第3話 振り返る男 前話

 西暦で言えば2018年の現代にあって、男はこれまでに幾度となく『魔』と呼ばれるものを狩ってきた。そういう一族の出自だ。『マルアハ』という名で地球規模の退魔業を営む組織の中にあって、男は『忍』と呼ばれる上位の特殊な職種に就いていた。

 男の名は、徐次郎という。1987年の日本という国、伊賀と呼ばれる里に生まれる。生まれてすぐの頃から訓練を課せられ、里での日々は過酷な修行の繰り返しであった。


――世界中から集めた選りすぐりの退魔士を五名入れたい。


 そんな生い立ちの徐次郎は、今回の依頼を引き受けるにあたり里の上役にそう条件を出す。いつもなら単独行動を好む徐次郎がそう条件を付けるにはわけがある。最終目標に辿りつくまでの間に倒されてしまっては意味がない、と上役には理由をそう話した徐次郎だが、本音は別のところにある……。


 この見知らぬ洞窟を正体不明の脅威から逃げるように疾走する馬車の上で、徐次郎は状況をもう一度整理しようと焦っていた。あまりにも想定外の事態が重なりすぎている。


――馬車の御者台に今、俺はいる。だがこの二人は何だ?どちらも子供にしか見えない。なのにドレス着た子女は、まるでマルアハ様に対面した時のようだ。気配が詰まったあの異質な存在そのものじゃないか。

――それだけじゃない。こっちの小っちゃいのは、まんま俺の末っ子と同じくらいの歳……だよな?五歳くらいか?だけど隣に座って感じるこの気配はなんだ?さっきも馬車の中に大勢がいるような感じがしたが、それはこいつか?気配の質が違う……。いったいなんだってんだ、おい。


 馬車の上には自分を入れて三人。一人は十代の赤いドレスを着た女の子。もう一人はまだ五歳ぐらいの男の子。どちらも当然だが見た目からして戦闘経験はなさそうだ。

 背後からの咆哮にのせられて届く気配は、かつて戦ったことのあるどの『魔』よりも強い威圧感を感じる。例えるなら子熊を連れた母熊の脅威を、更に数百倍にしたような感じだ。


 「このままだとまずいです!アレはかなり頭に血が上っているみたいで、出口にたどり着く前に追いつかれてしまいます!」

 五歳の男の子、ミラクーロがそう叫んだ。ミラクーロは御者台の真ん中に後ろを向いて立っている。

 「そんなこと言ったって、この子たちも精一杯に走ってるって!あんた、そのアレの子供なんでしょう!なんとかならないの!」

 ミラクーロの向こう側に座り、手綱を引く女の子、レイミリアが声高に叫んだ。

 「ごめんなさい!なんともできません!アレに追いつかれたら僕にはどうすることもできないんです」

 「馬鹿言わないでよ、そもそもなんで逃げなきゃいけないのよ!」

 「しょうがないじゃないですか!アレはいつだって理不尽なんだから!僕だって困ってるんです!」


――理不尽、か……。


 徐次郎は隣で会話する二人の子供を見ながら、ふとそんなことを思った。


――結局、世の中は理不尽にできてる。俺なんかじゃどうにもならないくらいに、な。


 そうして徐次郎は手綱をレイミリアに預けると、御者台に立ち上がって後方の馬車の上に移動していった。


 「え!危ないですよ!」

 「何してんのよオジサン!」

 御者台に座る二人がそう叫ぶのが聞こえる。


――でもなぁ、俺にはこれしかねえんだから……。


 そう考えて、徐次郎は手裏剣と苦無を構えると遥か後方の存在に意識を集中していく。


――そういや、これまでもずっとこんな気持ちでやってきてたっけなぁ……。


 徐次郎はゆっくりと戦闘状態へと気持ちをうつしながら、昔を思い返していた。





 退魔を担う組織は、現代では驚くほど数が増えている。徐次郎の所属する『マルアハ』はその中でもかなりの老舗なのだが、立場や知名度の程はそうでもない。徐次郎の評価では下から数えた方が早い位置になってしまっている。


 今年で三十一を迎える徐次郎がまだ幼かった頃には、『マルアハ』の名は世界中に鳴り響いていた。筆頭となるマルアハ様の元に今でも語り継がれる退魔士が数多く揃い、幼い頃の徐次郎はその雄姿を見て育ってきた。


 そんな徐次郎は六歳になると学校へと入れられる。同い年の男女と共に『魔』についての座学と『退魔』のための武術に明け暮れるその学校で、九年間を過ごすこととなる。


 剣術の最高職である『侍』。その職に就く大人に憧れて、学校では剣をよく学んだ。徐次郎はしかし剣をふるう才能に恵まれてはおらず、最初の年に最下位の成績で終わる。実の親もなく、幼さゆえに、己の腕の足りなさを育ての親に当たり散らし過ごした。


 徐次郎に親はない。物心つく前に里の外で死んだと育ての親に教わっている。


 神職に就く育ての親は武術がからっきしで、徐次郎はだから余計に義父にあたった。実の父が生きていれば自分はもっと上に行けた、がその頃の口癖だ。

 徐次郎の実の父は先代の『侍マスター』である。幼い頃に義父にそうと教えられ、学校へ行けば剣術の教師たちからもそう叱責された。生きてさえいればより沢山の稽古や得難い訓示なども受けれたかもしれない。が、だからといって成績が今よりも上となったかどうかはいささか怪しい。


 何度となくあたる徐次郎に義父は何かを思ったのか、ある年の暮れに下位の職種である『聖職者』として退魔の任についた。義父の齢は五十を超える。普通の退魔士としては引退を決意すべき年齢となる。

 それまで神前で祝詞を唱えるしか見たことのない義父が、翌年の明け頃に遠い異国の地で巨大な『魔』をひとりで祓ったと異例の朗報が入る。里はその報に大喜びの中、徐次郎はしかし言い表せぬ感情を持て余すことになった。


 言うまでもなく義父の暴挙は徐次郎の言を受けての行動だ。実の父が生きていればなどと徐次郎が言い出さねば、そのような行動に出ることもなかっただろう。そのことを理解しているからこそ、義父の大殊勲に素直に喜ぶこともできず、また謝ることもできない。


 義父には、娘がひとりいる。名をひかりという。学校では常に成績上位の優等生だ。徐次郎の二つ下の年齢で気が強く、日常茶飯事に喧嘩ばかりしている徐次郎とは言い合いばかりをしていた。

 ひかりの方としては徐次郎の事を嫌いというわけではない。ただ毎日何かに苛つくように肩を怒らせて虚勢を張りつづける徐次郎を、同じ屋根の下に暮らす者として心配しての口出しだった。まだ幼い徐次郎にはそんなことがわかるはずもなく、ひかりには嫌われているなとそう思い込んでいた。


 そのひかりが、義父の退魔士としての活動を開始したころから、徐次郎にあまり口を出さなくなった。徐次郎はそれを自分のせいだと考えた。義父を追い立てて無茶な退魔士へと就かせたことに対する恨みだと思った。


 ひかりにすれば、徐次郎のそんな話は誰からも聞いていない。父からは、『マルアハ』最高位の方からの頼みで現役に再復帰すると聞いていただけだった。もともと父は『神官』のマスター職であったが、ひかりが生まれるのと同時にその職を辞し、それから里の神社で神職に就いたのも知っている。その父がなぜまた危険な退魔業に復帰したのか。上役から言われただけで首を縦に振るような父ではないことも知っていた。それゆえに父を心配して徐次郎をかまう時間が減っただけのことなのだが、徐次郎にわかるはずもない。


 義父に謝れずにいたことへの後悔と、ひかりとの間の言葉足らずがゆえの誤解を胸に、それでも義父が見せる退魔士としての背中は、徐次郎の揺らぐ精神に大きく影響を与えていくこととなる……。



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