7. You are the murderer!
「はぁ?」
第一声は相田先輩だった。隣で宣告を受けた金沢先輩と、指を突き付ける寒月先輩とを交互に見る。
「なんでそうなるの? なんで蘭々が犯人なんかに……」
相田先輩は青ざめて口をパクパク動かした。金沢先輩はむっつりと黙り込んで俯いている。田淵先輩が何か言おうと動き出すけど、それより先に寒月先輩が「順を追って説明しよう」と制した。
「まずカギをどのタイミングで調達できるかだ。カギは大抵、肌身離さず持つものでそうほいほいとそこら辺にほっぽらかすものじゃない。だから盗むことのできるタイミングは非常に限られてくる。一方原付そのものの方はいつでも、例えば昼休みの間とかに準備して隠しておくことが可能だ。動かすだけならカギはいらないし、通勤にしか使わないから犯行までばれることもない。チェーン錠みたいにタイヤを固定するものはなかったんだろう?」
私は黙って頷いた。
「問題はカギをいつ盗むかだ。持ち主がいつも服のポケットに入れているなら隙をついてすることができるし、これなら盗んでもしばらくは気づかれない。気づいてもどこかに落としただけと思うだろう。だがカギの所有者が女性となると話が違ってくる。家や自転車のカギくらいならまだしも、原付のカギくらいごついものになると女性ものの服についているポケットでは収納に難儀することが多い。だからこのカギの持ち主はおそらく、多くの女性がそうするようにバッグの中に入れて自分のデスクに放置していた。職員室のデスクにな。
だからカギを盗むタイミングは非常に限られてくるはずだ。本人が職員室におらず、かつ盗んでいる場面を見られない程度には人が少なくなる時間。自分が自由に動けて職員室に入っても不自然じゃない時間は、放課後しかない。危険な学校に放課後までいたくないのは教員も同じってわけで、その時間は職員室も人が少なくなるからな」
「でも、放課後なら誰でも盗めたんだろう? 全員に殺害できる程度のアリバイの不確かさがあったんだ、カギを盗むこともやはり誰にだってできた」
「いや、違うんだよ田淵。確かにアリバイはみんな怪しい。だが容疑者の中に一人だけ、体育館から出た人間がいる」
「映画研究部の映像……」
声の主は金沢先輩だった。
その言葉は敗北宣言のようにも聞こえた。
あぁ、きっとアプリに証拠があがった時点で、予感はしていたんだろう。
「その通りっ! ほかの全員は正面玄関にいたダンス部と渡り廊下の映画研究部によって体育館から出ていないことが確認されている! お前だけだよ! あの時間に外へ出た人間は! おおかた殺人現場へ行ったことがばれないようにするのに必死で、そっちに頭がまわってなかったんだろうな。精密機械ほど壊れやすいのと同じように、精緻な計画ほど瓦解しやすい!」
「ま、待って寒月! たったそれだけの証拠で蘭々を犯人にする気? 渡り廊下を通ったってだけで?」
「そうだ寒月! そもそも本当に原付を使ったかもわからんだろ! ほかの方法かも……」
激した相田先輩に田淵先輩が加勢する。寒月先輩は二人を冷たい目で見て、どっちの味方だよとぼやく。
「じゃあとどめを刺してやるよお前ら! 撲殺なのに血が遠くにまで飛び散っていたのはなぜだ? その場所で最初の一撃を加えたからだよ! ほら、血痕はお前の足元だ! マシンのそばにあった黒い傷は? タイヤが擦れた後だ! 事件に使われなかったのならこの原付は昨晩どこへ行ったんだ? シートの下へ収められていたロープはどこから沸いた? それに相田ぁ、昨晩正面玄関に来たお前はくしゃみを連発してたよな? その理由は? さっきも言ったように原付の隠し場所が階段下のガラクタ置き場だったからだよ! 原付を隠すために埃まみれの場所を引っ掻き回したんだ。お前がアレルギーを持ってるハウスダストがそこらじゅうに飛び散ってたんだ!」
寒月先輩が短く息を吐く。もう田淵先輩は何も言わなかった。相田先輩は寒月先輩に反論する代わりに、金沢先輩の方を向いていった。
「なんで……なんで樹里を殺したの? 同じクラスだったのに……」
「……仕方なかったのよ。私の家はお金がなくて、しかも母親が病気だった。一億円あればいろんな問題が一気に解決した……そうやって思い詰めてたときに、この部屋に一人でいる樹里を見て、衝動的に……」
「母親の病気云々はさておくが、衝動的だってのは明らかに嘘だぞ」
金沢先輩にも事情があったのかもしれないとわずかに傾いていた私の思いを、寒月先輩の冷徹な声を引っ張り戻した。
「さっきも言ったように、原付のカギを盗むことのできる時間はわずかだ。しかも誰がどの原付の所有者か知っていて、どこにカギを収納しているか知らなきゃこのトリックは実行できない。そうだな、下調べにおおよそ一か月ってとこか? つまりお前はMCPが発令された最初っから虎視眈々と計画を練ってたんだよ」
「貴様ぁっ!」
しおらしくしていた金沢先輩の豹変は一瞬だった。獣じみた跳躍力で空を飛び、寒月先輩に迫る。私は咄嗟に、先輩の前へ出て庇おうとした。けれどそれよりも早く、まるで準備していたかのように速やかな動きで飛び出した影があった。
飯山先輩だ。袴を翻して金沢先輩に迫り、彼女の左腕と胸倉を掴むと床へ全力で叩きつけた。鈍い音が響く。
飯山先輩の攻撃に気を取られていた私はバランスを崩し、寒月先輩の車椅子に躓いて床へ転がってしまった。体が空中で反転して背中をしたたかに打つ。俯せにひっくり返る私を先輩が呆れた、でもどこか愉快そうな顔で見ていた。自分が襲われたことなんて気にしてないようだ。
「何やってんだよ」
「痛い……」
「いいとこ見逃すぞ」
寒月先輩が指さす先では、飯山先輩がまさに金沢先輩へ殴りかからんとするところだった。振り上げられたこぶしがあとは落下するだけ。私は頭がごちゃごちゃになって、ただ「先輩!」とだけ叫んでいた。飯山先輩なのか寒月先輩なのか、あるいは金沢先輩なのか誰のことかさっぱりわからないまま。
飯山先輩が私を見た。遅れて金沢先輩も。飯山先輩の目は燃えるように輝いていて、その後ろに別の誰かが潜んでいるようだった。先輩の顔は実は精巧なマスクで、裏に本当の誰かがいるような。
金沢先輩の目も同じだった。いまの金沢先輩は誰かが被っている着ぐるみで、本物は別にいるんじゃないかと思ってしまう。一方は殺人犯で、もう一方は友達を殺された側なのに。どうしてこんなにも似てるのだろう。
きっとすぐにこぶしが振り下ろされる。そして金沢先輩の顔が潰されるだろう。予感していたけど私は目が逸らせないでいた。首が固まって動かず、瞼は引きつって開いたままだ。目が乾いて涙が出てくる。地獄のような時間。
だけど、いつまで経っても飯山先輩は金沢先輩を殴りつけなかった。次第に瞳に灯っていた炎が消えていく。先輩の腕は力を失って、ゆっくりと枯れた花のように落ちた。
「……後輩が見てる。そのことに免じて手は出さないでおいてやる」
飯山先輩は立ち上がり、しわがれた声で言う。ゾンビみたいな足取りで離れると、床へ崩れ落ちた。
「二度と、この学校に近づくな。もし見かけたら、今度こそ私はお前を殺す」
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