第6話『神の裁きの時間です。』

「あー飲みすぎたぁ。」



 そう言いカクテルを飲み干したのはダニオンである。仕事終わりにエミリオのオススメの酒屋で飲みに来ているのだ。顔はまだ火照っておらず、お酒も4杯目。軽めのカクテルのみである。



「先輩昔からお酒弱いですよね。酒豪そうな顔してるのにすごいギャップです。」



 笑いながらエミリオはショットを口にする。ダニオンの事を考えるとそろそろお開きにしたほうが良さそうだ。



「先輩一人で帰れます?」



「んーん、新人呼んだ。たぶんもうすぐ着く。」



 話し方の雰囲気がいつもと少し違う。顔には出ないが、やはり酔いが回って来ているのであろう。



「僕お手洗い行ってきますね。」



「………俺はお前と飲めて良かったよエミリオ。」



 突然しんみりと言い出した。なんの意図があったのかは分からない。エミリオその場を離れた。

 お手洗いから帰ってくるとダニオンはテーブルに伏せて寝ていた。起こすのは悪いと床に落ちていたダニオンのジャケットを上からかけてあげた。自分の荷物とダニオンの携帯を手に取り店を後にした。携帯はジェニルとのトーク画面を開いたままにしてありすぐにいじることができた。


{店出てすぐのビルにいる。〕


 ジェニルの携帯が可愛らしくダニオンからの通知を知らせる。いつもとは違う話し方で相当酔っているのだと思わせた。本当にお酒弱いのに飲みに行くなんて余程久しぶりに会えたのが嬉しかったのか、相手のことを信頼しきっているのか。何にせよ仕事尽くしの先輩が息抜きしてくれるのはいい事だ。



「お店を出てすぐのビルってこれかなぁ…。」



 人の気配はせず、老朽化が進んでいる廃ビルがそこには建っている。不気味な風が、ジェニルを誘っているようだ。本当にこんなところにいるのだろうか。しかし先輩が嘘をついたことはない。勇気を振り絞り一歩ずつゆっくりと入っていく。これが間違いだったのだ。ついたことを連絡し、確認すればよかった。何者かに後ろから薬品を嗅がされ深い眠りに落ちる。


 意識を取り戻したのは何分、何時間経ってからであろうか。ひび割れた窓ガラスからきれいな月の光が差し込む。恐らくここはビルの中。冷たいコンクリートに身体を横たわらせ、手首と腕、足はロープで縛られ身動きが取れず、かじかんだ手を暖めるかのように擦った。口にはテープが貼られており助けを呼ぶこともできない。自分に一体何があったのだろう。あたりを見渡しても誰もいない。先輩は何処?



「お目覚めですか?」



「っっ!?」



 真後ろから突然声がし、叫びそうになった。振り向くとフードをかぶり黒い手袋をしたエミリオが、コンクリートの瓦礫の上に座っている。エミリオとは直接的な面識はないが、写真では何回かみたことがあるのですぐわかった。先輩は何処?どうしてこんなことするの?聞きたいことは山ほどあるがテープのせいで声にならない。



「僕はね、メインディッシュはもう少しあとに食べようと思ってたんだよ?なのにサラダに異物が入ってきて……」



 エミリオはため息まじりに呟いた。一体なんの話をしているのだろうか。頭が追いつかずとても怖い。涙が込上げてくる。



「あぁ大丈夫。君はずっと前から気に入っててね。そう、あれは一目惚れ。たまたま写真の端に映ってた君がダニオンの後輩って知ったときは震えが止まらなかったよ。最期くらい一緒にお話しようよジェニル。」



 エミリオは口元のテープを優しく剥がしジェニルの頬をそっと触る。



「先輩は何処ですか。」



 震える声で強く聞いた。涙をぎゅっとこらえエミリオを睨む。その言葉に驚いた顔をし、エミリオは笑った。



「今まで金や体を対価に命乞いをする奴は何人も見たけど、他人の心配が先にでるとは…面白いねぇ。」



 しばらく一人で笑ったあと、ポケットからナイフを取り出しジェニルの太ももに突き刺した。



「っっ!!」



「状況わかってる?君が口にして良いのは助けを乞う言葉だけ。食べ物に無駄な傷付けたくないんだから気をつけてよね。」



 エミリオはナイフを抜き取り窓の方へと歩き出した。傷口からは血が流れ出し、脈打つように痛みが走る。いくら我慢をしていても涙を止めることはできずコンクリートを静かに濡らす。



「君のためにこの場所探したり、綺麗な殺し方考えてたりして大変だった。でも、君のこと考えてる毎日はとても楽しかったよ。」



「……せん…ぱいは……どこ……」



 震える声と身体。痛い。怖い。だけど先輩が居なくなるのはもっと怖い。何処かで寝てるだけ。捕まってるだけ。そう祈りながら何度も何度も繰り返し聞く。そんなジェニルを冷たい目でエミリオは見た。煩わしい声。彼女の中に自分はいない。無性に腹が立つ。ジェニルに近寄り鳩尾みぞおちを強く蹴った。何度蹴られ、殴られ、嘔吐し血を流してもジェニルから出る言葉は変わらない。



「どうして、どうしてなんだよジェニル。そんなにあいつがいいの?美しくない。穢されてしまった。それでは駄目なんだよジェニル。」



 狂ったように頭を抱え一人でぶつぶつ言っている。そしてジェニルの胸ぐらをつかみ、喉元にナイフを突き立てた。



「もうお前いらないや。」



 ジェニルが死を覚悟し目を強く瞑る。その時、窓ガラスが割れる音がした。強い風がビル内を吹き抜ける。ゆっくり目を開けるとエミリオも何が起きたかわかっていないようだった。



「無抵抗な女性を甚振いたぶるなんて人間の所業ではありませんね。」



 修道服をなびかせ、月明かりに照らされているは一人のシスター。天使か悪魔か、まるで空から舞い降りてきたようだった。窓枠からゆっくりとコンクリートの床に降りてくる。ガラスの破片が踏まれ砕かれる音が不思議ときれいに聞こえた。



「さて、切り裂きジャックこと、エミリオ・ジェンダーさん。―――神の裁きの時間です―――」

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