3. The “Sparkle” dress

 土曜日。ちょっとずつ暑さが夏へ近づいてきた午前中に、私は高校にやってきた。赤崎高校は特に進学校というわけでもないので土曜日に補講を行うほど殊勝ではないし、部活もMCPが始まってからは低調だったので校舎にはほとんど人がいない。

 足取りは重い。額に汗をかいているけど、暑さのせいだけじゃないだろう。一ヵ月ぶりに教室を訪れたあの日だってここまで緊張しなかったし、躊躇いもなかった。なんでこんなことになってしまったのだろう。

 私が学校へ来た理由はもちろん、寒月先輩の策略と大いに関係がある。文化祭は秋だけど、いまから衣装のデザインと作製を始めなければとうてい間に合わないらしい。なのでこの日に手芸部の部員とモデルになる生徒が一斉に集まって、採寸だとか衣装の希望のすり合わせとかをしようということになっているのだ。

「モデルかぁ」

 車のほとんど止まっていない駐車場を横目に、私は校舎へと入っていく。モデル。綺麗な服は嫌いじゃないし、クラスのみんなを釘付けにするメイクを披露した千海が作るならそのセンスに間違いないだろうけど、ファッションショーで歩かないといけないというのが気にかかる。髪をじろじろ見られるのが嫌いなのに、わざわざ自分から見世物になるのはなぁ。

 私が千海に指定された集合場所は、寒月先輩をモデルに誘った三年一組の教室だった。手芸部の部室とか被服室に来いと言われるかと思っていたから意外だったけど、部長が三年一組の生徒だというのと、部員とモデル全員が本来の部室や被服室に収まりきらないからという理由で元々そういう予定だったらしい。寒月先輩の足では二階より上には行けないし、私だってこんな重い足取りで階段をえっちらおっちら登りたくないからありがたいけど。

 というわけで、私は再び三年一組の教室へとやってきた。校舎の一階は静まり返っていたこの前とはうって変わって、人がばたばたと出入りしていてやかましい。裁縫箱とか布を抱えて忙しそうだ。暑くなってきたせいかみんな上着は脱いでしまい、袖をまくっている人も多い。たいていは女子だけど男子も結構な数混ざっていて、それも意外な感じだった。いや、千海という例があるわけだから、手芸部員イコール女子というのは私の思い込みか。

 私は開きっぱなしの扉から顔を入れて、教室の様子を窺った。

「あの、すいませぶふぉっ!」

「おいエマぁ、なに笑ってんだよ」

 視界に飛び込んできた光景に思わず吹き出してしまった。いけないいけない。寒月先輩の目がマジになりかけている。

 でも仕方がない面もある。寒月先輩が教室の隅で、十字架にかけられたように腕を伸ばした状態で二人の女子生徒に両側から抱え上げられ、床についていない足をふらふらと揺らしながらされるがままに採寸されているのは糸の切れた操り人形みたいで面白かった。当の寒月先輩は不満顔でメジャーをあてられている。自分から私を引きずり込むかたちで承諾したくせにすでに後悔し始めている表情で、それも滑稽さに拍車をかけている。

 いまにも暴れだしそうな先輩の採寸を担当していたのは、やっぱり千海だった。彼は先輩の脚へあてていたメジャーをしまうと「もういいですよ」と声をかける。先輩はわざとらしく大きなため息をつきながら解放され、よたよた千鳥足で歩いて車椅子まで戻っていった。

「先輩、ちょっと歩けるんですね」

「二三歩くらいならな。医者が言うには、真面目にリハビリすれば杖ついて歩けるようになるらしいんだが」

「しないんですか?」

「車椅子があるのに必要ないだろ、めんどくさい」

 先輩はぎざぎざした歯を見せて笑った。暑いのかブラウスの胸元をつまんでばさばさとうちわ代わりにあおぐ。笑い方に力がないけど、話していてちょっとずつ調子が戻りつつあるらしい。だけど私の方を見ようとせずに、顔をそむけるようにしている。そういえば顔色が普段より明るいような。

「あっ、先輩メイクしてます?」

「ばぁっ……」

「気づいたみたいだね」

 先輩の顔が一瞬で沸騰して真っ赤になる。横合いから千海が顔を出して私に話しかけてきた。

「採寸する前にちょっとね。不機嫌そうだったから気分を変えてもらおうと」

 写真撮影でぐずる子供か子犬か、とも思ったけどその姿は容易に想像ができた。私は必死になって笑いを堪える必要があった。

 でもそれはさておいても、先輩に施されたメイクは見事だった。栞のときよりもさらにナチュラルメイクに寄っているらしく、よく見ないとメイクされていることにも気づかない程度だったけど、顔色が明るくなるだけで普段よりもぐっと綺麗に見える。薄いピンクのリップには目立ちすぎない程度にラメが入っていて、先輩が威嚇するように口を動かすたびにきらめく。それが先輩の凶暴さを完全に無にしていた。

「エマさんもしてみる?」

「え? いいの?」

 内心興味があった私は、心の中で飛び上がって食いついた。とはいえ化粧をされてしどろもどろな先輩の前なので表には出さずに。

「飛び上がってんじゃねぇぞ」

 あ、動作に出てた。

 千海は教室をきょろきょろと見回すと首を傾げた。

「……僕の道具箱は?」

「道具箱?」

「あぁ、あのクーラーボックスみたいに馬鹿でかい黒い箱か。そういえばさっきから見てないな」

 化粧道具を入れる箱ってそんなに大きいものなの? 業務用かな? という疑問ももちろん沸いたけど、それが見当たらないというのは気にかかる。私も千海にならって教室を見渡して探してみた。教室はミシンだとか素材の生地だとかが雑多に運び込まれ、机の配置も乱れてしまっている。布に隠れてしまっているのかな? 人も大勢いて、窓を開けているのに気持ち蒸し暑くすら感じられる。もしかするとその人たちの足元に紛れているのかもしれない。クーラーボックスくらいの大きさがあるなら、気の利かない人が椅子代わりにしているという可能性もあった。

 私は教室の中央にまで歩いて行って、視点を変えてみる。ひとつだけ、それっぽい黒い箱が目に入った。手芸部の部員らしい男子生徒が、モデル役なのか背の高い女子生徒と紙を広げて話し合っている。その後ろに、寒月先輩が言ったとおりの箱らしいものが見える。

「あの、ちょっといいですか」

「何かしら……あら?」

 返事をしてくれたのは女子生徒の方だった。顔を上げて、視線を髪から私へと移して動きが止まる。つんとすましたお人形のような顔、この暑くごたつくさなかにも上着を含め寸分の狂いなく制服を着こなす姿には見覚えがあった。

「伊藤先輩、でしたっけ」

「そういうあなたはエマ・オールドマンさんね」

 私は予想外の人物の登場に驚いて、口を開けっ放しにして硬直してしまった。一方の伊藤先輩はぴくりともしない。一緒にいた男子生徒が「知り合いか?」と声をかけてくる。

「ええ、ほら、この前の事件で」

「あぁあの」

 男子生徒の方も顔を上げて、私を無遠慮に眺めてくる。太っているというほどではないけど、肉がよくついていてずんぐりした印象。背は伊藤先輩よりも少し低い。制服のネクタイを外し、袖はまくって縁のないレンズがまん丸なメガネをかけていた。

「紹介しておきましょう。こっちは手芸部部長の御堂みどう三春みはる。私の衣装を作ると言って聞かない人」

「おいおい酷いな理好音りずむ! わざわざ俺が服を作るってのに迷惑そうに!」

 御堂先輩は見た目よりも甲高い声で叫ぶように言った。耳がキンキンする。手を大きく広げて困ったような表情をするさまはいかにも演技っぽい。ニイムラ先生と同じ系列の人か。伊藤先輩は迷惑そうに顔をしかめる。

「だってそうでしょう? 私もあなたの服のセンスが良くなければこんな面倒な人間に付き合わないわ」

「なぁ、俺の服は最高だろ……って、それじゃあまるで俺そのものはダメみたいな言い方じゃないか!」

 御堂先輩が甲高い声で笑った。伊藤先輩が目だけで「面倒でしょう?」と訴えかけてくる。私も視線だけでその主張に同意を返した。

「それで、エマさんは何の用かしら?」

「あ、そうでした。その後ろにある箱、千海の化粧道具入れじゃないかと思って」

「月島の? いや、これは段ボールだぞ?」

 御堂先輩が箱を持ちあげて見せてくれる。段ボールへ張り付くように黒い布がかぶさっているだけだった。なんだ、私はめんどくさい先輩に絡まれただけじゃないか。じゃあ早々に立ち去ろう。

「それにしても君綺麗だねぇ。理好音ほどじゃないけど。彼女につれなくされたら君をモデルにしようかな?」

 私の転進は間に合わず、先輩のマシンガントークに捕まってしまった。伊藤先輩が気の毒そうに私を見てくるけどこちらからちょっと距離をとっていて、助けてはくれないらしい。御堂先輩は私の周りをぐるぐる回って舐めまわすように見てくる。

「いやぁ綺麗な髪だ。艶やかでいい色をしてる。これだけ綺麗な髪を持ってるのは、この学校にはニイムラ先生くらいしかいないんじゃないのか?」

「は、はぁ……」

「そうですねぇ、エマさんの髪は先生と同じくらい長いですし」

 背後から聞き覚えのある声が、警戒するような色を伴ってやってきた。千海が私と御堂先輩の間に割って入ってくる。

「先輩、言ったでしょう。エマさんは僕のモデルですが」

「かぁっ! 両手に花かよ羨ましい! イケメンは役得だねぇ」

 先輩の大袈裟な反応に、千海は顔をしかめるだけで返事をした。こういうやり取りにももう慣れっこなのだろうか。彼は私の肩を掴んで、エスコートするように御堂先輩から引き離す。

「それで、僕の道具箱はあった?」

「ううん。違ったみたい」

「そうか……じゃあしょうがない。あれだけ大きいものだからどこかへ行ってしまうことはないだろう。採寸から先にしよう。上着を脱いで」

「お、今日のメインイベントが始まるぞ」

「あんまりじろじろ見ないでくださいよ」

 人のことになるとすっかり元気になる寒月先輩に煽られながら、私は上着を脱いでメジャーを持つ千海の前に立った。彼は腕組をして、視線の角度を変えたり、時々イメージを膨らませるように目を閉じたりする。御堂先輩のときのような不快感はないけど、やっぱりまじまじと見られるのは恥ずかしい。

「それじゃ、採寸を……」

 始めようか、という彼の言葉は、廊下の方で爆発的に大きくなった騒ぎ声に遮られてしまった。私も千海も、寒月先輩も思わず声のした方を見る。教室のほかの人たちも同じだった。騒ぎ声には緊迫した雰囲気はなく、どちらかというと盛り上がるような印象を感じる。その群がるような声の波は教室へと近づいてきていた。

「来たか」

 千海は心当たりのあるような、苦々しい顔をして呟いた。言い終わるのとほぼ同時に、教室の入口に騒ぎの主が現れて声量がさらに大きくなった。

 教室へと入ってきたのは、浮ついた空気をまとった男子生徒とそれに付き従う数人の女子生徒の群れだった。男子生徒は元々なのか染めているのか茶色っぽい髪をワックスでつんつんにしていて、制服のシャツは第二ボタンまで開いてしまっている。その彼にまとわりついている女子生徒は彼へ何かをねだるような声で言っていた。

「ねぇ本当にモデルがあれでいいの?」

「私もモデルになりたいー」

「ほら煩いぞお前ら。散った散った」

 男子生徒は鬱陶しそうに手を振って取り巻きを追い払うけど、その声にはまんざらでもないような響きがあった。彼の様子を眺めていた手芸部の生徒たちは、御堂先輩まで含めてみんな呆れたようなうんざりしたような顔をしている。特に千海の彼を見る視線には敵意すらこもってように見えた。

「千海、知ってるの?」

「おお月島! 元気してるか?」

 寒月先輩に聞いても碌な答えが返ってきそうになかったので、私は千海にあの男子生徒のことを尋ねようとした。だけど彼が答えるよりも先に向こうから大声で話しかけてくる。手を振ってフレンドリーな雰囲気を出そうとしているが、あまりいい感じはしなかった。

芽山めやま|先輩。満足のいくモデルは見つかったんですか?」

「あぁもちろん。度肝抜くぞこいつは。おいっ!」

 芽山先輩とやらは、さっき自分が入ってきた教室の扉を横目に、乱雑に呼びかけた。入口の陰から小さな頭が控えめに覗く。知っている顔だった。この前見たときとは違って眼鏡をかけているけど。

「栞?」

「栞さん?」

「知ってるのか二人とも?」

 今度は寒月先輩が尋ねる番だった。教室の華やかで騒々しい雰囲気に圧倒されてしまっているようで、栞はなかなか教室へ入ってこない。芽山先輩が少し苛立ったように手招きすると、ようやく細い足でつり橋を渡るように歩き始める。

 私は先輩に「うちのクラスの子です」と耳打ちした。先輩は何かを察したようにははぁと呟き、思案するように腕を組む。

 栞が近づいてくると、芽山先輩は彼女の肩へと手をまわして軽く抱き寄せた。栞の体が強張る。千海の顔の険しさが増す。

「どうだよこの美人。廊下ですれ違ったときはびっくりしたもんだ。まさかこんな田舎の高校でダイヤの原石を見つけるとはな。いまは野暮ったくてダサいが俺の手にかかればみちがえるってもんだ」

 千海は芽山先輩に向かって何かを言おうと口を開くけど、すぐに考え直したように閉じた。その代わりに、視線を芽山先輩の腕の中でかちこちになっている栞へと向ける。

「……芽山先輩のモデルに、なりたいのか?」

「あっ、えっと」

 栞はあいまいに、どうとでもとれそうな頷きかたをした。顔が赤くなって額からは汗が噴き出ている。千海にメイクをされたときと似た反応だけど、こっちのほうが気まずそうだった。千海は栞の答えに納得していないのか、怪訝そうな顔を彼女に向けた。

「そういえばお前ら同じクラスだったよな? 嫉妬すんなよ月島。抜群の素材に気づかなかっ痛い!?」

 芽山先輩の無遠慮な演説は突然中断された。自信満々だったはずの先輩の顔が驚きと苦痛に歪む。彼の視線を追うと、その先にはいつの間にか接近していた寒月先輩がいた。先輩は器用に車椅子を操り、重たい車輪で芽山先輩の足をひき潰していたのだった。

 先輩の顔は、初めて会ったときと同じく邪悪で取って食われそうな妖怪のそれになっていた。

「はっ! どうも臭いと思ったらそういうことか! 芽山ぁ、お前そこのファッションショーより図書室か病室の方が似合いそうな清楚系後輩女子を無理やりモデルに誘ったんじゃないのか? お前みたいな脳みそに布の切れ端しか詰まってない勘違い野郎がいかにもやりそうなこった。ダイヤの原石を自分が綺麗に磨けると思い込んでやがる!」

「なにを、てめっ……」

 寒月先輩の罵倒に何とか反論しようとするも、芽山先輩は足へ走る激痛に飛び回っていてろくに口がきけなかった。私はさすがに足が骨折してないといいなと心で思いつつその滑稽な仕草を眺めた。

 芽山先輩が暴れるおかげで、栞から彼の腕が離れた。その隙に栞の間へ割って入る人影があった。伊藤先輩だ。

「珍しく寒月と意見が一致したわ。あなたの動向は前々からこちらでも問題視されているから。先輩であることを盾に後輩に無理強いするなら私も許さないけど?」

「んなことしてねぇよ! そうだろ?」

 ようやく痛みから回復した芽山先輩が、栞へ向かって言った。その場にいる全員の視線が彼女へと注がれる。栞は困ったようにおたおたと目線を泳がせて、泣きそうな顔で結局またあいまいに頷くだけだった。

「そうか。じゃあそうなんだろ」

 寒月先輩はさっきまでの極悪フェイスをすっと引っ込めて、あっさり言う。一方伊藤先輩は栞を疑うような目で見たけど、諦めて引き下がった。二人が戦闘態勢を解除したことを見ると、芽山先輩は安堵のため息をつく。

「ほら行くぞ。さっさと採寸済まそうぜ」

「……はい」

 この場では作業しにくいと思ったらしく、芽山先輩はさっさと教室を出て行ってしまった。栞も私たちと芽山先輩を交互に見ながら、ばたつく足取りで彼へついていく。

「よかったんですか? 先輩」

「しょうがないだろ。本人がやるって言ってんだから」

 寒月先輩の口調はさっぱりしていて、思惑が外れた苛立ちのようなものは全く感じられなかった。彼女は車椅子を旋回させて元の位置へと戻る。

 先輩は納得しているようだけど、私はやっぱり栞が心配だった。千海や伊藤先輩も同意見らしく、煮え切らない表情をしている。

「でも、先輩」

「仮に今回私たちの力でどうにかしても、次やそのまた次までどうにかできるわけじゃないだろ。一生張り付くわけにもいくまいし。結局は自分で言うべきことは言えるようにならないとな。そら、仕事の続きだ千海」

 私が言う前に、先輩は強引に結論を下して話題を打ち切った。

 結局、自分でできるようにならないと。それ自体は正しいことで、だから私も千海も反論できなかった。


 正午を少し過ぎたくらいに、私の採寸はようやく終わった。いくら何でも時間がかかりすぎだと思うけど、これは千海が肘から手首までの長さとか首の長さといった細部まで綿密に測ろうとしたからだ。

 どうも寒月先輩も同じように測られたらしいけど、その執拗さは先輩のときの方が凄かったようで、車椅子の座席から足を置くステップまでの距離とかまで測っていたらしい。そりゃ、不機嫌にもなろうというものだ。

 それだけ時間のかかった作業だったから、全て終わって千海がメジャーをしまったときに、私は「終わった!」と声を上げていた。

「あぁ、やっと終わったか」

 最初は私がいいようにあれやこれやと測定されるのを面白おかしく眺めていた先輩も、三十分くらい経ったころには飽きてしまっていてピコピコとゲーム機を弄り回していた。先輩はそれを車椅子のサイドについている小物入れに片付けると大きく伸びをする。

「お腹空きましたね。お昼にしましょうよ。学食開いてるんですよね」

「そうだな。千海、お前も一緒に」

 先輩の言った「どうだ」の部分は聞こえなかった。スマートフォンからけたたましいサイレンが鳴り響いたからだ。私のだけじゃなく、教室にいる全員の携帯から。甲高く繰り返されるその音は、正体がわからないままに心をざわつかせる。時が止まったように全員が硬直する。

 一番に動き出したのは伊藤先輩だった。隣に座っていた御堂先輩を突き飛ばすように立ち上がると吹雪のような素早さで教室を出ていく。

「え、なに? なに? 緊急地震速報?」

「違うぞエマ! 死体発見アラートだ! 三階の男子トイレ! この真上だ!」

 アラームが鳴り終わり、耳鳴りとして張り付く。先輩の叫び声が遠くに聞こえるようだった。

 千海が駆け出す。先輩に目で合図されて、私もその後を追った。スタートダッシュが遅れてしまったけど、彼には階段を駆け上がるところで追いつけた。そのまま階段を二段飛ばして千海を抜かし、三階までたどり着く。

 私は保健室登校ばかりしていたせいであまり校舎の作りを理解していなかったけど、三階の男子トイレがどこにあるかはすぐに分かった。廊下の真ん中で栞が崩れ落ちていて、伊藤先輩に支えられていたからだ。

「栞っ」

「栞さん?」

 私と千海の声が重なる。駆け寄ると、彼女はただでさえ白い顔を真っ青にして震えていた。力なく指さす先は男子トイレのなか。

 私と千海は恐る恐る中を覗き込んだ。入口のそばで知らない男子生徒が呆然と突っ立っている。

 その眼前、トイレの一番奥に死体はあった。

 芽山先輩だった。がっくりと力なく、肩と腕をだらりと下げて座っていた。

 クーラーボックスくらいの大きさの、黒い箱の上に。

「あれ、僕の化粧道具入れ……」

 千海が言った。

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