概念と認識

 だいぶ上の方に昇ってきた太陽の光が境内の木立に降り注ぎ、

キラキラとした木漏れ日が石畳を輝かせている。

俺は朱莉あかり達の隣で、現在の話題について考えを1人でまとめていた。

先程から、朱莉がどうして生霊となったのか御影が教えてくれているのだが、

話が難しくて何度も聞き返していたら、あからさまにイラつかれたからだ。


「つまり、朱莉の状態は非常に稀な状況にある。という意味だ。」

御影は全て分かっている様な澄ました顔をしている。

「生霊って、死んでない者の魂(生命エネルギー)が身体の外を彷徨ってるって状態なのは、なんとなく理解できた。でもそれと記憶喪失と何の関係があるんだ?

普通は、抑えきれない強い感情とかが抜け出して起きる現象なんだよね?」

俺が再度そう聞くと、仕方ないなといった様子で御影はうなずく。


「考えられるのは2つ。

①最初から精神が不安定だった人間が、感情を爆発させる状況に陥り、離脱した。

②身体そのものに重大な病気が発生したか、事故に遭うなどして意識がないか。」

「大体のケースは①だ。昔は意識を無くすような重病人はすぐに死んでいたせいで②の状態にはならなかったのだ。」


 一瞬にして、空気が張り詰める。

ショックを受けたように朱莉は自分の指先を見つめている。


(どちらも良い状況とは言えないな・・・。)


「厳密に言えば幽霊とは概念。生霊とは視覚で認識できる人の感情。

ということだ。つまり、この世に強い残留思念があり、そのエネルギーが人間に対して伝わる。それが恐怖の対象であると概念化されたモノが幽霊。

人間の脳波などの生体電気の生命エネルギーが、感情の乱れで体内から抜け出て、

地球上の様々なエネルギーを取り込み実体化した状態が、生霊というわけだ。

自分の存在を認識した相手とは生命力の交流が起き、見えたり触れたりなど干渉できるようになる。」


ぽかーん・・・としている朱莉を片目で見遣みやり、『やれやれ』と御影は俺の方へ顔を向けた。

「この子の脳は死んでないということだ。脳波がなければエネルギーも尽きるからな。どこかに身体が実在するのは間違いない。どうやって戻すのかは私には分からないが、早く身体を見つけた方が良いのは確かだ。・・・この意味は解るな?」


 鋭く、薄緑の瞳で見つめられた。

キーーーン!!という耳鳴りと共に、眩暈めまいまで襲ってくる。


その瞬間、精神を病んだ少女が記憶まで失ったことに絶望して自殺をしたり、

意識不明の少女の喉から気管挿管チューブが外されて、心電図が平らになるような嫌な場面ばかりが、俺の脳裏を埋め尽くした。

御影は、そのイメージは心にしまっておけ・・・とテレパシーで直接伝えてきた。


「朱莉にできないこと・・・聞き込みとか警察に問い合わせるのなんかは、

できるだけ早く俺がやるよ。朱莉は何か思い出せるように、色々な場所に行ってみた方がいいかもな。まぁー俺の爺さんもボケて記憶無くしてたのにある日突然、

昔の事思い出しちゃって、敵襲ーー!とか大騒ぎしてたし、人の記憶なんて案外そんなものかも知れないから、心配しなくていいんじゃないかな。」

息苦しさをどうにかしようと無理やり動かした俺の口からは、

がらにもない言葉がペラペラと飛び出してくる。


「うはっ・・・あははー!なにそれーお爺ちゃん凄い可愛いねぇ♪」

横を見ると朱莉が目を擦りながら爆笑していた。

御影も意味ありげな視線をこちらへ向け、『ほぅ・・・』と呟く。

参考にもならない思い出話で例えてしまった恥ずかしさで頬が熱い。

自分の顔色は想像したくなかった。


「今度会ってみたいなー誠士くんのお爺ちゃん♪

あっ!そうそうー私の事はもういいからさ、ミカゲちゃんの宝物を早く見せてあげよぉーよ!」

朱莉が本来の目的を思い出したのか、拳で手のひらをポン!と叩いた。

「そっ・・・そうだよな!」

俺は同調し、ダウンのポケットから小さい紙袋を出す。

「ごめん。入れ物は割っちゃったんだけど・・・中身はこれで全部だったな。」

俺はそう謝って紙袋から出した便箋と、謎のミサンガと鈴を御影の前に並べた。

良く見ると便箋は手紙ではなく日記のようだった。見出しに日付が書いてある。


「あぁ。ありがとう。あの箱を割る程のエネルギーがあれば自分でやっていたさ。猫の霊体である私には無理なのでな。生霊である朱莉に頼んだのだ。」

肌寒いそよ風が通り抜け、御影の毛並みが揺れた。

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