第2話『頑張れよ、新人。』

 「わ、私の祈りは…。」



 ジェニルが言葉を発したとき、教会の扉が勢い良く開いた。その音に驚き振り返る。そこにいたのは中年男性。逆光で顔は見えなかったが、すぐに誰だかわかった。



「失礼。驚かすつもりはなかったんだ。」



 男は帽子を少し浮かせ軽くお辞儀をした。



「聞きたいことは2つ、ここはフィオーレ教会であってるかい?」



 ゆっくりと身廊を歩きながら質問してきた。風に流されタバコの臭いがアンの鼻を掠める。



「それと、そこで祈ってるやつはうちの新人で間違いないかい?」



「先ぱああああい!!!」



 ジェニルはとびきりの笑顔で彼に抱きついた。この人がジェニルが言っていた先輩なのだ。立って並ぶと同じ服を着ているので、ジェニルの服は制服だとわかる。



「ここはフィオーレ教会でございます。何か御用でしょうか。」



 アンは笑顔で答えた。男は帽子を外し、ジェニルの後ろの席に腰を掛ける。祈りに来たようではなさそうだ。



「教会に来るやつに何か用かなんて聞くのは野暮じゃないかい?そんなの懺悔か祈りか神に話があるのか……それか俺達みたいな記者か…。」



 男はそう言いながらアンに自分の名刺を渡した。そこにはダニオン・ヴィクターと記されていた。ダニオンが言うとおり、彼の職業は新聞記者で、神様に会いに来たのではないらしい。ジェニムも名刺を出せと言われているが、荷物全部取られたことを泣きながら説明している。



「うぅ…見苦しいところをお見せしてすみません…。改めまして、私、ジェニム・カルテットと言います!よろしくお願いします。」



「ここは神聖な場。お答えできることは何もないでしょう。神様がお怒りになる前に、どうかお引き取りください。」



 ジェニムが差し出した手は握らず微笑みながら言った。しかしここで引き下がったら新聞記者の名が廃る。アンの言葉など聞かず、ダニオンは質問を始めた。



「ここでは祈りを捧ぐ者の邪魔になります。教会の外でお受け致しましょう。しかし、お答えできないことが多く、ご期待に添えられないでしょう。」



「いえいえ、ご協力感謝いたします。」



 ダニオンは口元に軽く笑みを浮かばせ言った。何がなんでもすべての質問に答えてもらうつもりである。アンも笑顔を崩さず淡々としている。まるでロボットのようにも思えた。教会の外に出て少し脇へと反れる。立ったままここで受けると言う。すぐ終わらせる気なのであろう。ジェニムはダニオンからペンとメモ帳を受け取り、メモの準備をする。質問するのはダニオンだけようだ。鋭い視線でアンを見る。



「……。早速ですがここ、フィオーレ教会はこの街じゃ名の知れた教会。街の殆どがここへ来るらしいですね。そこまでは調べたらすぐわかりました。ただ一つわからないことがあります。ここの宗派は何ですかい。」



 手帳を持っている右手の人差し指だけ器用にトントンと動いている。



「お答えできません。」



 笑顔で返す。自分の宗派を言えないというのはどういうことなのだろうか。それだけではない。ダニオンはここへ来る前、街の人々にもいくつか質問を投げかけていた。そこでもおかしな点があった。



「何故街の人々にも宗派を口止めをしているんですかい?それとも、宗派を伝えず信仰させているのですかい?」



「お答えできません。しかし、宗派は入信した方にのみ伝えさせていただいています。」



「では、入信したらすぐ教えられるということですね。」



「はい。しかし入信できるかどうかは神様のご意思となります。すぐできる方もいれば、時間がかかる方もおります。もちろん、入信をお断りさせていただいている方もおります。」



 アンは笑顔を一切崩さなかった。優しく微笑みかけているというのではなく、ポーカーフェイスに近いであろう。それにしてもここの宗教はどうも胡散臭い。民衆の心を弄ぶ宗教にしか見えなくなってくる。



「今から入信したいと言ったらできるかい?」



「神様は貴方を拒んで取ります。入信は難しいでしょう。」



「俺じゃない。こいつが、だよ。」



 ダニオンはジェニムの腕を引っ張り、自分の前へと引き寄せた。状況がつかめていないのか、ジェニムは口を開けたまま固まっている。



「そちらの方でしたら入信できます。しかし、邪な気持ちを植え付けられているのそれが取れるまでは入信はできません。毎日ここへ通い、邪な気持ちが無くなったときに入信を認めると神様が仰っています。」



「へぇ、そんなにすぐ神の言葉がわかるなんてシスター様はすごいんだなぁ。」



「ありがとうございます。」



 嫌味で言ったのだが、跳ね除けられてしまった。それより、入信できるのであればこっちのものだ。根っからの良い宗教であれば、宗派は出さず、加護などを書き出し売ることができる。また、悪人ならばそれはそれでいい記事が出来上がる。どちらに転んでも記事はかけるのは間違いない。ここは一つ、ジェニムに任せるしかない。



「むむむ、無理ですよぉ!先輩がやってくださいよ!こういうの得意でしょう…!?」



「じゃあお前は遅刻してきた責任をどう取る?お前が汽車に揺られ眠ってる間、俺は仕事をしていた。お前の仕事をな。仕事で出来たかりは仕事で返すべきだろう。」



 ジェニムのことなど見向きもせず、淡々と話を進める。仕事の鬼だ。実は良い人と思っていたのを取り消したくなる。



「くだらない事でもいい、毎日何をしたか報告しろ。」



 そっと耳打ちをしダニオンは手を振りながらどこかへ行く。すれ違い様に渡された紙にはホテルの名前と場所が記されている。



「先輩どこ行くんですかー!」



「時間は有限。次の仕事に行くんだよ。」



 ダニオンの後ろ姿を追いかけることができないままただ眺める。初めて一人でやる仕事。不安や寂しさで目に涙が込上げてくる。両手で裾をぎゅと掴み堪えた。ダニオンは振り返ることなく歩いていく。



「頑張れよ、新人。」

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