第6話 理不尽 前話

 翌日の朝は慌ただしく明けた。


 ティピーの中で毛布にくるまりながら気持ちよく寝ている真っ最中だったレイミリアは、飛び込んできたミラクーロにいきなり叩き起こされ、最悪の気分で目覚める。外で徐次郎が叫んでいる声が聞こえた。

 「急げ!あの勢いだとものの五分でここまで来るぞ!」

 その喧騒に驚いて、取るものもとりあえずレイミリアは寝起きのまま急いで御者台に駆けあがった。ミラクーロは既に馬車の中にいる。徐次郎が駆け寄って御者台に飛び乗ると、レイミリアは手綱を強く振り回した。


 馬達はずいぶんと前に起きていた様子で、手綱からの指示に従って前へ歩き出そうとする。しかし、一歩踏み出し、そこで砂に足をとられた。ずぶずぶっと砂に足首まで沈んでしまう。馬たちはレイミリアを振り返りいななきはじめた。

 「だめ。こんなところ、この子たちを走らせられない」

 毅然とした顔でそう言いだすレイミリア。徐次郎も馬達の様子を見て、馬車と馬が使えないことを悟った。そうして馬車の上に飛び乗ると苦無と投げ矢とを装束の懐から取り出し、戦う覚悟を決める。

 「レイミリアさん、鈴を出してください!」

 その様子に気がつき、ミラクーロが馬車の中から顔を出して叫んだ。レイミリアは言われた通りに鈴をポケットから取り出す。それを見てミラクーロが大きめの声で唱え始める。

 「道を、砂の上に、馬達と馬車の通る足元に。馬たちの動きに合わせてどこまでも伸びていく平らな、ウッドチップのような柔らかさの道を……。リアライズ!」

 それを聞いてすぐにレイミリアは手綱をふる。すると今度は問題なく馬車は動き始めた。山となり谷となる砂丘の上を、まるで平地を行くかのように、あっという間に馬車は最高速度まで到達していく。


 「大丈夫みたいだ。連中、残してきたテントのまわりで停まってる。こっちには向かって来てない」

 馬車の上から後ろを警戒する徐次郎の言葉に、レイミリアはようやく安堵の表情を浮かべた。


 「なんなの?いったい」

 暫く馬車を走らせ、気持ちが落ち着いたところで、事情がよくわかっていないレイミリアが馬車の屋根に座っている徐次郎の背中に向かって尋ねた。

 「盗賊団かなんかだろう」

 徐次郎は背中ごしにそっけなくそう答える。すると、ミラクーロが御者台に出てきて、詳しく話しをしはじめてくれた。


 「夜が明けてすぐになんですが、北側の砂丘の先に砂煙を見つけたんです。最初は風かなんかだと思ってたんですが、しばらくたってもう一回見たら、近づいているのがわかりました」

 「それで俺がちらっと見に行ってきたんだよ。武装した連中がラクダ五頭でこっちに向かって来てた」

 「それを聞いて、急いでレイミリアさんを起こしに行った、というわけです」

 その話を聞いてレイミリアは、なるほどと頷いた。それなら叩き起こされても仕方ない。そう思って今度は気になっている別のことを聞くことにする。

 「話はわかったわ。それで、朝の食事はどうするの?」

 その問いに、ミラクーロは冷ややかにレイミリアを睨む。徐次郎はその胆力にちょっとだけ感心をしたようだ。

 「まだ連中が見えてるが、ここで停めて食うか?」

 徐次郎が笑顔でそうレイミリアに聞く。するとその言葉にミラクーロは驚いた顔を馬車の上に向けた。そこに膝を曲げしゃがんでいる徐次郎と目が合う。

 「冗談はやめてください。そんな挑発するような行為、わざわざする必要もないでしょう」

 ミラクーロは頬を膨らまし怒ったようにそう言う。徐次郎はそれを聞いて笑っている。レイミリアは首を傾げ、キョトンとした顔でいた。……何の話なのかわからないといった顔だ。


 またしばらく走ると、はるか後方とはいえ盗賊団がまだ見えているにもかかわらず、レイミリアが声を荒げて喚きはじめた。

 「ねえ、いったい何処まで走ったら朝ご飯なのよ。この子達もまだ朝のご飯あげてないでしょ。いい加減この辺りでいいんじゃないの?」

 これには徐次郎も少し驚いた顔をした。まさか本気で言っているとは思ってもいなかったのだ。

 「レイミリアさん、それってやっぱり、本気で言ってますよね……」

 ミラクーロは御者台でため息をつきながらそう言うと、手綱を引くレイミリアの方に体を向け、説得するかのように話しをはじめた。


 「あのですね、僕らは今、こんな右も左もわからない砂漠の真ん中にいます。それはわかってます?」

 「そんなの見ればわかるじゃない。どっちを向いたって砂ばっかり。行けども行けども砂ばっかり」

 「だったらこんな場所に来た原因だってわかってるんでしょう。誰のせいなんですか」

 「あ?それって何よ。いまさらでしょ」

 「いまさらじゃありません!今まさに!です」

 大声をあげるミラクーロの顔が赤く上気していく。レイミリアはその顔をちらっと横目で見て、少しだけうっとりとした表情を浮かべている。


 「そもそもこんな場所に来ちゃっただけでも異常事態なのに、いきなり怪しい集団にも追われてるんですよ!もう少し緊張感をもってください」

 レイミリアには、そうしてカッカしながら自分を罵ってくる少年がとても愛おしい存在に見えている。今は手綱を握っているから、真正面からその罵りを受けることはできない。だが声だけでもいい。もっとその声変わりする前の、甲高い幼い口調で罵って、とレイミリアは考えていた。

 「ふふふ、うふふふふ」

 トロンとした目で馬達を見ながら、しかしレイミリアはもっと誹りを受けたいと思った。なので、おかしな行動に出る。そうすることでもっと咎められると思ったからだ。


 御者台でいきなり立ち上がると、手綱を持ったまま、片足を前に出しハイヨーっと大声をあげる。

 「ちょ、ちょっと、レイミリアさん、どうしたんですか?」

 ミラクーロは慌てた表情でレイミリアを見た。その顔には戸惑いがあふれている。

 「あはははは!ミラクくん、いいわよ!でもそこはそうじゃないの。もっともっと罵りなさい。もっと睨みなさい。レイミリア、何をしているんだって、そう言っていいのよ」

 すでにレイミリアの目は、クルリと黒目が空を向いていて前を見てはいない。手はまだしっかりと手綱を握ってはいるが、口元はすっかりと緩みっぱなしの状態だ。

 「危ないです!やめてください、レイミリアさん!座って、危ない!そんなんじゃ、落ちちゃいます!」


 ミラクーロがそう言ってレイミリアのドレスをつかまえようと手を伸ばした瞬間、レイミリアはその手に触れられると思ってか、手綱を離し、体を横に向けようとした。しかし手綱を離された馬達は驚いて、わずかにだが歩がブレる。馬車はそのわずかなブレにより小さく揺れた。そうしてその揺れは、レイミリアを御者台から外の砂地へと降り落すには十分だった。

 「レイミリアさん!」

 すでに意識が飛びかけている中、レイミリアは自分の名前を叫ぶミラクーロの声を聞いていた。実に心地よい。もっと私の名前を呼んで。そう考えながら後ろ向きに宙を舞ってゆく。辺りがスローモーションのようにゆっくりと動いていく。

 そうして砂の上にバフッと落ちると、ゴロゴロっと転がっていった。


 「レイミリアさん、レイミリアさん!大丈夫ですか?」

 落ちたレイミリアを助けようと、馬車を停め駆け寄ってきたミラクーロは、レイミリアの様子に血相を変える。


 口元は涎まみれで砂がまとわりついている。元は薔薇色のドレスは見る影もなく砂にまみれ、ところどころ破れている。外行きの仕様なのか、ドレスの下にはジャージのような服が見えていた。ひょっとすると部屋着をそのまま下に着こんでいるのかもしれない。

 しかしミラクーロが一番に血相を変えたのは、駆け寄った時にレイミリアが息をしていなかったからだ。慌てて銀の鈴をレイミリアのポケットから出し、精一杯に祈る。

 「鈴よ、この人の命を、息を吹き返させて!」

 しかし鈴は反応しなかった。ミラクーロの顔が更に青ざめていく。その様子を見て、馬車から徐次郎が駆け寄ってくるのが見えた。



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