第8話 浴衣

 ゆっくりと1時間ほど温泉を堪能したロージーは借りている部屋に戻るのであった。この宿では、温泉利用客には【浴衣】という火の国:イズモ特有の風呂上りのバスローブが貸し出されていたのである。


ロージーは先ほどまで身に着けていた服を畳んだ状態で手に持ち、ブラとショーツは新しいモノに代えて、浴衣に風呂上りのその身を包み込ませていたのである。


「あれ? クロがまだ戻ってきてないわね……? お風呂で洗濯も済ませるって言ってたけど、時間がかかっているのかしら?」


 日常の洗濯はクロに任せっきりのロージーである。クロがロージーの手が荒れてはいけないとの配慮なのであるが、ロージーは気にしなくても良いのに……とも思っている。


 ともあれ、ロージーが部屋に戻ってきてから10分も経過すると、クロードが籠に洗濯の終えた服や下着を積み込んで戻ってくるのであった。


「ああ、ロージー。お待たせ。いやあ、お湯をふんだんに使えるからさあ? ちょっと、洗濯に熱が入っちまったよ……」


「そうなの? って、コッシローはどうしたの? もしかして、お風呂の排水溝にお湯ごと流されちゃった?」


「ん? あいつなら、もう少し湯に浸かっていたいって言ってたぜ? 桶に張った湯に浸かってたぜ? ゴクラクゴクラクとかよくわからないことをのたまっていたなあ?」


 クロードはそう言いながら、さっそく洗濯が終えた服や下着を部屋に設置してある物干し用のロープに垂れ下げていく。どこの宿屋でもそうなのだが、旅行客という者は、替えの下着を3~4着。服やズボン、スカートはもしも用を含めて2着しか持ち歩かないモノだ。


 そのため、宿屋側も洗濯が出来る場所を宿屋内に敷設しているし、今回泊まることになったここでは、風呂場に洗濯板と洗濯用の石鹸を置いてあるのだ。


(クロが洗濯をしてくれるのは良いんだけど、わたしのショーツやブラまで洗ってくれるのは……。すっごく恥ずかしいんだけど……)


 クロードがふんふんふん~と鼻歌交じりに物干しロープに洗濯ばさみを使用して、服や下着を干してくれているのだが、ロージーとしては気恥ずかしい気持ちでいっぱいなのである。しかもだ。ロージーが見られて恥ずかしいと思っている婦人用ショーツをクロードがパンパンっと手で叩き、シワを伸ばしているのだ。これを見せつけられて恥ずかしくならない年頃の女性が居ないわけがない。


「あ、あの……。クロ。わたしのショーツをあの、その……。そんな丁寧にシワを伸ばさなくて良いんだけど?」


「ん? シワが寄っているパンツって、履き心地がなんか嫌じゃないか? 俺はすっごく気になるぞ?」


(気になることは気になるけど、わたしが気にしているのはそこじゃないわよっ!)


 ロージーは恥ずかしい気持ちを声に出したいのを必死に抑えて、むーーーとあひる口になりながら、クロードを涙目で睨む。だが、クロードはそんな突き刺さるようなロージーの視線も気にせずに洗濯物を干していくのであった。


「ちゅっちゅっちゅ。良い湯加減だったのでッチュウ。火の国:イズモと言えば温泉でッチュウね。いつも安宿ばかりで温泉をもしかして楽しめないのではないかとヤキモキさせられてっしまったのでッチュウ」


 コッシローがようやく風呂から上がり、2階にあるこの部屋にまで戻ってきたのであった。いったい、階段をどうやって自力で昇ってきたのかロージーは不思議に思ったが、コッシローが右手に黒い宝石が先端についた爪楊枝サイズの魔法の杖マジック・ステッキを持っていたので、すぐに察してしまうのであった。


「風の魔術を駆使して、階段を登っていくネズミなんか見たら、皆、驚くでしょうね……」


「ん? 土の精霊ノームも同じようなことしてんだし、そんなに驚くこともないんじゃねえか? 小さいおっさんが階段をよじ登っているか、ネズミがよじ登っているかの違いだけだろ?」


――土の精霊ノーム。赤い帽子を被り、緑の服を着た小さなおっさんの姿をした精霊である。この精霊の最もたる身体的特徴と言えば、鼻が前方に異様に長く伸びている。彼らは特に土の国:モンドラではよく見かけられており、他国でもたまに人々の目に止まる。彼らは火の国:イズモでは【座敷童ざしきわらし】とも呼ばれており、彼が住まう家は裕福になるとも伝えられている。


 もちろん、貴族社会においても土の精霊ノームはありたがれており、土の精霊ノームが屋敷に尋ねてきた時は、貴族は彼に食事や風呂の世話をして、歓待するのであった。


 オベール家が没落する前も、当主であるカルドリア=オベールは土の精霊ノームが屋敷に尋ねてきた時は、他の貴族と同様なことをしていた。だからこそ、ロージーにとっても、クロードにとっても、土の精霊ノームはそれほど忌避するような存在ではなかった。


 ただまあ、小さなおっさんの姿に慣れているからといって、全長約15センチメートルもあるネズミが風の魔術を駆使して、宿屋の階段を登っていくのはどうであろうか? と思うロージーなのだが……。


「まあ、良いわ。そんなことより食事にありつきましょ? 温泉だけでも払った分の宿賃の元を十分に取れている気はするけれど、きっちり黒字にしておかないとね?」


「ちゅっちゅっちゅ。ロージーちゃんはなかなかにしっかりとした性格をしているでッチュウね?」


「あら? なら、コッシローは食べなくても良いのよ?」


「それは嫌でッチュウ! ここのところ、あわひえばかりだったでッチュウ! パンとチーズを所望するのでッチュウ!」


 慌てふためくコッシローの姿を見たロージーが思わず、プッと噴き出してしまうのであった。ロージーは冗談よ、冗談。さて、食堂に行きましょ? とコッシローを抱きかかえて部屋のドアの前に向かって行く。そして、そこで振り返り


「クロっ。先に食堂で席を確保しておくわね? 洗濯物を干すことに熱中しすぎないでね?」


「あ、ああ。わかってるって。干し終えたら、俺も食堂に向かうから、色々頼んだわ」


 クロードはロージーの方を振り向かずにロージーに応えるのであった。ロージーは『ん?』と不思議に思うのだが、きっと洗濯物を干していることに熱中しているのであろうと、それほど気にもせずに部屋から退出するのであった。


 ひとり、部屋に残されたクロードは、ふうううと深いため息をつく。


「いかん、いかん……。風呂上りのロージーがすっごく色っぽいから、まともに見られなかったわ……。つか、この【浴衣】って、ヒラヒラすぎるだろ……。こいつのせいで、ロージーの方に振り向けなかっただろうが……」


 ロージーの身体は浴衣に包まれていたのだが、上手く着こなしていないために、左の鎖骨の部分がクロードからは丸見えであり、さらにはロージーのすねから太ももにかけてまでがちらちらと見えていたのである。


 クロードは自分の下腹部のさらに下の方に視線を移していた。ロージーから発せられる目に毒なモノを見たために、そこには明らかに不自然に盛り上がったモノがあったのだった……。

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