思い込みの精神論

 太陽が真上を通りすぎても、さほど気温は上がらなかった。

真昼なのに薄暗い境内の石段は、座っている感覚が無くなるほど冷たい。

俺はもう曲がらない程の猫背で、ダウンベストの脇へ手を突っ込み暖めている。

先程、あらかた重要な話は済ませたのだが、生霊の朱莉あかりと化け猫の御影みかげは、

どんな食べ物が好き?どこへ旅行したい?

などと、本人達にはあまり関係無いような話ばかり続けているからだ。

やっと話し終わったので帰ろうと声をかけたのだが、ちょっと待って!と言う。

朱莉は珍しい青い鳥を見つけたらしく、嬉しそうに飛び回っていた。

(・・・あぁ、もう帰りたい。寒い。)


「おやおや、かわいい生霊のお友達の人間様はもう帰りたい様だ。

今にも凍え死んで我らの仲間入りしそうな顔色になっておるな。」

つまらなそうに茶化しながら御影が鼻を鳴らす。


「なぁ御影、その心の中を勝手に読むのやめて・・・。まさか朱莉にもそんな力ある訳じゃないよね?」

「ほほぉー。なんだ少年!知られたらまずい事でも常々考えておるのか?」

震えながら尋ねた俺に、ニヤニヤ笑いながら御影は答えた。

(顔は猫そのものなのに、なんて邪悪な表情をするんだ・・・。)


「霊のエネルギーの源とは思念。人の心情を読み取る事などたやすい。

生きている人間からは感情や気持ちと呼ばれるエネルギーがダダ洩れなんだ。

朱莉の身体は生きている人間の感情なのだ、元々の超能力者でもない限り、

霊と同じことが出来る訳ないさ。」


意外にきちんとした回答もしてくれた御影は、しかし・・・と続ける。

「命があるというのは、それはそれで面倒なことなのだ。

我々、霊体は思い残したことが無くなり、成仏すればそれまで。

出来なければ永遠に彷徨う・・・痛みもなければ死ぬこともない。

しかし、朱莉の感情は本体の脳波から生まれるエネルギーだ。

朱莉が今ここで、強い痛みを味わえば、どこかの本物の身体も傷付くだろう。

人間は脳の認識が全てなのだ。人体の中で感情エネルギーが占める割合は、

科学的に証明されているよりもずっと多い。

・・・物凄く怖いと気絶する、悲しむと胃が痛む、食欲がなくなる・・・。

こんな事はよくあるだろう?気持ちと身体は同期しているのだ。」


「こんな人間の残酷な実験を知っているか?

死刑囚に、これから注射をするがこれは絶対に死ぬ薬だ。と伝えて、

視覚や聴覚などを奪い拘束する。当然恐怖で一杯になるだろう。

その後ただの針を腕に突き立てる。

これだけで結構な割合で死んだそうだ。」


酷い寒気が襲う。

つまり、身体そのものが寿命で死んだら終わりなのはもちろん、今の状態の朱莉の精神が崩壊したら、どんなに元の身体が元気でも、永遠に戻れないということか?

「でも、朱莉は寒さも眠気も感じてないみたいだよな?食事をしたのも久しぶりのようだった。精神が死ぬってどういうことだろ?」


「詳しい事は分からない。だが私の知っていた生霊は、泥水の中を通っても汚れひとつ付かず、何も食べないで過ごせていた。しかしある日、事故で死んだ。

正確に言えば、。本当はすり抜けたり出来たはずだが、本人の心が自分は死んだ。と認識してしまったのだ。その刹那、彼は消えていた。時を同じくして彼と同じ顔の精神病患者が急な発作で死んだと私が知ったのは、何日も後だったので彼の霊には確かめようがなかったがな。」


(・・・思い込み、それが事実だと精神が認識すると、それが現実の身体に影響することになる?)


「朱莉が食事をすればそのエネルギーは巡り巡って本体に届くのかも知れないな。

そうでなければ食べたいとも思わないだろう。睡眠もした方が良さそうだ。

・・・服を着せ替えるのはまずい!透明人間だと騒ぎになりかねん。」

御影は少しふざけた様子でこちらを見て話している。


 思い悩んでいた俺は酷い顔になっていたのだろうか?

さっきまで俺がお前を救う!なんて恥ずかしい事を叫んでいたくせに、

その相手に気を使われてしまった。

自分の頼りなさに気が滅入って溜息がでる。


「ねぇねぇ!!聞いて!私、ミカゲちゃんとはお話出来るのに、鳥はムリみたい!

不思議だよね??幽霊と誠士くん限定なのかも・・・。」

森の動物達と戯れるプリンセスを目指していた・・・らしい生霊は、

とても残念そうに報告してきた。

(・・・色々なことを考え過ぎてたのがアホらしくなるな。)


「朱莉、もう帰るよー。寒すぎる・・・。」

俺はそうぼやきながら、首輪や日記を入れた紙袋をダウンのポケットにしまう。

「そうだぁ!ごめんね。誠士くん寝ないといけないんだったー・・・。

ミカゲちゃん、また来るね♪私も幸さんに会えるの楽しみにしてるね。」


 朱莉は大慌てで帰ろうとしていた。クスクスと微笑む御影に俺は話しかける。

「日記の通りさちが群馬の工場に勤労奉仕に出されたとすると、

そっちの地域史を調べてみればたどり着けると思う。実家が群馬の知り合いにも聞いてみようかな・・・。分かったらすぐに御影を連れていくよ。」


御影は「そうだな。」と頷くと、少し先で手を振っている朱莉に別れを告げる。

「私にも、あの子が元に戻れるようにできる限りの事をさせて欲しい・・・。」

薄緑の目がまっすぐ俺を見つめた。

俺も『あぁ。』と頷き、視線を帰り道へと向ける。

朱莉は一人で参道の階段をふわりと降り始めていた。

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