5. “F×ck me”!!!!

 突然響き渡る大声に、周りにいたほかの生徒たちも何事かとこちらを見つめてくる。先輩はがたがた震える腕で私を指さして、顔色をぐるぐる変えていまにも卒倒しそうな状態になっていた。おどおどすることの多い栞でも滅多に見せないだろうという動揺。

「あの」

「あほ! 馬鹿! 間抜け! この! なんか! もう! なんでだくそぉ!」

 寒月先輩は車椅子でがつがつ私にぶつかってくる。脛に車椅子のステップが激突するせいですごく痛い。だけどすぐ後ろが壁だったから逃げられなかった。

「あの、ちょっと、先輩!」

「あほあほあほ! お前は大馬鹿だ! 私も間抜けだ! この学校には脳が腐ったやつしかないのか! ゾンビパンデミックでも起きたのか! ありないだろ! 一人くらい気づけよ! どうなってんだくそ! とんだ茶番だ馬鹿が! あぁっ!」

 やばい薬でも決めたみたいに先輩は呻いて、その場でぐるぐる回り始める。周りの警戒する視線も徐々に、可哀そうなものを見る目になってきていた。私は先輩を止めたかったけど、車椅子の旋回速度があまりにも早すぎて危なっかしく近寄ることもできなかった。最近の電動車椅子の性能ときたら。

 しばらく人間扇風機を観察していると、ようやく動きを止めた。先輩は座席でうずくまって顔を手で覆っている。

「先輩?」

「よかった……」

 一瞬だけ、怯えたような声でそう聞こえた気がする。先輩は真っ赤になった顔をあげ、突如廊下を爆走しだす。

「あの、先輩ぃ?」

「ついてこいエマ! いますぐこの事件の真相を暴いてやる!」

「あの、あっ、はい」

 勢いに押されて、私は唯々諾々と先輩の命令に従った。変に口答えしたらまた車椅子で突っ込んできそうでおっかなかった。ただ先輩の車椅子は結構速度が出るのか、私が追いかけようと走り出したときにはすでに廊下の反対側にある階段のところまでたどり着いていた。

「車椅子を持て!」

「あ、え」

 言うが早いか、先輩はさっさと車椅子から降りて階段をよじ登り始める。目指すは五階ということか。私はついさっきえっちらおっちら二階にまで降ろしたばかりの車椅子をもう一度上まで持ち上げる羽目になる。本当に校舎へエレベーターつけてほしい。

「ほら早く」

「待って、先輩」

 車椅子を持ち上げる私と四つん這いで階段を登る先輩の奇妙なレースを遠巻きに見ていた人たちが、親切にも手伝ってくれて何とか五階にまでたどり着いた。さすがに鬼気迫る表情でよじ登る先輩に手を貸そうという勇者はいなかったみたいだけど、先輩はそんなこと微塵も気にしていない様子だった。彼女は素早く車椅子に乗り込むと暴走を再開する。階段から先は車椅子で運ばれるだけだからあの人はもう楽だけど、自分の脚でまた走り出さないといけないこっちはたまったものではない。

「邪魔するぞ一年坊主ども!」

 そうこうしているうちに、先輩もとい暴走車両は事件現場だった一年生の教室に突っ込んだ。扉は開かずに突き破ってしまう。突然の乱入者に教室の中から悲鳴が上がった。誰か助けて。

「せっ、先輩、待って……」

「ほら早く生徒会警察を呼びな! じゃないと一人ずつ取って食っちまうぞ!」

 本当にやめて。この学校だとシャレにならないです先輩。

 先輩に追いついた私の目に飛び込んできたのは、突き飛ばされて床に転がる扉の上でふんぞり返る悪魔、じゃなくて寒月先輩とその姿に怯え教室の後ろで固まる哀れな一年生たちだった。ついさっきまでは事件当時のように乱れていた教室の机は(少なくとも先輩が乱入するまでは)整えられていて、遺体もなかった。そのままだと刺激が強いから生徒会警察が片付けたのかもしれない。

「寒月先輩? 何の騒ぎ……」

「栞、こ、来ないほうが……」

 私のクラスの前を通ったからだろう、クラスメイトたちも騒ぎに気付いてこちらの教室にやってきた。ただ中で繰り広げられている異様な光景に恐れおののいて中へ入ろうとしない。

 栞の声を聞きつけて、寒月先輩が首を後ろへ倒してこちらを振り返った。ホラー映画に出てくる呪いの類みたいなぎょろめに睨まれて栞が「ひゃぁぁ」と情けない声をあげる。

「栞ぃ、ちょうどよかった。この寒月先輩のお願いを聞いてくれないかなぁ」

 怖っ。髪の毛を垂らしてこっちを見る先輩はあまりにも近寄りがたかった。だけど栞にも助けてもらった恩があるので、無下には出来ないようだ。彼女は恐る恐る近づいて行って、小声の先輩の命令を聞き教室から出ていく。

「あの、先輩」

「おい寒月! この騒ぎはなんだうわ呪いかお前は!」

 私が声をかける前に田淵先輩が来てくれた。初めてこの人と意見が一致したかもしれない瞬間だった。後ろについてきた伊藤先輩の顔もひきつって、ドン引きしていた。

「よう田淵ぃ」

「なんだよ、二十四時間以内に死ぬビデオでも見ちまったのかこいつは」

「私に聞かないでください……」

「その態度、もしかして犯人分かったとか」

「あぁ」

 伊藤先輩の一言で、寒月先輩が急に落ち着く気を取り戻し姿勢を正した。本人も引っ込みがつかなくなっていたのかもしれない。

 先輩は車椅子を回して私たちの方を向く。その顔は動揺したり興奮したりすることのない、いつもの寒月縁だった。自信満々に口を開いて、ギザギザした歯を見せて笑う先輩の姿だった。

「ちょうどいい、一年生ども。後学のためにあたしの推理を聞いて勉強することだ。この寒月縁は三年生で来年にはいない。田淵や伊藤もな。もしあほな政府がこのあほな政策をいつまでも続けようとするなら、今度はお前たちが事件を解決しなければならない。誰かが死んで、誰かを断罪する、そういう地獄をお前たち自身の手で切り抜けなければならない。だがまぁ、いまはあたしが代わりに解決してやるから安心しろ」

 先輩の言葉は、その場にいる全員に向けて話しているようだったけど、視線は私だけに注がれていた。

「まず事件を詳しく知らない奴のためにおさらいだ。事件発生は昨日の放課後、午後五時まえくらい。第一発見者はそこにいるエマ・オールドマンだ。被害者は一年六組の坂上翔太。首を細い紐のようなもので絞められてこの教室の中央に倒れていた。怪しい人間を見た目撃者はなく、凶器となった道具も見つかっておらず、犯人を示す遺留品はなかった。一つを除いてな」

 先輩がスマホをかざす。捜査支援アプリを開き、画面で手がかりを示した。

「被害者の手に残った髪の毛だ。抜け方から見て抵抗したときに握って抜いたんだろう。わざわざ隠蔽工作として犯人が残したとは考えにくく、髪の毛それ自体は本物、染めた痕跡もない……ってのは月島千海の見解だな」

「聞いてたんですか?」

「内緒話は百年早かったな。ともかく、この髪の毛がここにあるということは、犯人は元々金髪だったってことを指してる。これは間違いない。だから第一発見者でかつ、この目立つきんきらきんの髪の毛を持ってるエマが容疑者になっているわけだが……真犯人はほかにいる」

 教室中がざわつく。田淵先輩が一歩前へ進み出た。

「寒月。その話はもう終わっただろう。この学校にオールドマン以外に金髪の生徒はいない。髪を染めた奴ももちろんいない」

「そうだな。それはお前の言うことが正しいよ」

 寒月先輩はあっさり首肯する。田淵先輩は肩透かしを食らいあっけにとられた顔をした。

「細かい話をする前に、実際に犯人を見てもらった方が早いだろ。こいつが……今回の事件の真犯人だ!」

 先輩がずばっと勢いよく教室の扉を指す。私たちは扉の前から離れて誰かが入ってくるのを待ったけど、一向に誰も来ない。

「おい、寒月」

「おっと、いささかフリが早すぎたみたいだな。じゃあもう一回」

「ちょうどいいタイミングで来るまで何度もやり直す気か?」

「いいじゃねぇか」

「よくない!」

「あのぉ……」

 寒月先輩と田淵先輩が小競り合いをしているところに、ひょっこりと栞が顔を出した。

「先輩の言う通り、連れてきまし……」

「なに? いったいどんなお話?」

 栞の後ろから顔を出したのはニイムラ先生だった。その瞬間、教室中の視線が彼女に集まって硬直した。

 ニイムラ先生の髪の毛が揺れる。朝日に煌めく、金色のそれが。

「ご紹介しよう紳士淑女の諸君。今回の事件の真犯人」

パトシリアPatriciaニイムラNiimuraポールソンPaulson……」

 寒月先輩の言葉を田淵先輩が引き継いだ。

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