第9話 高司祭

 温泉付きの宿屋で1泊したロージー、クロード、コッシローの2人と1匹はふかふかベッドで十分な休息を取ることに成功する。やはり1泊銀貨3枚の安宿とはベッドの質はまったく違うモノであった。それでもロージーが貴族時代に使っていたベッドと比べれば温泉付き宿屋のベッドでも物足りない柔らかさと弾力ではあったのだが……。


 しかし、ロージーは2年振りの快眠を得ることになる。なんといっても、ベッドで眠っても身体が布団に住処とする小さな虫に噛まれることがないのだ。寝起きの良さとすれば、火の国:イズモに流れ着いてきてから、1番の心地よさだったといわざるをえないのであった。


「ふわあ。むにゃむにゃ。クロ。おはよう……。なんだか久しぶりによく眠れたって感じ……」


 ロージーは眼を覚ましたものの、まだ頭の中がボーっとするのであった。右眼をごしごしと手でこすりながら、隣のベッドで眠るクロードにおはようの挨拶をする。しかし、クロードはベッドから上半身を起こしていたモノの、顔は向こうを見ていたのである。


「ん? クロ。どうしたの? そっちの方に何か気になるものでもあるの?」


「い、いや……。ロージー……。浴衣がはだけて、へそが丸見えになってる……」


 クロードがそう言うなり、えっ? どういうこと? と寝ぼけまなこでロージーは自分の身体を見る。するとだ。浴衣の帯がほどけ、前がガバッと観音開きになっており、そこから自分の透き通るような白い肌と淡いスミレ色のブラと婦人用ショーツが丸見えになってしまっていたのである。


(!?)


 ロージーは自分の寝ぼけた頭に急速に血が昇り、それにより、ロージーは覚醒するのであった。そんなロージーが最初にとった行動は掛け布団を頭から被ることであった。そして布団にくるまれながら、帯がどこにいってしまったのかと懸命に捜索するのであった。


(うーーー。見られた……。ださい婦人用のショーツを履いてるのをクロにばっちりと見られた……。恥ずかしいよ……)


 ロージーとしては肌を見られることよりも、自分でとてつもなくダサいと思っている婦人用ショーツを身に着けている姿を見られたことのほうがよっぽど恥ずかしいのであった。


「ちゅっちゅっちゅ。乙女心は複雑でッチュウね? いつもクロードにパンツまでも洗濯させているんでッチュウよ? 何を今更、恥ずかしがっているんでッチュウ?」


「うっさいっ! ひとの心を読まないでよっ! 洗濯してもらうのはそりゃ別で恥ずかしい気持ちだけど、そこは仕方ないんだから良いのっ! でも、わたしがそれを履いてる姿を見られるのは、もっと嫌なのよっ!」


 ロージーが頭から掛け布団をすっぽり被りながらも、ガルルルッ! と唸り声をあげながらコッシローに文句を言うのであった。コッシローは両手を大袈裟に広げて、首を左右に振りながら、やれやれとポーズを取るのであった。


 クロードはクロードとして、ロージーが乱れた浴衣を着直している最中に、静まれ静まれ……と自分の息子を鎮めるべく、自制心を高めるのであった。


 そんな朝からのトラブル? に見舞われながらも平静を取り戻したロージーとクロードたちは、朝食にありつくために1階にある食堂へと向かう。そこで、天麩羅てんぷらをおかずに銀シャリのごはんをパクパクとお腹いっぱいにかきこむのであった。


「ふう……。さすが1泊銀貨15枚も請求してくるだけあって、朝食からお米のご飯を食べさせてもらえるのは嬉しい限りよね……」


「そうだな。久しぶりに米のご飯を食べたけど、普段食べているひえあわのごはんとは段違いに美味いな……。俺、ごはんのお代わりをとってくるわ」


「ちゅっちゅっちゅ。ネズミはひえあわのみに生きるにあらず。白い米や天かすはお腹だけでなく、心も潤すのでッチュウ!」


 2人と1匹はご満悦で朝食を終えるのであった。そして、部屋に戻り、浴衣を脱いで、普段着に着替え終わるのであった。ロージーとしては、宿屋を出るまでにもう1度、温泉に浸かりたい気持ちではあったが、このオダニの街にやってきたのは、旅行のためではないと自分に言い聞かせ、後ろ髪を引かれる気分ではあるが、ぐっと我慢する。


 ロージーたちは宿屋の出入り口で、ご主人に一礼をしたあと、宿屋をあとにする。そして、大神殿に向かって、歩を進めるのであった。その道中の折、ロージーは再確認のために、コッシローへと質問をするのであった。


「ねえ、コッシロー。大神殿におわす高司祭ハイ・プリースト・ファースとは話をつけているって言ってたわよね? コッシローの姿を見せれば、顔パスで転移門ワープ・ゲートを使わせてくれるって……」


「そうでッチュウ。高司祭ハイ・プリーストのファースはハジュンの小僧に色々と便宜を図ってもらって、今の地位に就いたのでッチュウ。それゆえに、ボクとは既知なのでッチュウ。ロージーちゃんは何も心配いらないでッチュウよ?」


 ロージーはそれなら安心ねと、ほっと安堵するのであった。ポメラニア帝国において、刑に服している者は、移動の制限を喰らう。ポメラニア帝国の各地に点在する神殿には、その神殿間を繋ぐ転移門ワープ・ゲートが存在するのであるが、罪を犯したニンゲンは当然、それを利用できるわけがなかった。


 そのため、ロージー一行は乗り合い馬車を乗り継いで、一軒家からここオダニの街までやってきたわけなのだ。


 しかしだ。コッシローの思惑は完全に外れることになる……。


「罪人に使わせる転移門ワープ・ゲートは存在しないのだゴマー! とっとと流刑地である一軒家に帰ると良いのだゴマー!」


「ちゅちゅっ!? なんで、お前がここに居るのでッチュウ!? 高司祭ハイ・プリースト・ゴーマ! お前は半年前に左遷させられたはずでッチュウよね!?」


 コッシローが驚くのも無理はなかった。ハジュンの介入により、高司祭ハイ・プリースト・ファースがこの大神殿の管理人となったはずなのに、そのファースの姿はどこにも無く、あろうことか前任者である高司祭ハイ・プリースト・ゴーマがコッシローの眼の前に現れたからである。


 これはコッシローにとっては完全に誤算であった。高司祭ハイ・プリースト・ゴーマの存在は、ハジュンとコッシローが自分たちの計画を推し進めるために邪魔だったので、彼をへき地へと左遷したのである。


 代わりにファースを高司祭ハイ・プリーストへと推したのに、そのファースが行方をくらましただけでなく、邪魔者であった前任者のゴーマが復権を果たしていたのであった……。

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