嘘つきシスター
硫咲合歓
第1話『さぁ、神様に祈りを捧げましょう。』
ここは小さな街、【カ・クロンテ】。
街は明るく、人は優しい。笑顔が耐えない街と言っても過言ではない。人々は何があっても、決して屈しぬ心を持っている。その心の支えとなるのが【神様】の存在。余所から来たものは腹を抱え笑うかもしれない。しかし気にするものは誰一人としていない。何故なら、信じられないというのは神様の加護を十分に受けられていないということ。神様は信仰力に見合った加護をお与えになる。つまりその人は、十分に信仰できていない可哀想な人となるのだ。可哀想な人にはついつい優しくしてしまうのがカ・クロンテの住民。心優しい住民である。
「もー!どこが心優しい住人なのさー!!」
茶色いマリンキャップとスーツ、黒縁丸メガネを身につけた女性は叫んだ。首元の不細工なリボンと2つに括られた金髪の髪がボサボサな状態を見て、不器用さを感じとれる。
「優しいと噂される住民が!窃盗なんてします!?もーっ!先輩助けてくださいーっ!!」
駅の前で叫ぶものだから、人々は物珍しそうに横目で見る。冷たくないが、視線は痛い。これが現実。いくら優しいとはいえ、こんな変人に声をかけるものなんていない。
「もう噂なんて信じないもん…。」
「どうしたのお嬢ちゃん。そんなところでずっと立ってて。何かあった?」
三角巾をつけたおばさんが声をかけてくれた。たったそれだけのことなのに、涙が零れてしまう。その様子を見たおばさんは少し戸惑いを見せたが、近くのベンチに腰を掛け背中を擦る。鼻を啜りながらゆっくりと話し出すと、静かに聞いてくれた。
「私…新聞記者のジェニルといいます…。街の住人に取材をしようと…汽車を乗り継ぎ、ここまで来たんですが…仮眠を取っていた隙に…荷物全部取られてしまって……」
思い出しただけでまた目に涙が溜まってきた。本当は先輩と二人で来る予定だったのだが、汽車が遅れ待ち合わせには間に合わず、先輩は先に行ってしまったのだ。どんな理由であれ来なかったら置いていく、先輩は時間に厳しい人。しかし悪い人ではなく、憧れの先輩なのだ。
「私…一人じゃ何もできなくて…いつも先輩に迷惑かけてばかりで……」
「大丈夫よ!これ以上悪い方向には行かないわ。いい、辛いこと、苦しいことはね幸せになるための貯金なの。クヨクヨしないで乗り越えて行けば貴女にとっての幸せが待っているわよ。それに、若いうちは迷惑かけて成長しないとね。」
優しい笑顔と言葉がジェニルを安心させた。おばさんの言うとおり、大丈夫な気がしてくる。
「ありがとうございます……」
「あらら、ジェニルちゃんは泣き虫なのねぇ。」
泣きながら抱きついたジェニルを優しくなでて落ち着かせてくれた。おばさんからは母親の温かさというものを感じる。ほっとする、心落ち着く、そんな温かさだ。
「ジェニルちゃんはどこに行こうとしてたのかしら。おばさん、街のことには詳しいから案内させて?」
会ったばかりの他人にここまでする人は居るだろうか。地図も手帳も無く、右も左も分からないジェニルにとってはとてもありがたい事である。ありがたい事なのだが、気持ちだけ受け取ることしかできない。
「あの、場所の名前を覚えていなくて、わからないんですよ……。なので、ご好意だけいただきますね……すみません。」
ジェニルのその言葉に驚いた顔を見せたが再び微笑みかけてくれた。
「これはきっとお導きなのよ。行きましょう。」
おばさんは手を引き足を進めた。お導きとは何だろうか。どこに向かっているのだろうか。何を聞いてもついてからのお楽しみとしか返してくれない。もう自分がどこを歩いているのすら分からない。大きい道路があり、歩道との間には綺麗な花が咲く花壇が並んでいる。遠くの方には大きな時計塔。初めての街に心が踊っていた。人々が賑わう通りを抜け、静かな裏道へと入る。人通りも少なく薄暗い。慣れていないジェニルにとっては少し怖い。そんな道をしばらく歩き、やっとついた。実際はそんなに歩いていないようだが、知らない道を歩くと時間を長く感じる。
「ここって……」
「フィオーレ教会よ。ここで祈りを捧げれば、どこに向かうべきなのか、何をしたらいいのか、神様が導いてくれるわ。」
青い三角屋根に白い外壁。扉は茶色である。新しい建物なのか、見た目は新築同様。おばさんに連れられ中に入る。教会に入るのは今日が初めて。写真では何回か見た知識しかないが、ここはあまり大きくない気がする。身廊を歩きながら内部をじっくり見渡す。ステンドグラスを通して差し込まれる光は青く色づき、等間隔に並べられた席を優しく照らす。祭壇の近くには一人のシスターが立っていた。
「ここはフィオーレ教会。神様に最も声が届く場所です。」
シスターは優しく言う。その声はどこか幼さを感じた。歳はジェニルよりも下だろうか。顔は薄暗くよく見えない。一番前の席に座り手を組んだ。神様はあまり信じていないほうだが、藁にもすがる思いで神様に祈る。祈りの途中、シスターがジェニルに近づいてきた。顔はやはり幼い気もする。見た目で人を判断するのは良くないが、若いうちから頑張って働いているのかなと思うと目頭が熱くなる。
「私の名はアン。フィオーレ教会のシスターをしております。祈りは声に出すと、言霊に乗り、届きやすくなりますよ。宜しければ、貴女の祈り、聞かせてはくれませんか?」
アンはジェニルの手を優しく包み込むように握る。その微笑みは天使のように美しく、本物の神様と思うほどのオーラを感じ取れる。実際にオーラがわかるわけではない。しかしこんな感覚は生まれて初めてだ。もしかしたら夢の中の世界なのかもしれない。まだ汽車の中で寝ているのかもしれない。混乱しているジェニルにアンは笑いかけた。
「さぁ、神様に祈りを捧げましょう。」
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