第3章 守るべきもの
真夜中の来客は意外と多い
コールセンター程遠くはないが、もう1つのバイト先であるコンビニは、
自宅から2駅離れている。周りは高級住宅が立ち並び、深夜のコンビニに用があるような人なんて全くいない様に見える。
しかし、学生寮や官庁の社宅も多いため意外にも夜勤のシフトは忙しい。
自宅の近くにもコンビニはあるが、こちらの方が時給が100円も高いので自転車で通っていた。
(眠い・・・死ぬ・・・。)
深夜ルート配送のトラックで運ばれた食料品を棚に並べている間、2、3回寝落ちしそうになる。
土曜日の深夜だからか学生も来ず店内はいつもより静かだった。
・・・静かな、はずだった・・・ついさっき
(なんでこんな幽霊いんの・・・?)
――― 3月14日 日曜日 未明 月明かりのない夜
生霊や化け猫に、変な力でも授かったというのだろうか・・・。
俺の他にはベテランの鈴木さん(バックヤードで休憩中)と、お客さんは酔いつぶれたサラリーマン1人しか居なかったはずの店内は、首の折れ曲がった若い女性や、
腕や足の欠けたスーツ姿の初老の男性など、どう
(気付いてるってバレたら絶対まずい・・・。朱莉や御影とは絶対に違う。)
そんな事を考えていた心臓に悪いタイミングで、来店チャイムの音楽が鳴り響く。
「い・・・いらっしゃいませー。」
変声期の少年のように声が裏返った。
「おーーぅ!松宮君シフトかー。おつかれさーん!」
聞き覚えのある声の主に視線を向けると、常連客の樫井さんがジャージ姿で来店した所だった。
「樫井さん。こんばんは。今日は非番ですか?」
少し安心して、根暗な俺にしては自然な笑顔がこぼれる。
29歳の彼は近くの北沢警察署の刑事課の巡査部長だ。
刑事になったのは最近の事で、以前は交番勤務だったそうだ。
前に他のお巡りさんに聞いた話だが、大卒だったこと、人柄の良さ、やる気を認められて移動したらしい。
「おう!海外のスポーツ中継がたまたまやっててよ、見てたら腹減っちまった!
ラグビーって面白いんだな!・・・ん!?松宮君なんか顔色悪いけど大丈夫か?
その後は万引きとか少なくなったかなー?」
「はい。交番の方が巡回を増やしてくれたみたいで。口添えありがとうございました。」
俺は作業の手を止め、親しみやすい笑顔で問いかけて来た樫井さんに礼を言う。
「いやいやー、松宮君みたいに真面目な店員さんがいると、犯罪率も減っていくんだよ!」
彼と出会ったのは2年前、俺がここで働き始めたばかりの頃だ。
近くのアホ大学生による万引き被害が多発していた為、交番にパトロールのお願いに行った時、担当になってくれたのが樫井さんだった。
熱血漢だがひょうきんで抜けてる所もある、いかにもモテそうなタイプなのだが、
本人いわく、彼女いない歴=年齢だそうだ。
お互いに、(特定の一部分に)とてつもない親近感があったのだろうか?
人見知りの俺にとっては、バイトの同僚以外でまともな会話ができる、数少ない知人だ。
「あの、樫井さんは群馬県の藤岡市出身でしたよね?・・・
冴木スプリングって工場は知ってますか?」
俺はピザ風味のポテトチップスと発泡酒を袋に詰めながら訪ねる。
「知ってるもなにも、実家が同じ市内だよ!古ーいネジ屋だろ?
えー?あそこそんな有名なの?」
「いや、ちょっと知り合いが働いてて。会いに行きたいんですけどねー。
あ、すみません・・・御会計は440円になります。」
「えー!あんなど田舎に友達いるの?何つながりだよー。ってうわぁ!!」
財布から盛大に小銭をぶちまけた樫井さんが、拾おうとしゃがんだ。
その様子を見ていた俺は、あまりの衝撃で倒れそうになった。
「ひっ・・・!?」
(誰かが背中にしがみついてる・・・!?)
硬貨を探す中腰の樫井さんは、長い黒髪の赤いコートの女を背負っている。
その後、苦笑いしながら500円玉を出し、平然と俺に渡してきた所をみると、
恐ろしすぎる悪霊に憑りつかれている事には全く気付いていないようだ。
「お・・・お釣りの60円でございま・・・す。」
「本当に体調大丈夫か?無理して働きすぎなんじゃないの?
あ!もし群馬行く金なくて頑張ってんなら、俺の車に相乗りして行くか?」
「・・・え?」
「偶然な話なんだけどよー、4月10日に帰省する用事あって連休取れてるんだよ!
実家の親父、足悪くしてんのに今年もどーしても桜山公園登りたいんだと。
色々手伝ってやらなきゃいけないんでな!ウチ泊まれば宿代も浮くじゃん。
松宮君の用事の日程が合えばだけどさ!」
「あ・・・ありがとうございます!」
(あ!遠慮しようとしたのに・・・御礼言ったら行くって意味になるような?)
衝撃的な光景の情報処理に脳の
呆然としながら御礼を言った。図々しくも即決で同行させてもらう事になってしまったようだ・・・。
「そっか!まぁー来月の事だしさ、その前に一回飲みいくべ!」
樫井さんはそう言って、楽しみだな!と笑う。
俺は出来るだけ楽しそうに、そうですねー!と出口から帰ろうとしている樫井さんへ軽く手を振る。
(あの赤くて怖い幽霊も一緒に行くなんて・・・ことは無いよな?)
お客さんが誰も居なくなった店内では幽霊たちが雑誌の表面を眺めたり、
立ち話を始めたようだった。
・・・深夜のコンビニは、意外と人が多く来るのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます