第5話 砂漠に揺れる 後話



 「レイミリアさん、食べ過ぎです。そんなに食べると太りますよ!」

 「うるさいわね。その分運動するし、食物繊維もたっぷり摂っているから問題なんてないわよ!」


 もう既に、鍋の中身はすっかりと無くなりかけている。一緒に食べた時間の分、すっかりと打ち解けたのか、ミラクーロとレイミリアが最後に残る肉を奪い合っていた。それを見て、既に食事を終えている徐次郎がぼそりと言う。

 「……もう一回出せばいいだろうに」

 そのつぶやきを聞き、ミラクーロとレイミリアの二人が動きを止めた。そしてすぐにレイミリアが鈴をポケットから出すと、ミラクーロが手を合わせつぶやいた。不思議なことに再び鍋の中が食材で満たされていく……。

 「便利なもんだな、追加もできるのか……」

 半ば呆れ顔で徐次郎が、今度はそうつぶやく。レイミリアが何を考えてなのか、手にしたフォークを鍋の中に突っ込んでいた。

 「まだ煮えてませんよ……」

 ミラクーロがそう言って呆れた顔でレイミリアを見る。その目を睨み返しながら、レイミリアは胸を張って答えた。

 「予約よ、予約。これは私が食べるのよ」

 そう答えるレイミリアに、ミラクーロは大きくため息をついた。そうしてから、徐次郎を見た。

 「では、次の鍋が煮えるまでの間、お話します。どういうことなのかを」





 「まず、洞窟の中で最後に起きたアレなのですが。アレは父が持つモリトの道具のひとつ、白の鍵で出された扉です。おそらく僕らの乗る馬車よりも先行して、洞窟の天井に垂れ幕を用意しておいて、そこに鍵を挿し扉を出しておいたのでしょう」

 ミラクーロはそう説明すると、手の椀を足元に置いた。

 「そいつはどういう道具なんだ?」

 徐次郎が静かにそう聞く。するとミラクーロは頭を横に振りながらこう答えた。

 「詳しいことはわかりません。ただ僕の知っている白の鍵は、その鍵を挿した場所に、他の場所へ移動することのできる扉を出現させることができる、という物です」

 「他の場所?例えば?」

 「えーと、前に父上があの扉を出したときには、城から僕の部屋に通じる扉ができました」

 「つまり、それはその鍵を使う奴が好きにできるってことか?」

 「だと思います。もっと前には、父は家から城へ行くのに使っていましたから。母に叱られて以後は使ってないと思いますけど……」

 「……なるほど、厄介な道具だな」

 徐次郎はそうつぶやくと、顎に手をあてて次を尋ねる。

 「それで、あのでかい湖はなんだ?なんであんな地の底にある?」

 「それこそ僕は知りませんよ。昼過ぎにいきなり父が帰ってきて『おい、今から出かけるぞ』って言って連れていかれたんですから」

 「何をしにいくとか、聞いてなかったのか?」

 「アレがそんな丁寧に説明できてたら、僕だって困った思いをしないでいます。母がどれだけ言っても、アレはそういう説明とかできないんですから。だから僕だって……」

 苦々しい顔をしながら話すミラクーロの話を、徐次郎もまたばつの悪そうな表情で聞いている。すると――

 「あちぃ!!」

 突然にレイミリアの悲鳴が上がった。


 声のした方を見ると、話の間ずっと鍋の中にフォークを差し込んだままだったレイミリアが、手のひらを振りながら小さく何度も悲鳴をあげている。そのフォークは鍋の中に沈み込んでいた。

 「あち、あち、あち!」

 右手を振り回し喚くレイミリアに、ミラクーロも徐次郎も冷ややかな目を向けた。金属性のフォークを熱している鍋の中に入れっぱなしにすれば熱くなるのは当然だ。サルでもしない。

 レイミリアはしかしそんなことを思われているとも知らずに、右手を振りながら今度は椅子を立って走り回りはじめていた。





 「で、この道具についての説明を聞こうか。なんでこんなものが突然、俺とそこのお嬢ちゃんに出たんだ」

 火傷をしたと飛び回っていたレイミリアの治療を終え、徐次郎とミラクーロは再び焚火の前で話をつづけている。レイミリアはといえば、のど元過ぎればなんとやらといった様子で、煮えた鍋の食材を、新しく出してもらった木製のフォークで美味しそうに食べている。

 「洞窟の一番奥で、……あの地底湖があった場所でですが、僕はお二人と簡易的な主従契約の宣言をさせていただきました」

 「主従契約?俺とお前がか?」

 徐次郎の目が厳しく光る。それを躱すようにミラクーロが手を顔の前にあげ、続きを話していく。

 「えっと、『主』は僕ではなく、お二人です。そうして僕が『従』う側になります」

 「なんでそんなことを?」

 「それがモリトの道具を呼び出すための簡易契約の条件だからです。簡易契約の場合、こちらから相手の同意なしに効力を発行することができますが、それだけだと対等な契約にはなりませんから」

 「対等?」

 「はい。契約は対等であってこそ契約。僕は幼い頃からそう教えられて育ってきてます」

 「そいつはたいしたもんだな……」

 徐次郎は呆れたような口調でそう言うと、隣で鍋を食らいつくさんとしているレイミリアをちらっと見た。

 「これと、俺が『主』ってことか。ってことは、いろいろと命令もできるのか?」


 そう聞きながら徐次郎が一番に気にしたのは、馬車の上で見せたレイミリアの性癖のことだ。目の前にいる五歳くらいの子供が、里に残してきた自分の一番下の子に重なってみえてしまい、おかしな女子にいたぶられるのは見ていてしのびないと思っていた。


 「残念ですが、僕に直接の命令はできません。手元に現れたモリトの道具、その使用の許可と拒否が『主』の役割です」

 そう答えながらミラクーロはレイミリアに対して身構えた。鍋をつついて食べているだけだと思っていたレイミリアが、主従契約の話をしてからまた、自分を見ながら怪しい顔になりかけている。徐次郎がそれを教えてくれたのだとわかった。

 「なるほどな。だいたいはわかった」

 徐次郎はそう言うと、その場から立ち上がって自分用のティピーへと歩いていった。もう休む気なのかもしれない。ミラクーロはその様子を眺めながら、何か言いたげに唇を動かす。ありがとうと言いたかったのかもしれない。しかしその言葉は、ついに言葉にはならなかった。


 焚火の炎がパチパチと音を立てる中に、砂漠の夜気がそろそろと漂いはじめてきている。鍋の中身はすっかりと空だ。食べ終えて満足したのか、レイミリアが毛布にくるまって砂に仰向けに横たわっている。ミラクーロも同じように顔をあげると、満天の星空に暫し目を向けることにした。



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