第3話『男は薄く笑みを浮かべた。』

「それでは入信までは毎日お祈りに来てください。内容は何でも構いません。それこそ良い記事がかけますようになんてことも。内容が決まらなければ、挨拶がてらに来ても構いません。何かご不明点はございますか?」



 祭壇を前にアンは色々と説明をしてくれた。毎日来るということだけを守ればあとは自由なようだ。本当にこんなことで入信ができるのだろうか。毎日行くだけで信仰心が高まるとかそんな感じだろうか。あいにく神様なんて信じない質なのでここは未知の領域。不安でたまらない。



 「それと、夜道はあまり出歩かないことをおすすめします。神様の加護が十分に受けられていない状態なので、悪魔に食べられてしまうかもしれません。どうしてもというときは2人以上で歩く事をおすすめします。」



 殺人予告が何かであろうか。こんなに脅されては歩けなくなる。しかし、ジェニムが住んでる街には悪魔が出る話なんて聞いたこともない。この教会から流れるホラ話とかだろうか。何にせよ気をつけなければならない。



「入信までの注意点はこのくらいです。これからよろしくお願いします。貴女に神の加護があらんことを。」



 アンは一礼だけし、奥へ入っていった。とりあえず席に座り、何を起こりませんようにと心から祈る。


 雑な歩きで教会の中を行くのは先程笑顔を絶やさなかったシスターアン。顔には笑顔のかけらすら残っていない。そのまままっすぐ道なりに進み、2回鍵のかかったドアを開けると一つの部屋につく。部屋は広く、水道、トイレもついており暮らせるだけスペースがある。そこには他のシスターが1人だけいた。



「ラルク交代!」



 薄っすらと桃色がかった長髪のシスターを、ラルクと呼んだ。ウィンプル(シスターが着用している頭巾)はまだ付けておらず、背中まで伸びている髪をハーフツインテールにまとめているところだ。



「今日は遅かったね。なんかあった?」



「交代時間過ぎてるのに準備終わってないってどういうことだよぉ。」



「うーいひゃいひゃいー!」



 ラルクの頬を思い切り引っ張る。その顔はさっきのシスターとは別人である。



「ひどいよアン。これから神様の前に行くってのに。失敗したらアンのせいだからね?」



「知らないよそんなこと。どうせ神なんかいないんだ。いつも通りやれば失敗したらなんかしないさ。」



「うわ出たー、アンの神様嫌い。そんなんでよくできるよね。それだけはほんとすごいと思うよ。」



「早くいけ。」



 アンは部屋の隅にある扉へと向かう。ここは更衣室。更衣室の先にも扉がありそこから外へと出られる。距離は遠いが一本道なので迷うことはない。ウィンプルを外し、肩につかないくらいのベージュの髪を一つに纏めた。化粧を落とし、修道服を脱ぐ。

 フィオーレ教会の修道服は紺色と白色で構成されている。白い服はタートルネックの長袖で、裾は股下まである。その上からV字ネックで七分袖のロングスカートを着るイメージだ。腰にはおよそ20㎝幅の帯を巻いており、そこからネックレスのようなものが垂れ下がっている。先には銀で作られた赤目の蛇が身体で綺麗なs字を作っている。これがフィオーレ教会の宗派のシンボルなのか、大切に袋の中にしまう。

 白いワイシャツに赤いネクタイを首に締め、緑ベースのグラフチェック柄のズボンを穿く。上着と鞄を持ち、急いで裏口から教会を出る。その時気をつけなければならないのは誰にも見られないこと。細心の注意を払い走って出た。向かった先は【グレイアム学園】。ここは女子禁制の中高一貫校である。



「おいフェリックス!お前また遅刻か!」



 教師はアンを呼び止めそういった。否、アンというシスターはこの世に存在しない。彼の名はアンドレッド・フェリックス。グレイアム学園に通う男子生徒である。教師の間では遅刻魔とも呼ばれている中学2年。教室に入ると数人だけアンドレッドに反応する。



「よお、アンドレッド。今日はまた一段と遅い登校じゃねえか。」



 馴れ馴れしく席についたアンドレッドの方を組みそう言う。その言葉を合図に数人の男子がアンドレッドの机を囲んだ。彼らはアンドレッドにちょっかいを出すクラスメイト。スクールカーストで上位に入る者たち。毎日毎日懲りずに小さな嫌がらせをしてくる。わざとぶつかったり、足をかけたりその程度だ。しかしそれだけでクラスの雰囲気は悪くなる。周りのみんなも見てみぬふり。止める勇気もないくせに文句ばっか。

 どうして彼らが、そんなことをしているかというと、原因は俺が元孤児だったから。幼い頃義姉に引き取られ家族はいるが、いつまでも孤児だといじってくるのだ。カ・クロンテでは孤児の割合がとても低い。ナノで珍しいのである。元孤児だった俺からしてみれば、本当に割合が低いのか疑うくらいには孤児がいる気がする。とまあ、捨て子忌み子なんて言って言っているが、誰かをいじめる理由が欲しかっただけなのかもしれない。自分が上に立つために。



「おい、聞いてんのか!」



 机を叩き大きな音を出す。アンドレッドが無視をするので苛立ったのだろう。



「ああごめんよ、ペリー君たちも飽きないなあって思ってたから話聞いてないや。」



「舐めてんのか!俺はスペリークと何度言ったらわかるんだ!!」



「興味ない人の顔なんていちいち覚えてられないよ、ペリー君」



「てめぇっ…!」



 スペリークはアンドレッドの胸ぐらをつかみ落ち上げた。スペリークの周りにいた生徒は止めようとなだめる。その他の生徒は誰一人としていないこちらを向かない。何か反応して、自分にその矛先が変わるのを恐れているのだ。



「どこ見てんだよこらぁ!」



 スペリークが殴ろうとした瞬間、先生が教室へと入ってきた。それを見て、スペリークはすぐ離れる。何をしても所詮中学生。先生という存在にはまだ勝てないらしい。だが、ここまま行けば彼が一線を越えるのは時間の問題であろう。

 グレイアム学園は昼過ぎから学校が始まり、夜まで授業がある。HRには遅れてしまったが、授業に間に合ったので良かった。

 アンドレッドは午前は教会、午後は学校という暮らしをしている。勿論、教会のアンがアンドレッド間ということは誰も知らない。案外バレないものだ。



「それではHRで説明したと思うが、今日からしばらくの間、ヴィクターさんが一緒に授業に参加します。」



 そういえば今日から見学の先生か誰かが来ると言っていた。ヴィクターという名前に何処か聞き覚えがあるような気がする。その人は後ろから入り、生徒にお辞儀をする。その容姿に驚いた。



「参加っていうのは少々語弊がありますね。改めまして、俺はダニオン・ヴィクター新聞記者です。どうか一つよろしくね。」



 新聞記者が何故ここに?俺をつけて?そんな筈はない。前から来ると決まっていたのだから。じゃあどうして。教会に取材に来た記者が、たまたまクラスの取材?授業参観?できすぎている。



「!!」



 ダニオンと目があったときドキリとした。思わず不自然に目を逸らしてしまう。その男は薄く笑みを浮かべた。

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