ミント
帰宅途中のスーパーで、惣菜とインスタント味噌汁を買って来たので、
遅めの昼食はすぐに食べ始められそうだ。
ちなみに米は出かける間際に炊いておいた。一人暮らしはもう慣れっこなのだ。
しかし俺は今、一人ではなかった。
「なんかごめんね・・・私の分まで。あぁ本当に御礼が出来たらいいのにー。
私が生霊じゃなく元の身体だったら、バイトして自分の分くらい払えたのに!」
(・・・元に戻れてるなら居候してる理由は無いだろ。)
共働きをして一緒に暮らしたい!とか言われたようで、一人で照れてしまう。
これがもし、あざとい計算をした上での発言なら、総ツッコミをいれてやりたい所だが・・・まぁ、そもそも俺にそんなコミュニケーション能力はなかったか。
たぶん朱莉自身も深く意味を考えずに話しているだけなので、俺は黙っていた。
ちらっ・・・と朱莉の視線を感じ、振り返る。
「お茶碗が1つしかない!どうしよー?」
「俺の分は惣菜入ってたタッパーに直接よそうから大丈夫だよ。」
実はこうなることは分かっていたのだが、俺は割り箸くらいしか来客用の食器は買わなかった。
朱莉が元に戻り、居なくなった後に残された揃いの食器などを無意識に想像して、
妙に虚しくなったのだろうか?
自分でも、なぜそんな選択をしたのかは分からない。
「炊きたてご飯ー!うぅー・・・ん幸せ!」
ご機嫌な様子でテーブルの向かいに座っている朱莉の、幸せの叫びを聞きながら俺も食べ始める。
(本当に、旨い・・・。)
ホームセンター在庫処分品の安い炊飯器で炊いた米は、今までで1番の出来栄えだったようだ。
食べ終わったテーブルを片しながら、床に置いてあるノートパソコンを起動する。朱莉はお茶碗を台所に運んでいた。
洗い始めた音がして少し心配になり見に行ったが、水には普通に触れている様だったので任せることにする。
「手は濡れないけどお湯の温かさが感じられたよ!何でかなー?」
「食器洗いをしてた以前の記憶をイメージ出来たからじゃないか?
『きっとこんな感覚だろう。』そう思えば、実際にそう感じる。
そういうシステムらしい。さっき
何も言わず俺のマグカップと箸まで洗った朱莉を後ろから見ながらそう答える。
クラスで浮いてそうな天然娘に見えて、実はしっかりした暮らしをしていたのかも知れない。
「シャワーとか歯磨きも好きに使っていいからね。」
俺はそう言って旅行用の歯ブラシセットを渡した。
「ありがとう!ずーっと歯磨きしたかったの!汚れた感覚はないけど、
習慣になってるのにやらないの、なんか気持ち悪くて・・・。」
朱莉はニコニコしながらユニットバスへ向かった。
簡易ベッドに腰掛け、パソコンを膝に乗せる。
御影と読んだ日記の内容を思い出し、何から調べようか考える。
――
飼い主がいなくなる事になった御影は、供出が決まり死ぬ。
そのことを悲しみ、懺悔する内容が日記の大半を占めていた。
運命に翻弄された少女の切なく、つらい思い出・・・。
しかし一方で、愛情に溢れた素敵な言葉で飾られているようにも感じる。
日記の最期に、これから働くことになる工場の名前と担当者らしき名前のメモがあった。
(・・・となると、工場を調べるしかないか。)
群馬 バネ工場 と検索し、日記にあった名称も入力した。
【冴木スプリング(旧、冴木精巧機品)】
(あった!今でも続いてる・・・?!)
携帯のメモ機能に書き込み、続けて地図を見ようとしていると、
不意に肩にふわっとしたモノを感じる。
横を見ると、歯磨きを終えた朱莉が隣に座っていた。
彼女は体温のイメージが出来たのだろうか?
最初に会った時に触れたよりも温かく柔らかい肌になっていた。
本当の人間と何ら変わりはない。
(いや、人間の女の子を触った記憶はないので比べられないのだが・・・。)
横顔から視線を落とす。白くて薄い生地のスカートが太腿の上で揺れている。
(ベッドに並んで座るってまずくないか・・・?)
朱莉は画面の地図を覗き込み、手がかりあったんだね!良かったぁー!と笑う。
パソコンを触ろうとして、朱莉が近寄る。サラサラの黒髪が俺の腕を撫でた。
ミントの匂いが鼻孔をくすぐり、頬が熱くなっていくのを止められない。
俺は黙ってパソコンを机に置いた。
「・・・あぁ。だいぶ幸に近付けたな。俺は仮眠するから、
自由にパソコン見てて良いよ。」
5秒程、色々な考えが巡ったが、それだけ言って朱莉にベッドから降りてもらう。
朱莉は返事をして床に座ったようだ。
壁際を向いて布団を被ったが、寝付きはとても悪かった。
カタ・・・カタッと不慣れにキーボードを叩く音のせいなのか、美しいメロディーの鼻歌をもっと聞いていたかったせいなのかは分からない。
・・・まだ、ミントの匂いが消えない。
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