ポルターガイストは困ります。
――― 3月26日 金曜日 雨の降りそうな花曇り
バタバタと朝の支度をする。一人ならゆっくりしていられたのかも知れないが、
今の俺には余裕がない。
最近は缶コーヒー以外の朝食を食べる必要があり、わざわざワンルームの死角で着替える必要がある。さらに、(必要の無い)身支度に忙しい生霊がユニットバスを占拠しているため、俺は台所で歯磨きをしているのだ。
「えー!ミカゲちゃんの協力してくれる人と今日ご飯行くの!?いいなぁー♪」
居候中の生霊、
「いや、樫井さんに御影の事は伝えてないけどな。自分が帰省するついでに車乗せてくれるっていうし、なんか御礼したかったからさ。
三軒茶屋のバイト先の近くに旨そうな飲み屋がちょうどあったから、
御馳走しようと思って誘ったんだよ・・・。
工場の事、色々聞いて何か分かったら帰って朱莉にも教えるよ。
気になるだろうけど、今日はここで待っててね。」
朱莉の知らない御影の協力者と話を進めてしまう事なるので、なるべく疎外感を与えないように俺は言葉を選ぶ。
(なんで新婚なのに帰りが遅くなるのを謝る旦那みたいになってんだろ・・・。)
「旨そうな飲み屋!?私も行きたいー!」
(えー?そこ・・・?気になってんのそこだけ!?)
「・・・付いてきますか?」
「うん!ありがとうー!!あ・・・でもポルターガイストになったら大変だよね?
うわー・・・一緒には食べられないね・・・。」
『・・・。』
(ポルターガイスト!?えー・・・そこだけは本当に気を付けて欲しい・・・。)
「分かった。御影と朱莉も一緒に群馬いくなら、樫井さんの顔見といた方が安心するかもな・・・。って、え!?名物料理?ひと口コロッケだけど・・・。
わかったわかった・・・テイクアウトするから好きなのその場で教えて。」
細く小さな身体に似合わない朱莉の食欲に呆れ、俺は溜息をつく。
「じゃあ、駅の近くに大きなカラオケのビルがあるから、その前に18時に来てくれるー?樫井さんともそこで待ち合わせしてるから。
あ・・・樫井さんにも幽霊ついてくるかもしれなくて、そいつ結構ヤバそうなんだよね・・・。どうせならこの際、御影も連れてきてくれたら助かるかも・・・。
御影って、なんか強そうだし。」
「えー!幽霊って意外と沢山居るんだね?うん!分かったー。ミカゲちゃんも、
群馬の事とか質問あったらさ、誠士くんに代わりに聞いて欲しいだろうしね!」
朱莉はとても上機嫌に朝食の片づけをしながら、
『いってらっしゃーい!』と言った。
人に見送られて出勤するなんて初めての経験だったが、ここ数日は晴れやかな気分で駅まで歩いていた気がする。
「今日もお疲れ様でしたー。」
事務の女性は素っ気ない挨拶と共に、茶封筒に入った日払いの給料を皆に渡していく。
俺も受け取り、机を片付けながら帰る支度をしていると、営業の小山さんが缶コーヒーを持って訪ねて来てくれた。
本人の休憩のついでらしく、タバコの匂いを漂わせている。
「松宮君さ、あんまり話すの好きじゃないって感じだけど、電話対応平気なの?」
めずらしく真剣な表情で心配して聞いてきた小山さんに、少し戸惑いはあったのだが、なぜか本音を言ってしまいたくなるような、【良い父親感】の前では素直な言葉が出てくる。
「確かに苦手なんですけどね。深夜のコンビニって、最低限の言葉しか話さないんですよ。ずっとその繰り返しをしてたら、当たり前になってきちゃいそうで・・・もう21歳ですしそろそろ正社員になる訓練もしとかなきゃいけないので。」
「そっかー。松宮君は高卒だよね?いろいろあるだろうけど、年齢的には新卒採用と変わらない年齢から正社員目指せるんだし、焦ることは何にもないんだよ!」
(分かりやすく励まされると、少し照れ臭い・・)
小山さんの優しさは有難かったが、この手の話の長引きそうな空気はやっぱりまだ苦手だ。
「社長は慎重だからさ、ホースが少し緩みやすくなるGH-502型は全部、無償で修理するって決めたらしい。松宮君にはもうしばらく頑張ってもらわなきゃな!」
俺の気まずさを察したのか、急に就職の話題を切り上げ、小山さんはブツブツと社長の愚痴を言い始めた。
「あ!もう時間だよね?うんうん。気を付けて帰りなよー。はぁ・・・でも先月の事案はまだ解明できてないんだよなー。どうすんのかねー全く。」
頭の中で考えてる内容が全て口から出てしまっている様子の小山さんは、エレベーターのボタンを押すと、そそくさと退勤する俺を笑顔で見送ってくれた。
会社を出れたのが17時半だったので駅までの20分を急ぎ足で向かう。
人の多い待ち合わせ場所に、生霊を長く居させるのは少し気がかりだったからだ。
大きなビルの前で先に待ってたのは、非番で暇だと言っていた樫井さんだった。
こちらに気付いてにこやかに手を振る。
(はぁー・・・なんか色々起きそうな予感しかないんだが・・・。)
「お待たせしました。」
・・・その肩にしっかりと、腕を回すように巻き付いて見えている、
細くて荒れた女性の手には気付かない振りをして、俺は樫井さんに声をかけた。
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