積まれている。そのひとつを覗いてみると、そこには様々な食材が収められていた。

 それを見てレイミリアは、朝から何も食べていないことを思い出した。しかし目の前にある食材は、どれも火を通さないと食べられそうもない。

 なので最初の目論見通り、レイミリアはテントの出口を探すことにした。


 探してみると出口はあっさりと見つかる。大きいといえ、テントはテントだ。そこから外に出てあたりを見回してみると、そこら中に同じようなテントが建っている。

 「なに?ここ。砂漠のキャンプ場なの?」

 レイミリアにはそう見える。ところどころで火が灯っているのか、テントの中が明るいところが多い。そうして見て歩いていると、大きめの車が目についた。


――ずいぶんと大きくて長い馬車ね。大きな車輪が三か所についてる。あんなだと馬に負担しかかからないわね。けど、なんだろう。あの車輪、木じゃないみたい。


 興味深くその車に近づくと、レイミリアは更に驚く。


――なに、この車輪、ものすごい太い。それに二個づつついてる。ってことは、左右で四個?前後合わせるといくつよ?三か所で両側で、それで二個づつだと……20個くらいか。帰ったらロイに教えてあげようっと。


 と、ロイを思い出し、そして馬車を思い出した。馬達がどうなったか急いで見つけなきゃ。そう考えて走り出す。するとそこにまた、あの不思議な声が聞こえた。


――お嬢ちゃん、そっちじゃないよ。さっきいた場所の方だ。


 「え?誰?」

 レイミリアはつい声をあげて尋ねた。


――戻って右側だ。そうすると開けた場所に出る。そこに馬達はみんないるよ。


 声はそう告げる。レイミリアはその声が何者なのか気にはなったが、馬達の方が大事と来た道を戻っていった。





 その頃、徐次郎達は集落の長との話がひと段落つきかけていた。徐次郎とミラクーロ、二人の目の前に白い髭を胸元まで蓄えた初老の男がいる。彼の後ろには十数人の若い男たちが、砂に座って控えているのが見える。

 「では、本当にお願いできるのかね?」

 「ああ、任せてくれ。そいつは本来、俺達『マルアハ』の仕事だからな」

 徐次郎はそう答えて、右腕を男に出す。差し出された手を、向かいに立つ初老の男は黙って両手で握りしめた。これで契約が成立だ。

 「そうしたら食事を用意させよう。酒もだ」

 初老の男はそう言って振り返ると、控えていた男たちが一斉に立ち上がって、方々へと駆け出して行く。

 「まだ仕事は終わっていない。食事も酒もいらない、この後すぐに発つ」

 徐次郎が男にそう言うと、隣に立つミラクーロも頷く。その言葉に対し、目の前の初老の男は落ち着いた声でこう言った。

 「なんの。今からでは夜の砂漠を駆けることになる。それでは馬達が可哀そうだ」

 その言葉にミラクーロは少し考え、隣の徐次郎に小声で話しかけた。

 「レイミリアさんの馬車ですから、あの人を置いていくわけにはいきません。そうなると馬を休ませないわけにもいかないでしょう」

 徐次郎は、そんなミラクーロの言葉に小さくため息を漏らす。

 「理不尽だな……」

 徐次郎がそうつぶやき、それで食事の席に着くことが決まった。



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