第4話『面白い街だ。』

 ダニオンは授業中ずっと何かを書き留めていた。それは教室でないとできないことなのだろうか。何についてなのか少し気になるところだが、あまり興味を持つのはやめた。普段は化粧やウィンプル、薄暗い教会内のお陰で顔がはっきり見えることはない。しかし今日は、取材のためと言い教会の外に出てしっかりと顔を確認されている。下手したら気づかれてしまう危険がある。なので興味を持たない近寄らないが一番なのだ。もし気づかれたのであれば新聞の一面を飾れること間違いないだろう。そうなれば世間は驚き、神への冒涜だと軽蔑する。勿論シスター業はやめざる負えない。そしたら約束も誓いも何も果たせなくなってしまう。それは困るなぁ…。

 何にせよ、関わらないと決めた。でもそれはアンドレッドの事情。授業が終わるとダニオンはアンドレッドの席までやってきた。わざわざ隣の席の生徒に椅子を借りている。



「君名前は?おじさん聞きたいことあるんだけどちょっといいかな?」



 決めたばかりなのにこれはあんまりだ。何か言って離れたいところだが、言葉が出てこない。非協力的すぎると逆に不自然だろうか。自然を意識しながら声を出す。



「……アンドレッド…です。なんですか。」



 心臓がいつにもまして激しく動く。その音は大きく、相手に聞こえてしまいそうだ。一方ダニオンは余裕そうにどっしりと構えている。手帳を右手に持ちこちらに笑顔を向ける。右手の人差し指はトントンと一定のリズムを打つ。教会のときもやっていた。癖なのだろうか。



「あんまり緊張しなくていいよ。ただの取材だし、他の生徒にも聞くからさ。」



 まるでマニュアルを読んでいるかのように棒読みである。口元は笑っているが目は鋭くこちらを見てくる。



「アンドレッド君、君は神の存在を信じるかい?」



「神……存在したと思います。」



「過去形かな?」



「俺にとっての神はもう死んじゃったんで……」



「それは人がってことかな。神様みたいな人がいたけど亡くなってしまった……ね。それじゃ君にとって神様みたいな人てどんな人だね?」



「それは、よくわかんないです。」



 どうだろうこの回答。全然シスターぽくない上にあーなんかあまり触れちゃいけないなという空気を漂わせている。かなしげな顔とは裏腹な心の中。役者に向いてるような気がした。それにしてもこの質問、やはり気づいてるのかもしれない。トイレを理由に立ち去りたい気分である。



「そうか、それじゃあ最近のニュースについて何か関心を持ってるものはあるかい?」




 最近有名なニュースと言えばやはり無宗教の割合であろう。他国とのつながりが増えると共に一つの宗教にこだわらず、やりたいことを自由にする人が増えてきている。宗教というのは縛りである。衣類、食生活、言葉遣いすべてを制限する枷なのだ。それが嫌なのであろう。このニュースと同じくらい大きく取り上げられているニュースと言えば―――



「―――切り裂きジャック……。」



 ただ考えていただけなのにいつの間にか口に出てしまっていた。慌てて何か別の事を言おうとするがもう手遅れ。その様子を見たダニオンは微笑んでくる。

 切り裂きジャックといえば猟奇的連続殺人犯で何人もの女性を殺害した過去の人物。それが今になってどうして騒がれているかというと、切り裂きジャックと呼ばれる新しい殺人犯が出てきたからだ。被害者は老若男女問わず、早ければ翌日に、遅ければ一週間毎に死体が出ている。被害者に関係性はなく、無差別殺人とも思われた。しかし一昨日、4体目の死体が発見されたとき一つの共通点に気がついたのだ。それは名前。被害者全員のイニシャルに"J"がつくと。そこから連続殺人犯ではなく、切り裂きジャックと呼ばれるようになった。イニシャルにJがつく人は夜間での外出は控え、次は自分ではないかと怯えて暮らしている。



「あー切り裂きジャック、怖いよね。確かこないだの被害者はこの街で出たんだっけ。」



「早く捕まってほしいです。」



「………これで君への取材はおしまい。この街は神様を信仰する人が多いからさ、若者はどうなのかと、信仰するしないによって社会への関心はどのように変化するのかを調査してて取材させてもらったよ。貴重な時間をありがとうね。それじゃあ。」



 ダニオンは淡々と質問の意図を説明し、終わると教室を出ていってしまった。気付かれと思っていたが気のせいだったのかもしれない。アンドレッドは安堵し胸をなでおろした。教会ではもう会うことはないだろうし、学校で関わることも少ない。もう心配する必要はなくなった。

 教室を出たダニオンはそのまま職員室へ向かった。アンドレッドのクラス担任に用があるのだ。



「何か良い事でもあったんですか?ご機嫌そうですね。」



 声をかけて来たのは高等部の国語教師エミリオ。ダニオンの元後輩で、古き良き友人である。ダニオンが取材でこの学校に来たのもこの人の紹介があったからだ。



「あぁ、エミリオか。学校紹介してくれてありがとね。面倒くさかったし正直助かったよ。」



「いえいえ、先輩のお役に立てたなら良かったです。お礼に今度一杯お願いしますね。」



「ああ。ところで中等部二年のアンドレッドって生徒知ってるか?」



「はい。僕、彼のクラスの国語を担当してるんで、知ってますよ。授業には出てるみたいですが、HRはよく遅刻してるんで遅刻魔としても有名ですがね。彼がどうかしました?」



「んーいや、面白いやつだなって思ってさ。」



 ダニオンは顎を触りながらいった。勿論エミリオの頭の上にはクエッションマークが浮かんでいる。ニヤける口元を隠しながら彼は小さく呟いた。



「面白い街だ。」

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