第10話 ラー・メンッ!

「ヤオヨロズ=ゴッドはワタクシを見捨てなかったのだゴマー! ラー・メンッ! ヤオヨロズ=ゴッドさま! このワタクシが神の家が罪人どもに踏み荒らされないように守ってみせるのだゴマーーーッ!」


(チュウ……。これは厄介なことになったのでッチュウ。ファースはまだ融通の利く男であったのに、ゴーマは狂信者なのでッチュウ……。しかし、いったい、誰がよりにもよって、前任者であるゴーマを復権させたのでッチュウ?)


 コッシローの頭の中は疑念で渦巻いていた。ファースが忽然と姿を消したことも謎であったが、それよりも高司祭ハイ・プリースト・ゴーマの存在のほうがよっぽど不思議でならない。


 その高司祭ハイ・プリースト・ゴーマは、ラー・メンッ! ラー・メンッ!! とヤオヨロズ=ゴッドを讃える言葉を高らかに宣言している。この男は職務に忠実すぎるのだ。神の言葉の一言一句を厳正に守ろうとする。


 法や神の言葉には【解釈】というモノが存在する。各々の【見解の違い】と表現したほうがわかりやすいだろうか? 神が『〇〇をしてはいけない』と言えば、じゃあ、『それなら〇〇以外をしても良い』と【解釈】する者もいる。


 さらに言えば、ヤオヨロズ=ゴッドの教えには【方便】という考え方が存在するのだ。【方便】とは『神はこう言われたが、それは高度な教えであるため、民衆には理解できないので、わかりやすく神の言葉を別で解釈しても良い』という考え方である。


 例えば、神が『〇〇をしてはいけない』と言っても『実は〇〇をしても良いのだが、やりすぎては駄目だ』という考え方だ。しかし、高司祭ハイ・プリースト・ゴーマのような頭の固い狂信者たちは、この【方便】という考え方を一切排除するのである。


 ヤオヨロズ=ゴッドの教えはそもそも、何かを排除するような教義は存在しないのである。『結婚』と『婚約』というような『約束』が絡む場合にだけ、神が介在し、その『約束』をニンゲンに果たさせようとする。


 神自身がそれを成し遂げるために、神官プリーストたちが手助けをするのが本来の正しい在り方なのだ、ヤオヨロズ=ゴッド教は。しかし、この理屈をまったくもって理解しないのが高司祭ハイ・プリースト・ゴーマのような【狂信者】なのである。


 だからこそ、ハジュン=ド・レイはそれも要因のひとつとして、高司祭ハイ・プリースト・ゴーマを地方の神殿へと左遷したのである。しかしだ。何故か、後任の高司祭ハイ・プリースト・ファースの姿は大神殿のどこにも居なく、代わりに前任者の高司祭ハイ・プリースト・ゴーマが現れたのであった。


「ちょっと、コッシロー。どうなってるのよ……。このゴーマってヒト、あたしたちを絶対に大神殿へ足を踏み入れさせる気がなさそうよ?」


 ロージーたちは今、大神殿の大きな扉の前で高司祭ハイ・プリースト・ゴーマと対峙していたのであった。ゴーマは左手に高司祭ハイ・プリーストの証でもある分厚い銀色の聖書シルバー・バイブル、右手に先端に宝石類が装飾された長さ1メートルほどの錫杖しゃくじょうを持ち、左右に大きく両腕を広げていた。


 まるで、ロージーたちを自分の命を賭してでも、この先には進ませないとばかりに立ちふさがるのであった。


「ラー・メンッ! ここを通りたければ、ワタクシを倒していくが良いのだゴマー!」


 ゴーマは、何度も『ラー・メンッ』と神を讃える言葉を声高に叫び続ける。街の往来を行きかう人々は、何事だとばかりに大神殿前の広場で足を止めるのであった。流刑人であるロージーたちを引き連れているコッシローは、これ以上、街中で目立ちたくない。コッシローはこのゴーマを一刻も早く黙らせなくてはならない状況に追い込まれていくのである。


「仕方ないのでッチュウ……。この手は使いたくなかったのでッチュウ……」


 コッシローは、ロージーの左肩の上に居た。そこで、どこから取り出したかはわからないが、右手に先端に黒い宝石が付いた魔法の杖マジック・ステッキを持つ。そして、その身から魔力をあふれ出させて、詠唱を開始するのであった。


「おお! コッシローめっ! ワタクシを実力で排除しようとするわけでゴマー? 大神殿に集まる民衆たちよ。高司祭ハイ・プリースト・ゴーマの死にざまをその眼で焼き付けるのだゴマー! 罪人に手助けする者は、同じく罪人なのだゴマー! その罪人がさらに罪を重ねようとしているのだゴマー!」


 ゴーマの言いに、いらだったコッシローは詠唱途中であるが、思わず、ちっ! と舌打ちせざるをえなかった。ゴーマはわざと大袈裟な身振り手振りで、民衆を煽っているのである。【狂信者】の類が何故厄介かと言うと、そういう者たちは弁舌の得意なモノが多いのである。


 舌先三寸で、民衆の不安を煽り、自分たちの術中に民衆をハメるのだ。ここでコッシローが魔術によって、ゴーマを強引に排除すれば、大神殿の周りに集まる街のニンゲンは、コッシローだけではなく、ロージーをも排斥しようとするだろう。


 高司祭ハイ・プリースト・ゴーマにとっては、どっちに転がっても、彼にとっては美味しい状況をそのよく滑る舌で作り上げていたのである。


「ラー・メンッ! ああ、ヤオヨロズ=ゴッドさま! 今、あなた達の下に向かうワタクシをお許しくださいなのだゴマー! 罪人により、この命、散らすことになっても、ワタクシは最後まで、神の家を死守したのだゴマー!」


 高司祭ハイ・プリースト・ゴーマの高らかな宣言に、コッシローの中で何かがブチッと切れる。低級の魔術で脅かす程度で穏便に済ませておこうと考えていたのだが、いつまでも挑発を繰り返す、この眼の前の平均よりはやや低身長の小太りな高司祭ハイ・プリーストを許せない気持ちになってしまったのである。


 詠唱を終えたコッシローの身から発せられた大量の紫色のオーラが魔法の杖マジック・ステッキの先端に付けられた黒い宝石に吸い込まれていく。そして、黒い宝石は紫色の瞳孔を持つ眼玉へと変化する。


紫の幻惑パープル・イリュージョン発動でッチュウ! ここ10年ほど、幻想に包まれるが良いのでッチュウ!」


 魔法の杖マジック・ステッキの先端の紫色をした眼玉から高司祭ハイ・プリースト・ゴーマの顔面に向かって、紫色の光線がまっすぐに飛んでいく。ゴーマは演説を繰り返していたために、まったくもって、その光線の防御が出来ずにまともにコッシローが発動した魔術を喰らってしまうのであった。

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