6. Another blond

「なんてことだ。こんな単純なことに気付かなかったとは」

「馬鹿な奴だ……と普段なら言うところだが、しかし今回ばかりは田淵を責める気にもならん。あたしも今朝ようやく気付いたところだしな。まぁあたしの場合は、体育館での信任教師の顔合わせも出てないし、英語の担任でもないからいままでずっと顔を見たことすらなかったんだがな。この学校には教師が四十人近くいる。あたしみたいに校舎の一階でしか活動しない人間と、一年の担当で校舎の一階にはめったに近寄らない人間じゃ出会うことなく数か月過ごすこともあるだろう。問題はな」

 寒月先輩は私を指さした。

「気づけよお前!」

「うぅすいません。自分がこの外見のせいで金髪に特別な感じがなくてスルーしてました……」

「あの、頭が混乱してきたんですけどこれは……」

 おずおずと話しに割り込んできた栞に、伊藤先輩が答える。

「ニイムラ先生は今年の四月に赤崎高校に赴任した先生なのは知ってるでしょう? ほら、外国人の英語教師を雇うっていう政策で。三年生の担当はカークランド先生だけど」

「あぁ……でもどうして名前がニイムラに」

「それは本人に聞いた方が早そうだな」

 田淵先輩がニイムラ先生を引っ張ってきて教室へ入れる。先生は青い目に白い肌という、私と同じ白人だ。日系なのかな? とも思ったけど、確か金髪って黒髪の遺伝子が混ざるとそうならないんだよね。こんな外見なので、そういういらない豆知識もいろいろな人から聞かされた。

「私の名前はミドルネームは、養子に出されたとき育ての親になった日系人の夫婦の名字からとったんだけど……この状況はいったい何なの?」

「ニイムラ先生。あなたはいま、昨日起きた坂上翔太殺害事件の犯人として疑われています。現場に金色の髪の毛が落ちていたので」

 田淵先輩に説明されて、ニイムラ先生が大きく目を見開いた。相変わらず顔の動きがやかましい人だ。先生が何か言おう口を開くけど、その前に寒月先輩が話し始めて主導権を握る。

「あたしたちの過ちはこの、生徒同士の殺し合いが許容された学校で起こる事件の犯人が必ず生徒だって思い込んだことだ。当然だが、忌々しいMCPと関係ない事件が起こることもごく低い確率であり得る。例えば教師が生徒を殺すとかな。あたしたちは三つの事件を乗り越えるうちに感覚が麻痺してそんな単純なことも分からなくなっていたらしい。考えてみれば当たり前のことだった。金髪の生徒がいないなら、次は金髪の教師を探せばいいだけの話だった」

「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ!」

 ニイムラ先生が割り込んでくる。髪を振り乱しながら必死に。

「状況はおおよそ分かったけど、それって現場に髪の毛が落ちてたって理由だけで? それならエマさんが犯人の可能性もまだあるんでしょう? それなのにまるで私が犯人で決まりみたいに……」

 確かに、私にとって自分が殺してないことは自明だけど、ほかの人にとってはそうでもない。金髪の持ち主が新たに登場したことは僥倖だったけど、それだけだと証拠として弱いのは確かだ。教師であるニイムラ先生と、第一発見者で生徒の私ならどっちが犯人らしいだろう。

 私に被害者の坂上翔太を殺す理由はない。ニイムラ先生が犯人だったとすれば、あの人にはそれなりの理由があるのだろうけど、それはいまはわからないことだ。そう考えるとお互いに決め手を欠くように見えるけど、だけど生徒である私は完全犯罪で一億円を手にすることが出来るという強力な動機があるのだ。

 これをひっくり返して、私が犯人ではなくニイムラ先生が犯人だと示すにはどうすれば。

 先輩ならもう、何か手を思いついているかも。

「寒月先輩……」

「さて、どうしたもんかな」

 あっこれ何も考えてないな。金髪の謎が分かった勢いそのままに突っ込んでしまってそこまで考えてなかったな。

 どうすんのこれ。

 教室の空気は徐々に悪い方向に流れていく。どっちが犯人かわからない昏迷状態。田淵先輩も伊藤先輩も、ここからどうやって話を進めていいかわからないようで顔を見合わせたきり動かなかった。

「もういいかしら。私、授業の準備があるんだけど」

「あっ」

 ニイムラ先生が教室から去ろうとする。まずい。このまま逃がしたらまた振出しに戻ってしまう。ここで決めないと、私が犯人じゃないとみんなに納得してもらうのは難しくなるだろう。だけど先生を止める口実も、みんなを説得するうまい方法も浮かばない。

 どうしよう。

 ニイムラ先生は教室の出入口にまでずんずんと進んでいってしまう。田淵先輩も伊藤先輩も、栞も止められなかった。だけど先生の足が、教師を出る直前で止まった。目の前に男子生徒が突っ立って行く手を妨げている。

「まだ帰らないでくださいよ。ニイムラ先生」

「千海くん」

 千海はニイムラ先生を半ば無理やり、教室へ押し戻しながら入ってくる。さっき見たときと同じで、顔はやつれて疲れ切っていたけど、いまはエネルギーが満ちているような空気をまとっている。どちらかというと疲労が一周回ってハイになったような危うい雰囲気だけど、元気があることには違いない。彼はゆっくりと教室を歩きながら口を開く。

「犯人はエマさんかニイムラ先生か。先生は証拠がないといいましたが、それは違います。証拠ならある」

 千海は息を大きく吸って、声を張った。

「僕はエマ・オールドマンが誰かを殺すような人じゃないと信じてる」

「その証拠を聞いてるんだけど?」

「証拠はない!」

 教室が沈黙に包まれた。それを割いて、寒月先輩が噴き出す。

「ふはっ、お前っ、証拠があるのかないのかどっちかにしろよ。しょうがないやつ」

「わっ、私も……エマさんは犯人じゃないと……思ったり、思わなかったりー……」

「栞、そこは自信を持ってよ!」

 私の言葉に今度はみんなが笑った。栞は顔を赤くして「だって……」と縮こまる。田淵先輩が呆れた顔で肩を落とす。

「おいお前ら。証拠がないなら推理にならないだろ……」

「でも、エマさんが人を殺しそうにないってのは賛成ね。証拠はもちろんないけど」

「伊藤もか!」

 気の抜けた笑い声が教室に響き渡る。殺人事件の犯人を捜しているとはとてもじゃないけど思えない空気だった。だけど明らかに、周りの人たちの心証はニイムラ先生犯人説の方に傾いていて、それを先生も感じ取っていた。明らかに目に焦りが浮かんで、髪の毛をかきむしる。

「待って待って。あなたたちそんないい加減な理由で真犯人を決めるつもりじゃないでしょうね? ほかにも証拠になりそうなものはいろいろあるでしょう? それを探しなさいよ。被害者の首を絞めた紐がどこから出てきたのかとか」

「待て」

 寒月先輩が低い声で言った。緊張した声色にニイムラ先生の言葉が止まる。

「なぜ被害者が紐で絞殺されたと知っている? 教師は捜査支援アプリを使えないから、詳しい捜査情報も伝えられていないはずなのに」

「そういえばそうだな。MCPはあくまで生徒が推理するもの。余計な介入を避けるために教師には事件の詳細は伏せられるはずだが」

「あ、それは……」

 寒月先輩に田淵先輩が加勢して畳みかける。ニイムラ先生の目が泳いで黙り込み、それが何よりも雄弁に理由を自白していた。

 犯人だから知っているのか。語るに落ちる。

「決まりでいいのよね? これ」

「あぁ、これ以上は時間の無駄だろ」

「よかった……」

 ニイムラ先生がその場に崩れ落ちた。私も体へ急に疲労を感じて、手近な椅子に腰かけた。地球の重力が倍になったみたいに体が重い。

 これで終わったんだよね?

「あれっ? 千海くんは?」

「……逃げたかあいつ」

 栞が教室をきょろきょろ見渡すけど、すでに千海の姿はなかった。彼女に合わす顔がないというのを、まだ気にしてるみたいだ。寒月先輩が苦笑いして、体重を車椅子の背もたれにかけてぐでっと伸びる。

 みんなもう一仕事終えた空気になっている。けど唯一、田淵先輩だけが落ち着かない様子だった。

「でもこれ、どうなるんだ。投票のとき先生の名前を書けばいいのか?」

「その点に関してはご安心を」

 低い大人の声に、弛緩していた空気が一気に緊張感を帯びる。いつの間にか教室の中に、スーツの男が立っていた。さっきまで存在感が皆無だったのに、第一声でその姿を現したようだった。

「鳥頭さん?」

「七三眼鏡、てめぇ……」

 寒月先輩が威嚇する犬のように毛を逆立てる。鳥頭は先輩を無感動な視線で見つめ、警察に投降するみたいに両手を挙げた。

「今回は吉報をお持ちしたのですが。我々MCP運営が監視カメラの確認をしたところ、今回の事件が生徒によるものではないということが判明しまして。赤崎高校第四事件の取り消しをお伝えに」

 必要なかったかもしれませんがと言う彼は、ニイムラ先生を見下ろす。そういえばMCPのために教室中に隠しカメラがあるんだったっけ。そのことは先生も知っていたはずだけど、それにもかかわらず事件を起こすなんて。どんな動機だったのだろうか。

「っていうか、もっと早く言えよ七三! 余計な苦労しただろ!」

「すいません。事件の発生が定時の後でしたから、これでも速やかに対処したのですが。それはともかく」

 鳥頭は上げていた右手を合図するように振った。それと同時に廊下から別の男性がどやどやと入ってくる。一人は私の父親世代くらいの中年男性で、もう一人はそれよりも若い、たぶん三十代くらいだ。二人ともスーツ姿だけど鳥頭よりもガタイがよく、明らかにデスクワーカーではない風体だった。

「パトシリア・ニイムラ・ポールソン。殺人容疑で逮捕する」

 年上の方がどっしりした声で言って、先生に手錠をかけた。冷たい音がして、手首が体の前で拘束される。先生は二人に両脇から抱えあげられて立たされ、教室を出ていった。鳥頭はその様子を、やはり無表情で見送ってから、ではわたしもこれでと呟き去った。

「……これで本当に」

「あぁ、終わったな」

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