第7話 たそかれと巫女 前話

 多くのテントが街並みのように並ぶ集落の中心部に、広めの広場が見える。今やそこに松明が焚かれ、砂地には大きめの絨毯がいくつも敷かれていく。男たちが次々に大皿の料理を運び急ぎ足で通り過ぎてゆく。焚火が何か所かに焚かれ、その周りに鉄串に刺された肉が並んだ。そのすぐ横に、皿に乗せられた葉野菜のサラダや、果物の盛り合わせ、蒸した鳥の料理、揚げた魚の料理など大きな皿が並べられていく。

 徐次郎とミラクーロは、その様子を眺めながら口をポカンと開けていた。


 「なあ、なんだこのお祭りみたいなのは……」

 徐次郎が、目の前で繰り広げられていく壮大な宴席の設営にポツリ、言葉を漏らした。

 「……なん、なんでしょうね。わかりません。聞いたこともありません」

 ミラクーロからも同じように言葉が漏れる。


 集落の長との話し合いは、ほぼ一日がかりだった。

 砂地に転がるレイミリアを助けようと馬車を停めたところに、砂丘の裏側からニ十騎以上のラクダに乗った武装兵達が突如として現れ、その場で三人は馬車と馬ごと捕縛された。

 レイミリアの症状はといえば、ただの気絶だった。大怪我どころか擦り傷ひとつなく、気分良く熟睡しているような状態だ。おそらく砂地に落ちたことで衝撃が和らいだのかもしれない。

 そうして三人はこのテントの街に連れてこられ、先ほどレイミリアがいた倉庫代わりのテントの中に暫くの間押し込められていた。


 徐次郎は、もともと世界規模の組織に所属していた人間だ。おかげで語学だけは堪能だ。頭で文法などを理解することは苦手だが、現地入りしてその地の人波の中にいるだけで、わずかの間に片言くらいは話せるようになる。

 その能力でテントの中から外の会話を聞きとり、数時間も経たないうちにこの街の状況を理解した。


 このテントに暮らす人々は、もともとはここから北に数十キロ行った先のオアシスで暮らしていたそうだ。半年くらい前に、そのオアシスに異国の服を纏う二人組の男が訪れ、自分達は錬金術師だと名乗った。その二人組は、オアシスの族長に『たそかれへの道』を示すよう迫ったという。しかし族長はその者達を訝り、武をもってオアシスから追い出したらしい。

 それから二月も経たないうちに、再びその錬金術師達が現れ、今度は小高い砂丘の上から街に向けて警告を発したという。「我々にたそかれへの道を示さねば、この地をオアシスも含め、砂嵐で砂の下に埋めてしまうぞ」と。前回武力で強引に追い出された分の恨みも込められていたのか、予告ともとれるように街の半分が竜巻に包まれ、運悪くその竜巻に巻き込まれた族長は今もまだオアシスに留まったままだそうだ。


 『たそかれへの道』という言葉に、徐次郎は思い当たることがある。『たそかれ』と呼ばれる地に魔王の復活する兆しあり、と『マルアハ』の組織でも長年にわたり探しつづけてきた場所だ。

 古くは16世紀の、大航海時代末期の頃にすでに記録が残っている。ポルトガルから南アメリカへと渡った探検家の家族が、渡った先の大陸の大森林から、その『たそかれ』に移り住んだという記録だ。

 16世紀末にその記録を残した『マルアハ』の調査員は、『たそかれ』に侵入することに成功している。戻った際に調査員は、魔障と見間違う程の生命力の向上が測定されたと、別の記録には残されていた。

 魔とは、憎悪や殺意、妬み、嫉妬、そういった残虐性の高い闇深い感情の色が入り混じった強大な生命力そのものを指し、『マルアハ』内部で使われている言葉だ。『たそかれ』戻りのその調査員にはそういった『魔』的な殺意や残虐性などは見られなかったらしい。害はないということで問題視はされなかったようだが、その後のその者の記録が一切残されていないことが惜しまれる。


 見張や通り過ぎる人々から情報を得た徐次郎は、テントの外にいる見張に向かって彼らの言葉で解放してくれるよう求めた。自分ならその族長を救い出せる。そう嘯いたのが功を奏し交渉の場へと誘われることになる。

 テントから出されるとき、徐次郎はミラクーロにレイミリアの事を頼んだ。

 「――ただし、どうせ何も覚えちゃいないだろうから、しっかりとロープで縛っとけよ。あと、さるぐつわも忘れんな。鈴を使われたら厄介だからな。あとは、見えるところに立つなよ、危ないから」

 ミラクーロの安全も忘れてはいない。そうしてから交渉の場へと挑んでいった。


 交渉の場で、徐次郎は新たな情報を得ることになる。オアシスを覆う砂嵐の中に、恐ろしいほどの殺意と残虐性を感じたと、交渉相手であるこの集落の長がそう語った。退魔行を担う徐次郎には聞きなれた言葉だ。魔と呼ばれるほどの存在になるとその殺意は、何も知らない素人でも感じとれる。

 他にもいくつか情報を聞き、錬金術師を名乗る者たちの正体にもアタリをつけた。彼らの一人が手に一冊の本と石を持っていたと長は言った。本物の錬金術師であればその手に賢者の石と呼ばれる鉱石を握っていることが多い。

 赤黒いその石は自然界では稀にしか見つからない。しかし数百年ほど前に、イングランド北部の錬金術師がその錬成方法を発見した、と里の学校では習った。以降、錬金術を生業とする集団は世の表舞台から姿を消したと教わった覚えがある。彼らが賢者の石を生成するのに用いる方法のひとつに、魔障に侵された生き物の生命が必要になるからだ。

 その事実を知った当時の『マルアハ』と各国の政府により、錬金術師たちは闇に葬られた。そう教科書には書かれていた。勉強嫌いの徐次郎であったが、錬金術という言葉に胸がときめき、何度もその教科書を読み返したので間違いはない。


 二十代の最初の頃から世界中を巡り、多くの魔障を祓ってきた徐次郎は、実は何度か錬金術師とも対峙したことがある。その連中がこの近くに来ているのか?と徐次郎は考えた。


 宴の準備が終わる頃になると、陽はとっぷりと暮れていた。

 「皆の物、今宵は、我らの族長と街とを解放してくれるであろう偉大なる者が訪れたことへの感謝の宴だ。この者達であれば族長を救い、オアシスを救い、そうして我らを救ってくれるであろう」

 集落の長がそう宣言をおえると、あとはほとんど無礼講の宴会となった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます