朱莉(あかり)

 少女は初めて会ったのにずいぶん馴れ馴れしい。

まぁまぁ落ち着いてーとか、決して怪しいものじゃないから信じてーとか、

到底受け入れられない要求ばかりだ。


「とりあえず座って話そうか」

自分に言い聞かせるように部屋の中へ進み、6畳のフローリングの真ん中に俺は座り込む。

そのままローテーブルに突っ伏して、今起きている出来事をなんとか理解しようと考えを巡らせていた。


しかし、なんだかんだ一方的に話す朱莉(生霊)が邪魔をするので、ゆっくり顔を上げて声のする方へ視線を向ける。


「なんか実体化したらお腹空いてきたかも!お弁当半分くれたら嬉しいな・・・」

思いっきり顔を近づけながら、満面の笑みで朱莉は斜め上の発言をした。


 「・・・。」

俺の思考能力は完全に停止した。




「おーい・・・もしもーし!」

「ねぇー!聞いてます?」


 むち打ちになりそうな程強く肩を揺さぶられ、

ようやく天井の模様から視線を目の前の少女に戻す。


俺の日常を混乱の渦に巻き込み、常識を片っ端から崩壊させていった少女は、真夏の向日葵のように天真爛漫な明るい笑顔で、半分と言っていたくせに空っぽになってしまったプラスチックの弁当箱をそっとビニール袋に戻した。


「ご馳走様でした♪今日から宜しくお願い致します!」


一体、何をどう宜しく致すのだろうか・・・。



 それにしても・・・朱莉と名乗る少女は、俺に恨みがある怨霊という訳でもなければ、この部屋に憑りついている地縛霊とも違うらしい。

・・・ではこの現象は一体なんと形容すべきなのか。

どう見ても映像などではなく、話す言葉も今朝までの幻聴とは違い、しっかり耳に響いてくる。

しかし、透き通るような白い肌に温かみは感じられず、まるで花を敷き詰めた棺の中で眠る白雪姫の様だった。


「え?だから、私はたぶん死んでるわけじゃないと思うの。」


生返事を繰り返し、またしばらく意識を他のところに置いて考えこんでいた俺に、

朱莉は当たり前の事のように話す。


「・・・でも、なんか足透けてるんですけど。」


 ついさっき気付いた事だが、朱莉の足は膝から下がグラデーションのようにだんだん薄く色がなくなっており、足首から先は透明なゼリーで作られた様な素足だ。

感触を確かめたい気もするが、もちろんそんな勇気などない。


最初はたちの悪いストーカーか空き巣なのかと身構えていたが、こんな常識外れの状態を見せつけられると、さすがに生霊だと信じる他なかった。


「こうなって初めて分かったんだけど、なんとなく自分の本体が別の場所にあること、今も感じるんだよねー。どうしてそうなったのか、原因は全く思い出せないんだけど・・・。」


朱莉はそう呟きながら、横座りから体育座りに直し足首のあたりを見つめる。

正面にいる俺には色々と問題がある体勢だ。


「いっ・・いつからここに居たんだ?」

弁当の袋を玄関の近くにある小さな台所のゴミ箱まで運びながら尋ねる。


「うーん・・・2週間くらい前からかな?」

変な汗が背中を伝っているのを感じる。


「ずっと俺を見てたの?ここで?」

「ある時、目が覚めたらここに居たの。意味が分からなくて、頑張って誠士くんに話しかけてたんだけど、気付いてもらえなくて・・。私も自由に外まですり抜けられるって分かってからは、町に出て自分の体探してフワフワしてたよー!」


朱莉の話によると、たった今俺と話せるようになるまでは、

眠らず、食べず、壁を通り抜けて空を飛ぶ、まさに幽霊の様な暮らしをしており、殆どこの部屋には帰っていなかったらしい。


「でもね、どうしても何の手掛かりもないし、いつ元に戻れるかも分からないしさぁ・・・誠士くんしか頼れそうになかったし、今日は1日くっついて回ってね、どうしてここに導かれたのか手がかりを探しに行こうと思ってたの!」

「まぁー電車降りて、人の波が凄くて見失っちゃったから、先に帰ってたんだけど。」

朱莉が少し残念そうに頭を掻いた。


 話をまとめると、困り果てた可愛い女の子に頼りにされていた事になる。

孤独な生活が長かったからだろうか、少し気分が良い。

ここ2週間のプライベート(とても見せられない)を覗かれていなかった安堵感も

相まって、俺はつい砕けた口調になる。

「で、居候さんはどうして俺の名前知ってたのかな?」


「宅配便を受け取ってた日、たまたま一緒にいたからねー。良くわかんなかったんだけど、(大人のシークレット健康診断Ⅱ)って何だったの?」

「・・・。」


・・・明日、すぐに霊媒師を予約しよう。

そして速やかに出て行っていただこう。



「俺はもう寝るね。人間は明日の夜勤に備える必要があるから・・。」


 空腹で頭が回らない。

いつもならまだ全然寝るような時間ではないのに、疲労感が波のように押し寄せてくる。

部屋の壁際にある簡易ベッドに倒れるように寝転ぶと、すぐに瞼が落ちてきた。

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