第3話 振り返る男 後話



 学校へ入って二年目の年、徐次郎は剣術の成績で首位をとった。義父は大喜びをして褒め称えてくれ、徐次郎もやがてはそのことを誇りに思うようになる。


 三年目になり、柔術の成績も首位に立つ。しかし槍術と水泳術を苦手としてその稽古に明け暮れた。


 四年目に槍術でも首位となる。武芸十八般を誇る里の学校で、三種で首位というのは過去に例がない。


 五年目に入るころ、上級生との立ち合いも含めた学校全体での武芸大会に出場することになる。その大会に徐次郎は剣術と体術で出場し、義父やひかり、そうして数年前に義父が引き取り新しく妹ととなった陽炎からの応援を受けて見事に優勝する。


 六年目になるとついに、里で開催される武芸大会に大人たちに交じり出場できるようになった。この頃になると徐次郎は、弓術・馬術・槍術・剣術・水泳術・抜刀術・短刀術・十手術・手裏剣術・含針術・薙刀術・砲術・捕手術・柔術・棒術・鎖鎌術・錑術・忍術と武芸十八般の全てで首席を争うまでになる。そのせいで少しばかり天狗にもなっていた。大人たちに交じる武芸大会で総当たり戦の中、同世代とはなかなかにいい勝負をしたのだが、二回戦に上がりスタミナの配分を誤りあえなく敗退。天狗の鼻はポッキリと手折られる。


 七年目、前年の雪辱に再び大会へと出場し、三回戦まで上がる。あと一戦で決勝のトーナメントに出場できるところまで行くが、対戦相手に『忍マスター』と当たりあえなく敗退。


 八年目は基礎を鍛えなおして出場し、今度は『侍』職の大人に惜敗。この年もあと一歩で決勝トーナメントだったが、その壁の厚さを痛感することになる。


 そうして学校生活最後の九年目となり、徐次郎は十五歳を迎える。座学はほぼほぼギリギリの成績で上がってきていたが、武芸は既に学校では一番の実力だ。今年こそはと大会に挑んだ。


 一回戦の総当たり戦では、弓術を主に使う対戦相手に苦戦を強いられるもののなんとか辛勝。

 二回戦は特に問題なく圧勝し、総当たり戦を制す。

 三回戦の総当たり戦になると、実力者しか残らなくなる。六人での総当たり戦の中で、一人目は槍術を使う相手に短刀術をメインに対抗し、見事に勝利。

 二人目は抜刀術の相手であったが、遠間からの手裏剣術と短刀術で辛くも辛勝。

 三人目は剣術が相手で、同じく剣術で正々堂々圧勝。

 四人目は弓術使いに含み針と手裏剣で牽制しつつ抜刀を決め勝利。

 五人目に棒術を相手取り柔術で圧勝。

 最後の六人目は袖がらみを用いるもじり術の使い手で、里の上位職でもある『武将』の職に就く猛者であった。序盤、相手からの猛攻に遠間から攻めあぐね忍術を使い相手を翻弄しようとする徐次郎。しかしことごとく躱され、次第に隅へと追い込まれていく。

 中盤に入ると、『武将』の袖がらみが徐次郎の上着をひっかけて横に薙ぎ払おうとした。その攻撃を忍術のひとつである身代わりの術により躱すと一気に間合いを詰める徐次郎。『武将』はそこで迷いなく武器を手放した。


 その瞬間を狙い徐次郎の体術が冴える。『武将』が手放した袖がらみを拾いそれを軸に空高く飛び上がる……『武将』も観客も皆そう思い空を見上げた。が、しかしそれは徐次郎の技であった。身代わりの装束を袖がらみにからめ空に放つと、その隙に本人は更に間合いを詰め『武将』の脇腹に痛烈な掌打を打ち込む。闘技場の床板がはじけ飛ぶ勢いの打撃は、『武将』の防具を易々と砕き決着となった。


 勝敗が決まった瞬間、会場中が静まりかえった。誰一人この結果を予想もしていなかったのだ。徐次郎はまだ学生である。それにまだ十五で成人もしていない。いくら学校で武芸に秀でていると言われていても、まさか里の上位職と手合わせし勝ちをもぎ取るなど思いもつかない。あまりのできごとに、誰もが己の目を疑っていた。


 その時、会場の一画で一人の大人が立ち上がり徐次郎を称えるように大きく拍手をしはじめた。次いでその隣に座る徐次郎と同い年くらいの女子が、立ち上がって拍手をする。……義父とひかりの二人だった。

 その後は割れんばかりの拍手の渦の中で、負けた『武将』職の男が徐次郎を肩に乗せて武闘場を巡るように歩んだ。それを見て観客は更に大喝采を浴びせ、徐次郎は照れて項垂れるばかりであった。


 本来であれば『武将』が使う得物は大太刀か槍である。対戦相手が子供とあって怪我をさせぬよう袖がらみを使用したのだろう。それを知るから徐次郎は謙虚であった。また以前に一度天狗の鼻を折られたこともよかったのかもしれない。


 こうして徐次郎は九年間の学校生活を終え、里の外の学校へと進学することになる。里にある家から徒歩で片道二時間の通学。徐次郎はその学校に剣道の特待生として受け入れられていた。


 登校の初日、徐次郎は緊張で気分がすぐれないでいた。なにしろ里を出るのは初めての事だ。その時に感じた思いが「自分は武術の腕でしかやっていけないのだから、それだけを頑張るしかねえ」だった。



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