第4話 命運賭ける契り 前話

 今、程度はかなり違えど、後ろから威圧感をのせた咆哮を飛ばしてくる相手に対し、徐次郎はかつて里を出たときと同じ気持ちで対峙している。どの道、それ以外の手はないのだ。自分には戦う以外に道はない。


――戦って勝つか負けるか。その方があれこれ考えなくていい。


 そう考えて、馬車の上に張り付くようにしゃがみ、追っ手の姿が見えてくるのを待つ。

 暫くして、後方に変化が現れた。


 ザッザッザッっと、まずは音が追いついた。後方の壁や天井を何かが蹴って飛んでいる。ものすごい速さで近づいてくる。

 バサバサバサバサーっと何かが羽ばたいた。それもすごい数だ。ガラングワンドコンバギャン、ガラングワンドコンバギャンと繰り返し鳴り響く車輪と蹄の音が羽ばたきに呑み込まれていく。同時に、徐次郎の視界が闇に染まっていった……。


 「見えた!出口が見えたよ!」

 御者台の側からレイミリアの声がそう聞こえてきた。足元に感じる馬車の屋根は変わりなくそのままだ。視界だけ奪われたか?徐次郎はそう考えて聴覚と触覚に集中する。


 「無謀すぎです!戻ってください、さもないと……」

 ミラクーロの声がそう聞こえてすぐ、鋭い風切り音がシュッと飛んできた。わずかに首をひねり飛んできたものを躱した徐次郎の右手は、その飛来した得物を捕まえている。

 それは平らに削られた石、だった。天井を砕いて飛ばしたか?徐次郎は思った。

 「今すぐそこから降りてください!アレ、あなたの事を勘違いしてます!こっちへ降りてくれれば僕が何とかしますから!」

 ミラクーロがそう叫ぶが、徐次郎は全身から強い怒気を放ち、馬車の上に立ち上がった。そこにまた風切り音が響く。

 シュッと音がして、そのまま反対の壁にカッと当たる音が聞こえた。

 次いでシュッシュッっと二回。それも徐次郎に難なく躱されて壁に当たる音がする。


 「ちょっと!何これ?どういうことよー!」

 その時レイミリアがそう叫んだ。徐次郎は躱した石が馬にでも当たってしまったのかと思い、そちらへと飛び降りる。御者台に移るとそこもついにか闇色に染まっている。振り返れば馬たちのまわりにも暗い闇が。そのずっと先に小さく光る出口が見えていた。

 「洞窟の灯りをつぶされてしまいました。馬が危険です、速度を落としてください!」

 ミラクーロがそう叫ぶ。躱した石が壁の灯りをつなぐ線を切断したのだ。足元もおぼつかないこの暗闇の中を、今までのように馬に駆けさせるのは危険だ。


 「なんだ、灯りが消えただけ?だったら問題ないわよ、これくらい」

 しかしレイミリアはそう言うと、手綱を更にふるった。馬たちは怯えもせずに更に速度をあげていく。

 「キャロ!エシャ!パセリ!セロリ!あとちょっとよ!頑張って!」

 暗がりの中、レイミリアの声が馬たちを励ましていく。

 たいしたものだと徐次郎は感心した。よほど動物たちと心を通わせていなければそうはできないだろう。まだ十代だろうに素晴らしい。徐次郎はそんなふうに思った。


 出口の光はまだ頼りないほどに小さい。徐次郎はあらためて馬車の上へと移動しようとする。と、その足をミラクーロに掴まれる。

 「だから、そっちへは行かないでください。あなた一人ではどうにもできないです。アレは今かなりテンションが高まってますから、対峙すると余計に張り切っちゃいます」

 徐次郎の足に手をかけながら、ミラクーロがそう言って御者台に立ちあがった。徐次郎はそれに驚いて目を見開いた。この揺れの中に立ち上がるだけでもすごいことだ。それをまだ年端も行かない子が成すとは……。

 「とにかくアレをこれ以上刺激しないでください。あとで叱られるの、僕なんですから……」

 年相応にミラクーロがそう言って萎れていく。その様子を見ながら、徐次郎はどうすべきかを考えて固まった。つくづく、考えるのが苦手なのである。

 「とにかく座ってください。あと少しで外ですから、お願いします」

 結局、ミラクーロに押し切られる感じで徐次郎は席についた。状況が異常すぎてもはや徐次郎には何がなんだかわからないでいる。


――最後の決戦だと思って迷宮に挑んで、仲間たちは皆分断された。俺はいったい今何と対峙しているんだ?こいつら、敵か?だが見た目は子供じゃねえか。いくら気配が尋常じゃなくったって、俺は子供は斬らねえ。……ひかるとの約束だ。


 「ちょ、ちょっと。ねえ、どういうことよ、なにあの扉?」

 今度はレイミリアが前方を見ながらうろたえている。見ると前方に大きな白い扉が突然現れていた。ゆっくりと開かれていく白い扉を目にして、ミラクーロが口調も激しく叫ぶのが聞こえる。

 「あ!あのクソ親父!なんてことするんですか!!」

 馬車は少しだけ速度を緩めたが、間に合うはずもなくその大きな門のような白い扉へと飛び込んで行く。開いた扉の外側には何か幕のようなものが見えた。この扉はその幕に付けられているものらしい。そうしてその幕は、洞窟の天井から降りている……。

 通り過ぎる刹那に徐次郎はそう視認して、しかし馬車はその奥へと突き進んでいった。





 扉を抜けると、そこに大きな湖が広がっていた。

 見上げた頭上の遥か上には、鍾乳石が垂れ下がっている。速度を緩めた馬車がゆっくりと停止していくと、周囲を照らす壁の灯りが目についた。その馬車の左手に広く湖の水面が見えている。

 地底湖、と呼ぶにはあまりにも規模がでかい。その先は目では見えぬほど遠くまで湖面が広がっている。馬車の停まった前方に、これもまた広い範囲で砂丘のような白い砂浜が見えた。

 「あー、やられた。父上ったらなんでそこまでして僕をこんなところへ連れてきたがるかな……」

 ミラクーロが御者台に力無く座り、そうつぶやくのが徐次郎の耳に聞こえた。

 「ここって地底湖なの?……なんか思ってたのと違って……大きすぎやしない?」

 レイミリアも、手綱をおろしてそうつぶやいている。

 徐次郎もこうなるとどうすることもできず、御者台に腰をおろすことにする。


 「とりあえず、アレがここまで戻ってくる間になんとかしてここから出ないといけません」

 暫くして、御者台の上でミラクーロがそうつぶやくように話はじめた。つい先ほど落ち込んだ様子だったのに、あれからまだものの数分しかたっていない。なかなか肝の据わったお子様だと徐次郎は感心した。


 「なので、お二人にお願いがあります。僕に力を貸してはもらえませんでしょうか?」

 その真剣な表情を見て、徐次郎はミラクーロの言葉に耳を傾けることにした。

 「ここから普通に洞窟の出口を目指しても、戻ってくるアレにまた見つかって同じことを繰り返すだけだと思います。むしろその方がまだ良くて、下手をすれば僕はアレに首根っこを掴まれてものすごく叱られます」

 ミラクーロはお子様らしくそう熱弁をふるう。ちらっと見ると、レイミリアの方はボケっとした様子で馬たちを眺めている。さっきまでの緊張から解放されて、少し気分が呆けているのかもしれない。

 「なのでお願いです。僕と契約を交わしてはもらえないでしょうか?」

 この場にそぐわないミラクーロの契約という言葉に、まず先にレイミリアが声をあげた。


 「何の契約?それで何がどうなるっていうのよ」

 「この洞窟から外に出られます。そうでなければ、僕がアレを言い負かすことができます」

 何を言い出したのだろうか……。徐次郎はわけがわからないまま、しかしまずは気になっていることを口に出すことにした。

 「アレってのは、たぶん魔王だよな。その息子ってことはお前、魔族の王子なのか?」

 キョトンとした顔で、レイミリアとミラクーロが徐次郎の顔を見た。

 「オジサン、その恰好もおかしいけど、やっぱり頭もおかしい人なの?」

 失礼な女子である。

 「あの、魔王っていうのはいったい……。僕は普通ですけど」

 そう答えるミラクーロの返答には、少しばかりの動揺が見られた。


 「あのな、俺はここへは魔王の討伐に来たんだ。馬鹿みたいに世界中を回って、頼りになりそうな仲間を集めて。魔障にかかった魔物とも何度も戦った。あちこちでこの場所へ至る情報をかき集めて、それでようやく最後の迷宮だと思って仲間と飛び込んできたんだ!」

 徐次郎の言葉は止まらない。努めて冷静であろうとしてきたのだが、こんなにも異様な事態が続いたせいで、ここまでに溜まりに溜まったモノが、相手が子供だろうとかまわず溢れ出ていく。

 「何だって山脈の一番深いところにあるんだよ、入り口が!それでも見つけられたのは、レンジャー職の優秀な仲間に恵まれたからだ。あいつが一番気が合ったよ!珍しいよ俺が、気が合う奴がいるなんて。ひかりにはいつも言われてたし、気心知れた仲間を見つけろってな」


 徐次郎は感情が高ぶりすぎておかしなことを言いはじめている。しかし言っている本人は気づかない。言われているミラクーロもただ黙って聞いている。

 「それがあの、よくわからん霧が深い迷宮の中で、『魔』が霧みたいに立ちこめてる場所で、はぐれて探し回ってたらいきなり洞窟だ。それまで足元さえおぼつかなかったのに、なんで綺麗にレンガなんか敷き詰めてあるんだよ。灯りがついてたら迷宮とは言えないだろう。それに真っ直ぐ直進するだけの洞窟なんてただのトンネルだ!どういうことだ!」

 溜まっていたものをすっかりと吐きまくり気持ちが少しは晴れたのか、徐次郎はスッキリした顔で肩で息をしていた。ゼーハーと聞こえる息遣いに同情するような目が、ミラクーロから向けられている。


 「とにかく……、説明しろ。ここがどこで、お前たちは何だ?」

 ようやく息を整えて、徐次郎はそう二人に聞いた。



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