4. The Little "Purple" Cell
「この声は……!」
正体不明の声を聞いた田淵先輩の行動は速かった。みんなに背を向けて駆けるようにトレーニングルームから飛び出していく。私たちは突然のことに戸惑いつつ、彼の後を追った。
ちなみに、私たちが走っているあいだじゅう、高笑いは途切れることなく体育館に響き渡った。音量の大きい笑い袋が壊れて鳴りっぱなしになっているみたいだった。
「はーっはっはっは……げほっ! けほっ!」
あ、むせた。
私たちはジムから出て体育館の正面玄関に向かうと、田淵先輩がそこで立ち止まっていた。彼の面前にはこじんまりとした人影がある。近づいていって覗き込むと、小柄な少女が電動車椅子に乗っているのが見えた。
ただ、小柄な少女は一目でわかるほど尊大だった。田淵先輩も無遠慮というか傲慢なふるまいだったけど、彼女のそれは度を越えているだろうと、まだ会話もしていないのに予感できた。少女は田淵先輩を、車椅子に座りさらに一段低くなっている玄関にいながら、位置関係的には見上げているにもかかわらず見下すというウルトラCもやってのけている。その細い足を高々と足を組んでいないのが却って不自然だった。
「寒月……てめぇか……」
「田淵ぃ、お前の首から上は飾りかぁ? 『これらのことから論理的に導かれる結論は、あなたが犯人だということだ!』だってよ! そのときのお前の顔が見れなかったのが一生の不覚だな。珍しくこの足を呪ったよ全く。リハビリしとけばよかったって後悔したのはこれが人生初かもしれん。快挙だぞ田淵、あたしに悔やませるなんて。めったにない! ところで論理的って意味知ってんのか? 知ってようが知ってまいが、どっちにせよ七つの辞書で調べなおすんだな。ウィキペディアは使うなよあれはでたらめだ。漢字はわかるか? 言論の論に理科の理だぞ? 小学生に戻って思い出せ? わからないなら漢字辞典も追加だ! しっかしこれなら小学生どころか幼稚園児の方がそれらしい答えを導けるぞ。あるいはコイントスの方が真犯人に的中する確率が高い! お前の頭脳はコイン以下だな! ジュースも買えやしない。一円玉でもねじを締めるのに役立つぞ。頭のネジを締めたほうがいいんじゃないか? 貸そうか? 安心しろ兄貴の一円玉貯金をパクってきたからなコインはいくらでもある。慈善団体に寄付でもする気だったのかよまったく。そんな金があるならあたしに新しいゲームでも買ってくれってんだ。何の話だっけ? そうそう、お前の頭の話な。寒月家の仲睦まじい兄妹の話じゃない! 話を戻すぞ。頭が飾りならもうちょっとかっこいいのをお母さんに頼むんだったな! あるいはあたしがいい整形外科クリニックを紹介してやろう。なに遠慮するな、こんな境遇だからあたしには医者の知り合いが大勢いてね。Yesなんちゃらクリニックって医者とも知り合いだ。ついでだから脳神経外科も教えてやろうか? 最近はいい薬も出ているし簡単にお前の頭もよくなるかもしれんぞ。いやいい時代に生まれたものだなお互い! 科学最高! ふぅ!」
「す……」
すごい、と私は思っていた。おもりを持ち上げた鮫島先生を見たときと同じような気分で。なんでこの人はこんなにスムーズに人を馬鹿にする言葉が出てくるのだろうか。あとお兄さんに一円玉貯金を返してあげてほしい。
田淵先輩は車椅子の少女の言葉を聞きながら、何も言い返せないでいた。いや、決してでたらめで意味をなさない言葉の波に圧倒されたわけではないと思う。ただ下手な反論をすれば三十倍になって返ってきそうで、口を開けないのだ。
「お前が馬鹿でかい声で喋ってたから話はここからでも聞こえたよ。被害者がやたら重いものの下敷きになって死んでいて、それを持ち上げられたのが鮫島先生だけだった、だから鮫島先生が犯人? 馬鹿も休み休み言えまだ火曜日だ。まったく、あんな馬鹿な推理よく得意げに話せたな。私なら目についた穴へ速やかに飛び込んで半年は出てこないね」
「寒月お前……俺の推理のどこが馬鹿だって?」
寒月という少女は、にんまりと笑った。夜に出会った気絶しそうなほど恐ろしく、大きな口だ。琥珀色の目が白い照明をぎらぎら反射しているのも、彼女の化け物っぽさを加速させている。
「じゃあ説明してやるよ田淵ぃ。もし鮫島先生が犯人なら、なんでわざわざみんなの前でおもりを持ち上げるなんてまねしたんだ? 自分が犯人ですって言ってるようなもんじゃないか。そこはできないふりをすべきだろう? 鮫島先生が無警戒にもそういう行動をとったのはむしろ犯人じゃない証拠だ」
「あ、そうですよね」
思わず呟いてしまった私を、ぎょろ目が捉える。怖っ。私はそろりと横歩きをして鮫島先生の背後に隠れ、その威圧が過ぎる視線から逃れた。
田淵先輩はまだ諦めていないのか、勇敢にもぎょろ目お化けへ立ち向かっていった。
「寒月、だがなぁ、被害者は確かにおもりの下で死んでたんだぞ。ってことは誰かが持ち上げたのは揺るぎない事実だ。この容疑者のうち、鮫島先生以外の誰があんな重たいおもりを持ち上げられたんだ?」
「揺るぎない事実、ねぇ」
寒月は質問に答える代わりに鼻で笑って、ブレザーの内側を探った。中から小さな紫のデジカメが出てくる。寒月は「エマっ」と短く言ってそれを私の方へ投げてきた。
なんで私に。
「エマ。それで現場の写真を撮ってきてくれ。気になるものはなんでもな。私はもう帰らないといけない」
私は身をかわしたい欲求を堪えて、辛うじてデジカメをキャッチした。
「あの、なんで私の名前を……それに自分で現場を見ないんですか?」
「あたしは他のと同じ三年だからな、エマなんて名前の奴は顔を知らないお前しかありえない。それに現場を見たいのは山々だが、あれなもんでな」
寒月先輩(らしいので)は玄関の隅を親指で指した。そこには木製のスロープが設置されていた……のだが、それは真ん中のところで真っ二つに折れてしまっていた。薄いベニヤ板がばっきりと裂け、方々に破片をばらまいている。
「酷いな、誰がこんなことを。昨日は壊れてなかったはずだが」
「だろう? 元々ちゃちな作りだったからいつかあたしが昇ってる最中にでも壊れるじゃないかと思ってたが、まさか知らないうちに割れちまうとはな」
鮫島先生の憤慨するような口調に、寒月先輩が同調した。っていうか先輩は先生に対してもそんな口調なんだ……。
寒月先輩はそれだけ言うと、車椅子をくるりと反転させて私たちに背を向けた。そのままレバーを倒して、車椅子を発進させてしまう。
「おい寒月! まだ話は終わってないだろ!」
「あーはいはい。お前の質問には真犯人発表のときにいくらでも答えてやるよ。そうしないと二度手間だろ。めんどくさい。解散解散。あたしヘルパーさん三十分くらい待たせてんだよ」
寒月先輩がアクセルを入れると、車椅子はモーター音を響かせて進み始めた。思いのほか速く、あっという間に小さな背中は夜の闇へ消えて見えなくなってしまう。後には、台風が過ぎ去ったあとみたいに静かな私たちだけが残される。本当に嵐みたいな人だった。
静寂を割ってくしゃみが響いた。相田先輩が鼻をすすっている。
「なんかここ埃っぽいのかな……もう帰っていいよね」
相田先輩は田淵先輩の答えを聞く前に歩き始めた。金沢先輩もそれに続く。伊藤先輩は田淵先輩の背中を叩いてそそくさといなくなった。その田淵先輩も諦めがついたのか、私に向かって「あとでまた話を聞くからな」と、さっきまでの勢いが嘘のように小さな声で言って消えた。残ったのは私のほかに、長瀬先輩と飯山先輩、それと鮫島先生だった。
「……エマさん、だったか。この後はどうする気だ?」
飯山先輩は困ったような気の抜けたような顔をして言う。さっきまで友人の死に打ちひしがれていたのに、突然の暴風雨のせいで悲しみも流れてしまったようだ。堂々巡りの議論も打ち切れたし、そう考えると寒月台風の上陸も悪いことばかりではなかったのかもしれない。変な仕事は押し付けられてしまったけど。
「えっと、とりあえずあの寒月先輩? の言う通り写真を撮ろうと思います。何もしないのは、やっぱりこう……」
「はぁ、そうね……私も付き合うわ。あいつの言うことだし」
長瀬先輩の言いようは、どこか寒月先輩のことを知っているような響きがあった。それが気になったけど、私よりも先に鮫島先生が口を開いた。
「三年が二人もついてれば安全か……悪いみんな。私は残った仕事もあるし校舎の戸締りも確認しないといけないから職員室に戻ってる。終わったらそのまま帰ってくれていいから」
「はい、先生。じゃあエマちゃん、行こうか」
私たち三人は、先生と別れてトレーニングルームへ戻った。扉を開けっぱなしにしていて時間が経ったおかげか、むせかえるような死の臭いはかなり薄らぎ呼吸がしやすくなっていた。とはいえ部屋の真ん中には酷い有様の遺体が放置されていて、ここが殺人現場であることを否応なく突き付けてくる。それを見ると悲しみがぶり返すように、飯山先輩の顔が曇る。
「エマちゃん。早く写真を撮って、樹里には何か覆いを被せてあげようか」
「そう、ですね……」
私は長瀬先輩に促されて、カメラを遺体に向けた。寒月先輩が託してきたデジカメは電源を入れるとすぐに起動するけど、液晶の画質があまり良くないように感じられて、ちゃんと写真が撮れているか不安になった。スマホでも念のために撮ろうかと思ったけど、自分の携帯に殺人現場の写真が入っているのはぞっとしないと考え直してやめた。
私は写真を撮るために、遺体を、被害者の須藤樹里を改めてまじまじと観察した。寒月先輩にわざわざ「気になるものはなんでも」と言い含められていたので、遺体に変なところがないか慎重に探す。須藤先輩は有名なメーカーのロゴが入った、黒地にピンクのアクセントがあるジャージを着ていた。飯山先輩と同じく市販のもの。後頭部はつぶれてへこんでいるように見えるけど、出血がひどく真っ赤になっているせいで、こう言っては何だけど幸いなことに傷口はよく見えない。それ以外の傷は特になさそうだった。
私はとりあえず、頭だけではなく体のそれぞれの部位も写真におさめておいた。肌の色は真っ白で生気がない、死人のそれだったけど、そのことを除けば綺麗なもので死に至るほどの暴力をその身に受けたとは思えなかった。
「はい……できました、先輩」
「そうか。しかし何か被せるといっても、ここには何も」
私は写真を撮り終わると、飯山先輩に声をかけた。先輩は須藤先輩の遺体に被せるものを探してあたりを見回すけど、ここには特に使えそうなものはなかった。バランスボールとかダンベルとかそんなものばかり。器械に被せておくシートとか一枚くらいありそうなものだけど。
「じゃあこれは? ちょっと埃っぽいけど」
いつの間にか部屋の外へ出ていた長瀬先輩が、厚手の緑色のシートを抱えてきていた。先輩の言う通り埃が積もっていて、茶色になっている部分もある。
「何もないよりましだ。どこにあったんだ?」
「階段下のスペース。ほら、なんか物置みたいになってる場所」
飯山先輩が手伝って、シートを遺体に被せた。長瀬先輩が言っているのは、たぶん私と鮫島先生が降りてきた、正面玄関の横にある階段のことだろう。確か踊り場の下には空間があるつくりになっていたような。
私はシートを被った遺体も一応写真に撮っておいた。
「あとは、現場の写真を撮ればいいのかな?」
「そうですね。とはいっても……」
私はトレーニングルームを見渡した。気になるもの……といっても、殺害に使われたマシンを除けば何か不思議なものがあるわけではなかった。適当にマシンの間をぶらついてみるも、物陰に何かの細工に使った道具が落ちているわけでもない。強いて言うならマシンから数歩離れたところに血痕が点々と残ってるくらいかな。私たち三人は、何か手掛かりになりそうなものを探し、無言で部屋をうろついた。
「……そういえば、長瀬先輩」
「うん?」
「寒月先輩のことをご存じなんですか? なんか知っているようだったので」
初対面の先輩二人と無言でいることに耐えかねた私は、さっき気になったことを聞いてみることにした。すると長瀬先輩は、ちょっと困った顔になって飯山先輩と目を合わせる。
「うーん、そんなに知ってるわけじゃないんだよね……クラスは一緒になったことないし。でも有名で」
「有名?」
「ほら、車椅子だろ? それにあの態度だ。どうしても目立つ。だからああいう生徒がいることはよく知られてるんだ。どんな奴なのか知ってる人間は多くないだろうが」
飯山先輩が引き継いで説明してくれた。確かに、車椅子のような大勢の生徒とは違う特徴を持っていれば目立って仕方がないだろう。ちょうど、金髪の私が目立ちいろいろな人に知られてしまうようなものか。みんな私の名前を知っている……というか、名前くらいしか知らないのに、私を見ると「ああ、あの」という反応なのだ。もちろん私は、相手の名前を知らない。向こうは知っているのにこっちは知らないというちぐはぐした状況は居心地が悪かった。
「だけど、寒月が有名になったのは車椅子が原因じゃないわ。四月の事件がきっかけよ」
私が寒月先輩の境遇に思いをはせていると、長瀬先輩が口を開いた。四月の事件という言葉が私の胸に突き刺さる。何度でも。
「四月の事件っていうのは……赤崎高校第一事件ですか?」
「そう。MCPは本来、事件の発生から捜査するための時間を2週間とることになっているんだけど、寒月は最初の事件を三日で解決してしまったのよ」
「三日で……」
三日。それがどれほどすごいのかは、事件をほとんど記憶していない私にはよくわからなかった。ただ長瀬先輩の口ぶりと、それを聞く飯山先輩の反応からそれが驚嘆すべき成果なのだろうと察するしかない。
思えば、私は美亜が死んだ事件のことをほとんど知らない。知らないまま、二つ目の事件にかかわっている。カウンセラーの先生からは無理して知る必要はないと言われたし、私も美亜を殺した犯人を知るのは怖かった。だって、昨日まで普通に話していた誰かが美亜を殺したかもしれないから。友達が突然死んでしまうのも怖いけど、突然殺人犯になるのも怖い。自分の背後にプレデターがいたと知るようなものだ。それに美亜を殺した犯人のことを聞いたとき、私がどう反応するかも不安だった。どうしていいかわからない。どうするのが正解なのかわからない。殺してやりたいと思えばいいのだろうか。美亜がいなくなってただでさえ辛いのに、これ以上そのことに関係する何かに向き合える気がしない。
「そういえば、私、エマちゃんのことも知ってるよ」
長瀬先輩の言葉に、私は心臓が飛び出そうになった。私を?
「どういうことですか?」
「ほら、あなた中学校の頃はバトミントン部だったじゃない? 私もそうだったから。強い新人がいて、しかも金髪で目立ってたからよく覚えてるんだよね」
なんだ。バトミントンの話か。私は長瀬先輩の言葉に胸を撫で下ろした。話の流れから、てっきり美亜の事件のときに私が覚えられるほど何か目立ったことをしてしまったのかと不安になったけど、違ったようだ。
長瀬先輩はどぎまぎする私の様子に気づかないまま続けた。
「あなた、高校ではバトミントン部に入らないの? 学校で見かけて、てっきり入るものだと思ってたけど」
「そうですね……私もそのつもりだったんですけど、美亜の……あっ、初めの事件の被害者の子、私と同じ中学校で、それでショックが大きくて色々ばたばたしたこともあって……結局部活は後回しになってましたね」
「そうか……まぁ、それなら仕方ないだろうな」
飯山先輩が俯いて、抑えつけるように言った。きっと自分と重ね合わせているのだろう。長瀬先輩は「そう」と呟いて、明るい笑顔を作った。
「でもエマちゃんならすぐに練習に追いつくよ。地区大会で優勝するレベルなんでしょ?」
「いや、まぁ……でも県大会ではぼろ負けでしたけどね……」
「よくあることだな。私も似たようなものだった」
飯山先輩の笑い声につられて、私も笑った。それでちょっと肩の荷が降りたような気分になった。
私たちはそれからしばらく、トレーニングルームをぐるぐると巡ったけど結局大したものは発見できなかった。私は何も見つからなかったのかと寒月先輩に詰められないように、床についていた黒い跡とか、壁のひっかき傷のようなものを写真に収めておいた。けれどもそれが何かの役に立つとは思えなかった。
そうした、意味があるかどうかわからない作業が終わると時刻は二十時近くになってしまっていた。私たちは更衣室から各々荷物を持ち出し、体育館の正面玄関に集まった。もう私たち以外に誰もいない、上下左右にひらけた空間は埃っぽく、寂しく感じられた。寒月先輩の大騒ぎがあったあとだと余計に。
玄関から外へ出ると、外は真っ暗だった。目の前に広がる駐車場を照らす僅かばかりの街灯のほかには、光を発するものは何もない。田舎にポツンと建設された高校なので周囲に民家も少なく、駅までの道もずっと暗いのだ。
「……速く校舎から出よう。誰かに襲われてはかなわない」
「ちょっと照音、怖いこと言わないでよ」
「私は真剣だぞ。この校舎は今年いっぱい、殺人が許容された空間なんだから」
飯山先輩の低い声に、私は震えあがった。鮫島先生が言っていた「二人もついてれば安全か」はこういう意味だったのかと今更気づく。思えば体力テストをしているときも、部活をしているほかの生徒をほとんど見なかった。みんな授業が終わった途端に帰ってしまったのだろう。校舎から出ればそこは法律の届く空間で、殺人事件を生徒に解決させるなんて狂った事態にはならないから安全なんだ。
「は、早く行きましょうよ……」
私は先輩に言うと、早足で歩きだした。体育館から校門までは真っすぐ行ってすぐだ。間には駐車場しかなくて視界も開けているから、物陰から不意打ちを食らう可能性も低い。遠くから走って襲撃されても、私たちの走力なら全力疾走で校門まで逃げられるはず……。
「あら、エマさんどうしたのこんな時間に」
「ぎゃー!!」
そんな物騒なことを考えながら歩いていたせいだろう、私は夜闇からぬっと現れた人影に気づかなかった。近い距離で声をかけられて、思わず女子にあるまじき悲鳴をあげてひっくり返ってしまった。先輩たちが私の声に驚いて駆け寄ってきてくれる。
現れた人影は確か……そう、英語の先生であるニイムラ先生だった。キラキラした長髪をなびかせ、常にテンションが一段高いので私が苦手な相手だ。単に英語ができないからというのもあるだろうけど。「イギリス人なのに英語できないのかよ!」って言われるから余計に。「日本語上手ですね」はよく言われるんだけど……。
「す、すいません先生……暗いところから突然だったのでびっくりしちゃって……」
「まぁ大丈夫エマさん? 怪我してない?」
「まったく、こっちがびっくりしたぞ」
私は飯山先輩に引っ張り起こされて立ち上がった。驚いた拍子に抜けてしまったのか、足腰ががくがくしている。ニイムラ先生は手を伸ばして、私のスカートの裾についた砂を払ってくれた。
「もう遅いから、早く帰りなさいよ」
「はい先生。ところで、先生はこんな時間まで仕事ですか?」
長瀬先輩が尋ねると、先生は海外ドラマの俳優みたいにわざとらしく顔をしかめた。
「そう……ね。ちょっと立て込んでて。それに帰ろうとしたらバイクが見つからないよの」
「バイク?」
「バイクっていうか、日本語で言えば原付かな。そう、いつも使ってるのに。カギもどこかへいっちゃったし、参ったわ。タクシー呼ぼうかしら」
そう言って先生は肩をすくめた。
「いたずらですか……にしては地味な」
私は合いの手を入れようとしたが、どうにも気のない感じなってしまった。変ないたずらもいいけど、そろそろ親が心配しそうな時間なので帰りたかった。
「……そうだ。立ち話してないでもう帰らないとね。三人とも、グッバイ! あ、忘れるところだった」
ニイムラ先生は私たちへ背を向けかけて、またくるりと反転した。水晶みたいな瞳が私を射抜く。
「エマさん。明日は英語の補講をするから、ちゃんと宿題をやってきてね」
「あっ」
忘れてた。
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