第4話 立夏②

 視界が暗転し、一瞬で僕は日常から切り離される。前回と同じく見渡す限り一面の砂漠の世界だ。


 ん? よく見ると僕の足元に小さい苗木のような物が生えている。注意深く周囲を観察すると、まばらではあるがあちらこちらに苗木が生えている。砂の下から苗木が生えるものなのか?


「この世界は未来の姿だけど、あくまでイメージの世界と思って差し支えないわ」


 純白のセーラー服を着た少女が僕の疑問に答えてくれた。彼方が言うには、前回決闘の相手ニノ下さんが暦の歪みを正す為に頑張っているらしい。


 その結果、前回までは一面砂漠のこの世界に小さいが苗木が誕生したと言う。この空間は未来のイメージ図。他の一族が務めを果たして行けば、この空間は緑と澄んだ空気を取り戻すらしい。


 なんだか街を作っていくゲームみたいだ。でも僕はそれを口にしなかった。不謹慎と思ったし、何より彼方に何を言われるか分かったモンじゃない。


 でも想像力に蓋をする事を叶わず、僕の頭の中にはオリジナルゲームタイトルが勝手に浮かんでくる〔毒舌少女と共に砂漠を緑化しよう〕


 ······駄目だ。このゲームタイトル絶対売れない。


「稲田佑! 何を呆けているの」


 毒舌少女に襟首を掴まれ、僕は強制的に決闘場に連行される。無表情のカピバラの着ぐるみが直立している。いや、着ぐるみに表情が無いのは当たり前か。


「これより立夏一族代表と、清明一族代表の決闘を行います」


 カピバラの機械音の声が決闘の開始を宣言した。僕はカピバラの後ろにいる相手を見る。僕の決闘相手は女性だった。


 二十代半ばくらいの年齢だろうか? 小柄で黒髪ショート。化粧っ気の無い顔は目の下にクマがあり、なんだか疲れて見える。


 そして着ている服だ。黒いコートの中に、上下共に白い服を着ている。あれ? この白い服はもしかして······


「両一族代表は、お互いに自己紹介をしてください」


「······立夏一族代表。間々田薫(ままたかおる)。二十六歳。看護士をしています」


 やっぱりそうだ。あの白い服は看護士の着る物だ。それにあの目の下のクマ。きっとこの人、夜勤上がりに連れて来られたんだ。


 僕の母親も看護士だから聞いた事がある。病院が近くに寮を持ってる事があって、その寮から通勤する人は近所だからとユニフォーム姿で出勤するらしい。


 今日の僕の決闘相手はきっと夜勤明けで帰宅途中だったのではないか?


「稲田佑! ボサっとしてないで自己紹介しなさい」


 彼方が僕の背中を叩く。い、痛いなもう!


「せ、清明一族代表、稲田佑。十七歳。高校三年生です」


「決闘の方法を発表致します」


 カピバラの着ぐるみが言葉を発した瞬間、僕達の目の前に二つの台所が現れた。シンクにガスコンロ。その隣に食器棚があり中に調味料も置いてある。


 そして一番端には大型の冷蔵庫もあった。ま、まさか。今日の決闘の方法って。


「意中の人の胃袋を掴め! 今回の決闘は料理対決です」


 や、やっぱりそれか! 審判のカピパラが説明を続ける。調理時間は一時間。料理の品は自由で判定は三体のタスマニアデビルが行うらしい。


 判定方法は見た目。味。愛情の各点数の総合点で争う。あ、愛情って、どうやって点数つけるの? そんなもの。


 気づくとカピバラが言う通り、三体のタスマニアデビル。いや、タスマニアデビルの着ぐるみだ。三体の着ぐるみが、白いテーブルクロスの長テーブルに座っている。ご丁寧に首にナプキンも着用済だ。


 しかも三体共に、両手にフォークとナイフを握っている。洋食前提なのか? いや、ここは和食の国だぞ。


 開始の合図と共に僕と間々田さんは台所に立つ。僕はまず石鹸で手を洗う。そして用意されていたエプロンを着ける。


 エプロンにはカピバラとタスマニアデビルの絵が書かれていた。な、なんか嫌だなこのエプロン。


 そして冷蔵庫の中身を確認する。葉物。根菜。肉や魚。卵と一通りの食材が揃っている。その他に食器棚にはうどん。蕎麦。パスタも用意されていた。


 僕は調理する品を野菜炒めと決めた。そもそも迷う程レパートリーなど無い。普段から作り慣れた料理のほうが安全だ。


 決闘相手の間々田さんをチラッ見ると、彼女は蛇口から流れる水をずっと見つめている。だ、大丈夫なのかな? この人。


 僕はまな板でキャベツを刻み始める。


 ······あれ? この包丁。なんか使いやすいな。なんでだろう?


 分かった! この包丁左利き用なんだ。カ、カピバラ審判。きめ細かい配慮をしてくれるなあ。


 僕はキャベツに続いて人参、もやし、玉ねぎ、ニラと刻んでいった。間々田さんを見るとジャガイモの皮を剥く所だった。


 ん? 間々田さん何か包丁の持ち方おかしいぞ?ほ、包丁の柄を右手で握っている!


「ま、間々田さん、危ない!!」


 僕は精一杯叫んだ。間々田さんの動きが止まり、僕を不思議そうに見返す。僕は包丁をまな板に置き、駆け足で間々田さんの側に行く。


「ま、間々田さん。皮を剥く時は包丁の刃を指で押さえないと。ジャガイモを持ってる左手を切りますよ」


「······はあ。そうなの?」


 お疲れの様子の間々田さんは、元気無さ気に答える。僕は慣れない右手で包丁を握り見本を見せる。


「······へえ。そうやって切るのね」


 間々田さんは僕が剥いたジャガイモを突然右手一本で両断した。す、すごい音したなあ。今。


「ま、間々田さん。まな板の上で野菜を切る時は、左手で野菜を押さえないと危ないですよ」


 僕は再び見本を見せる。あれ? なんで僕こんな事してんだ。間々田さんは決闘の相手だぞ。ハッとまな板から顔を上げると、僕の鬼コーチの目が据わっている。ま、まずいぞ! 完全に怒っている!


「······あなたって料理が上手なのね」


 え? いやいや僕なんて大した事は。間々田さんの言葉に愛想笑いを一つ残して、僕は全力で自分の台所に戻ろうとした。鬼コーチの鉄槌が下る前に!


「······心配しないで。この決闘、私は勝つつもりないから」


 僕の足が止まった。今、間々田さん。勝つつもり無いって言った?


「······存在を消されるなら丁度いいわ。私、消えたいと思っていたから」


 ま、まさかの敗北希望者!? 間々田さんの顔は疲れていて、どことなく悲しそうに見えた。


「お、お仕事やっぱり大変ですか? 僕の母も看護士なので苦労は少し分かります」


 あれ? 僕何を話かけてるんだ。早く戻らないと鬼コーチの鉄槌が!


「仕事? ああ······もちろん大変だけど、上司にも同僚にも恵まれてて、やり甲斐はあるの」


「······じゃあ、何で消えたいだなんて言うんですか?」


 僕はお悩み相談室の職員か!? 早く、早く戻らないと駄目なのに!


 僕の問いかけに、間々田さんは突然泣き出した。えええ? なんで? なぜ泣くの?


「······結婚を考えていた彼と別れたの······もう、何もかもどうでもいいの」


 そ、そっちか。生まれてこの方、恋人なんて居た事の無い僕に恋愛相談なんて無理だ。ならばと僕はエプロン姿のまま彼方の元へ走る。


「か、彼方! 恋人と別れた人になんて言えばいい?」


「馬鹿か! アンタは!」


 僕の頭に彼方の鉄槌が下った。しかも、拳を握ったグーだ。ち、力強いなあ、もう。


「負けたいって言う相手に同情なんて不要よ。さっさと決闘に勝ってきなさい」


「で、でも。このまま間々田さんが負けたら」


 あんな精神不安定のまま、全ての知人達から存在を忘れ去られる。そんな事になったらどうなるか分かった物じゃない。


「でもあの人だって、暦の歪みを正す為に働いてもらうんでしょ? 心のケアは必要じゃないのかな」


 僕がそう言うと、彼方は少し驚いだ表情になり僕をじっと見つめる。な、生意気な事を言っちゃったかな?


「······だったら、自分で何とかしなさい稲田佑」


 だ、だから。それが出来ないから彼方に聞きに来たんだよ。


「七十二候」


「し、しちじゅうにこう?」


 急に彼方が発した暗号の様な言葉に、僕は下を噛みそうになった。


「二十四節気には一年を二十四に分けた呼び名があるわ。七十ニ候は一年を七十ニに分けた呼び名よ」


 彼方の話では、二十四の一族にはそれぞれ七十ニ候のうち三つの呼び名が与えられているという。


 一族にとってそれは只の呼び名では無かった。その呼び名は七十ニ気神という精霊達の名だった。


 清明一族の僕にも、三体の精霊達が守り手としているらしい。は、初めて聞いたぞ。そんな事!


 三体の精霊達はそれぞれ、心、技、体を司っている。今回は間々田さんがメンタルを病んでいるので心を司る精霊を呼ぶ事となった。


 彼方は精霊達を呼ぶ方法を僕に教える。ホ、ホントにこれで呼べんの?


「いい? 稲田佑。精霊達の強さは全てアンタの心一つにかかっているの。心を強く持ちなさい」


「わ、分かった。とにかくやってみるよ」


 僕は深呼吸して心を落ち着かせる。目を閉じ雑念を払い、言葉を外に発する。


「こ、暦を守りし番人の名において命ずる。その姿を現し我に従え」 


 僕は心と口で念じた。


「しょ、初候。玄鳥至(つばめきたる)!」


 僕は暦詠唱を唱えた。ん? 目の前には何も出てきてないぞ。し、失敗したかな。そう思った時、何かが僕の頭に触れた。


 上を見上げると、僕の頭に触れたのは着物の裾だった。紅い着物を来た女性が僕の頭の上にう、浮いている。


 腰まで長く伸びた黒髪。前髪は眉毛の上で切り揃えられている。形のいい眉毛に長いまつ毛。高い鼻に、紅い口紅を塗った唇は笑みを浮かべている。


 す、すごい美人だこの人。着物の胸元が大きく開いていて豊かな、む、胸が半分近く見える。そして腰がスリットのように切れていて、白い太ももがあらわに見える。


「あら。今度のご主人様は、可愛いお顔をされている方ですのね」


 着物美女が僕の前に立ち、にっこりと微笑む。な、なんかいい匂いがする。香水かな。ス、スタイルいいなあ。この人。


「稲田佑! でれっとしてないでさっさと命令しなさい。制限時間はどんどん近づいているのよ!」


 彼方が僕の耳をつねる。い、痛いよ! 赤くなった耳をさすりながら、僕は精霊にお願いをする。


「あそこで泣いている女性。失恋で参っているんだ。君の力でなんとかならないかな?」


 紅い着物美人は間々田さんを一瞥し、僕に微笑んだ。


「はい。ご主人様。造作もない事です」


 着物美女は間々田の所まで飛んで行き、彼女の話を黙って聞き始めた。僕と彼方は、それを離れた場所から見守る。


 間々田さんが号泣し、その頭を着物美女が撫でる。ふと着物美女が僕を見る。もしかして僕を呼んでいるのかな?


 僕が二人の側に行くと、着物美女は再び僕に微笑む。


「ご主人様。この方の心の悲しみはとても根深く、容易に癒やされません。ですので、この方の恋人の記憶を消す事を提案致します」


 そ、そんな事出来んの? 間々田さんもそれを望んでいるらしい。そっかあ。忘れられないなのならそれがベストなのかな。


 僕は着物美女に間々田さんの恋人の記憶を消すよう頼んだ。着物美女は承知致しましたと言い、間々田さんの頭に細く綺麗な手を乗せる。


 ······なんだろ? この胸がモヤモヤする感じ。これでいい筈だ。間々田さんも今後は前向きになれる······


 着物美女は何か囁いている。記憶を消す為の呪文か何かだろうか。もうすぐ間々田さんが恋人の事を忘れる。忘れてしまう······


「ちょ、ちょっと待って!」


 僕は着物美女の手首を掴む。ほ、細いなこの人の手首。着物美女と間々田さんは僕を不思議そうに見る。


「ま、間々田さん。やっぱり駄目ですよ。恋人の記憶を消すなんて良くない」


 あれ? 何を言ってるんだ僕は。間々田さんがそれを望んでいるのに。


「いいの。忘れたいのよ! そうじゃなきゃ私、耐えられないの」


「間々田さん。間々田さんが恋人と別れる過程で色々あったと思います。別れる間まで、辛い思いや悲しい思いも沢山あったかと」


 間々田さんは静かに頷く。それを思い出したのか更に涙を流す。


「だからです! 辛い思いをして別れる決断をした時の間々田さんが可愛そうです! 記憶を消すと、辛い決断をした時の間々田さんまで消えてしまいます。それじゃあ何の為に辛い思いをしたのか分からなくなる」


 ああ。何を言ってるんだ僕は。支離滅裂だよ。これじゃあ間々田さんに伝わらない。


「別れた恋人といい思い出もあったでしょう? その時幸せだった間々田さんも消えてしまいます。いい事も悪い事も、過去から積み重なって今の間々田さんがいます。過去の自分をもっと大切にして下さい」


 間々田さんは頬を濡らしながら僕を睨むように見る。そして膝が折れ座り込んでしまった。ど、どうしよう。言い過ぎたかな。


 座り込む間々田さんの頭を着物美女がそっと撫でる。その時、着物美女の言葉が僕の頭の中に流れ込んで来た。


〘ご主人様。私の導きで彼女は今、恋人との幸せな思い出を思い返しています〙


 す、すごい! そんな事が出来るのか。ナイスアシスト!


 程なくして、間々田さんは声を上げて泣いた。この無味乾燥の砂漠の世界に、失恋に嘆く女性の声が響き渡る。


 幸せな思い出が深い程、それを失った時の悲しみも深いのかもしれない。


 ······どれ位時間が過ぎただろうか。間々田さんは泣き止み、弱々しくではあるが立ち上がった。


「······稲田君。あなたの言う通りだわ。私は私自身を大切にしていなかった。悲しい思いをした過去の自分をもっと大事にしなきゃね······」


「ま、間々田さん······」


 よ、良かった。正しいのかどうか自信無かったけど、言って良かった。


「残り時間、二十分です」


 突然、審判のカピバラが僕達に警告を発して来た。そ、そうだ。今は決闘の途中だった! 


 僕と間々田さんは互いに頷き合い、調理の続きを再開した。時間はあっという間に経過し、僕等はなんとか一品を作り終えた。


 僕と間々田さんの料理が長テーブルに置かれる。僕の料理は野菜炒め。間々田さんの方はカレーだ。


 三体のタスマニアデビルの着ぐるみは、ゆっくりと僕等の料理を試食して行く。そして三体の着ぐるみは何やら小声で相談し合う。


「それでは、判定を発表します」


 カピバラの着ぐるみが料理の点数を発表する。ど、どうなるんだ結果は?


「立夏一族代表、見た目十点。味二十点。愛情······九十点。よって総合点、百二十点となります」


 間々田さんの点数が出た。見た目と味の評価が厳しい。た、確かに野菜はぶつ切りだし、カレールーの他に色々調味料入れてたしな。


「続いて清明一族代表。見た目七十点。味八十点。愛情八十五点。総合点、二百三十五点となります。」


 い、以外と高得点だ! って事は······


「よって、この料理対決は清明一族代表の勝利と致します」


「か、勝ったあ······」


 僕はホッとしたが、すぐさま間々田の様子を見る。僕の心配を他所に、間々田さんは晴れやかな顔をしていた。


「見た目と味の点数はしょうがないわね。でも私ね。彼に食べてもらうつもりで、料理を作ったの。愛情の点数だけ稲田君に勝てた。それだけで、なんだか救われたわ」


 間々田さんは穏やか笑った。なんだか、スッキリとしたいい笑顔だ。僕は間々田さんに暦の歪みを正す活動をする事を命じ、タスマニアデビルにその指導監督を一任した。


 タスマニアデビルの着ぐるみが間々田さんを連れて行く。


「稲田君。あなたの言葉は人の胸に届くのね。色々とありがとう」


 間々田さんは僕に振り返り、感謝の言葉を言ってくれた。


「間々田さん! 彼との思い出で、一番幸せだった事ってなんですか?」


 彼女は答えた。高級レストランでも無く。テーマパークでも無く。部屋で彼の肩に寄りかかる時が一番幸せだったと。


 間々田さんはとても幸せそうな顔で笑い、消えて行った。


「彼女はきっと大丈夫です。ご主人様のお陰ですわね」


 着物美女が僕に微笑む。僕一人だったら、こんな結果にならなかった。


「そんな事ないよ。君のお陰だよ······そうだ名前。君の名前はなんて言うの?」


「······私めに名前などございません。お前、とでもお呼び下さい」


「そ、そんな。本当に名前無いの?」


 僕の質問に着物美女は、なぜか遠くを見るような目をした。


「······遠い。遠い昔。その様なものがあったかもしれません。ですが、もう忘れてしまいましたわ」


 着物美女は微笑む。僕にはその笑顔が、なぜか儚げに見えた。


「······こうか。紅華なんてどうかな?」


「······紅華······?」


 僕がその名を言った時、彼女の顔が一瞬凍りついた。い、嫌だったかな? だが彼女は再び微笑む。


「ご主人様の付けた名を、嫌がる理由などございません。喜んでその名を頂戴致します。これからは、紅華とお呼び下さい」


「良かった。その。これからも宜しくね。紅華」


「はい。またご主人様にお呼び頂ける日を、心待ちにしております」


 今日一番の艶やかな笑顔を残して、紅華は消えて行った。消える間際の紅華の呟きは、僕の耳には届かなかった。


「······再びその名で呼ばれるとは、思いも致しませんでした······」


 紅華が消えた後、緊張感から開放されたせいか、膝がカグガクいい始めた。全身もなんだかだるい感じだ。熱でもあるのかな?


「それが精霊を呼んだ時の代償よ。精霊達を操るのは、とても精神を消耗するの」


 彼方が僕に精霊について説明する。だ、だから。そう言う事は先に言ってくれよ。


「でれっと鼻の下を伸ばしてるからよ。アンタの教育係、なんならさっきの精霊と変わってあげようか?」


「ほ、本当に?」


 僕は紅華が側にずっといる事を想像した。て、天国じゃないか!


「な訳ないでしょ! このスケベ!」


 彼方が僕の頬をつねる。ひ、ビトイよ! こんな引っ掛け問題。僕は天国から地獄に落とされた気分だ。


「帰ったらみっちり反省会よ」


 い、いやそれ、反省会じゃなくて、制裁の会だろ絶対!


「反省会の前にさ、帰ったらご飯食べようよ。また野菜炒め作るからさ。もちろんご飯は大盛りで」


 その時の彼方の顔ったらなかった。それはまるで、好物を食べさせてあげると言われた子供の顔だった。


「······アンタ、私を只の食いしん坊と思っているでしょう?」


 え? いやいや思ってないよ。ただ決闘の時、彼方に食べさせたいって思いながら作ったんだ。きっと野菜炒めはご飯に合うから。


 そんな僕の真心を気づかず、鬼コーチは僕を追いかけてくる。


「待ちなさい! 稲田佑。今すぐ反省会やるわよ!」


「それ反省会じゃないだろ! 制裁の会だよ絶対!」


 一面砂漠の世界を僕は走り、彼方がそれを追いかける。幸い前回のようにコケる事は無かった。気のせいだろうか? 前より砂の深さが浅くなったような······


 審判のカピバラは僕らに戻る催促もせず、ただ静かに僕らの追いかけっこを見守っていた。













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