第2話 火祭り

 収穫祭の最終日の夕方には【火祭り】がおこなわれる。次の年の豊穣を願ってのことだ。組み上げられた木材に火を着けるのだが、煙と炎は天を衝くが如くに大空へと昇っていく。そして、その燃え盛る火の中心に向かって、農民たちは使い古した農具を投げ込んでいく。


 火の国:イズモでは、ヤオヨロズ=ゴッドとは別に【ツクモ】なるヤオヨロズ=ゴッドのしもべに当たる神が古い家具や食器、そして農具に宿ると言われている。だから、そういった使い込んだモノは神聖なる炎で焼いて、供養をしないといけないという風習がポメラニア帝国内の特に火の国:イズモに根強く残っているのだ。


 それゆえ、燃え盛るかがり火に放り込まれるのはもちろん農具だけではない。着古した服なども、この炎の中に放り込まれることとなる。


 さらには、町民たちや農民たちはこの巨大なかがり火の周りで男女一組となり、輪になって、踊り出すのである。笛吹や太鼓叩き、そして弦楽器の演奏者が協力しあい、舞曲を奏でる。


 喧噪飛び交う収穫祭に合わせてか、ここで奏でられる舞曲は宮廷舞踏会に使われるような華麗で荘厳な感じではない。牧歌的であり、それでいて、民衆の熱を表現するような粗野だが、情熱的な舞曲であった。


 それもそうだろう。普段、農作業や日々の仕事に追われるモノたちが、宮廷のダンスを習うような機会などあるわけがないからだ。それゆえか、2拍・2拍の急速でありながら、軽快なステップのダンス。そして4拍・4拍の流暢でありながらも、男女が身体をこすりつけ合いながらの情熱的なステップのダンスがおこなわれる。


 生花が無事、売り切れ御礼となったロージーとクロードは、町の預かり所である【両替商】に今日の売り上げのほぼ全てを預けた後、遅ればせながらにも、【火祭り】に参加するのであった。


 ロージーは、父親であるカルドリア=オベールが健在だった頃は、水の国:アクエリーズで収穫祭が行われていた時に、屋敷からこっそり飛び出しては、オベール家が管轄する祭りに参加して、そこで町民たちに混ざって、ダンスを踊ったものだ。


 しかし、火の国:イズモのダンスは水の国:アクエリーズのモノとは違って、もっと躍動的である。彼女は奏でられる舞曲のリズムに乗って、タンタン・タンタン! と軽快にステップを踏み鳴らす。


 今年の彼女は火祭りの最中、終始笑顔であった。去年は母親の体調の心配もあり、収穫祭には参加を辞退していた。だから、今年になって初めて、彼女は火の国:イズモの収穫祭に参加したのである。


「クロっ! もっと、軽快にステップを踏みなさいよっ! あははっ!」


「お、おう! ええっと……。うーーーん?」


 ロージーとクロードが手と手を取り合い、2拍・2拍の舞曲に合わせて、その場でクルクルと回ろうとしだすのだが、どうしても踊り慣れてないクロードがリズムを崩してしまい、踊りがたびたび中断させてしまう。


「クロード。違うでッチュウ。それでは2拍・4拍なのでッチュウ。ボクのステップをその足りない脳みそに刻み込むでッチュウ」


 奏でられる舞曲が一旦休止した後、コッシローはクロードの左ポケットから彼の頭の上に移動し、2拍・2拍でステップを踏む。トントン・トントン! とコッシローは後ろ足でクロードの頭頂部で踊るわけだ。クロードはコッシローの生み出すリズムを眼を閉じて感じ取る。


「うんうん。うんうん。そうか、そんな感じなんだな? ロージー、今度こそ、上手く踊るからな?」


「本当にー? じゃあ、次にクロがステップを間違えたら、お仕置きをするからね?」


 ロージーがにやにやと笑いながら、再び、クロードの両手を自分の両手で握る。クロードは、お、おうと言いながらも、いったいどんなお仕置きをされるのかと内心ひやひやとなり、ついごくりと唾を飲んでしまう。


 そして、笛吹や太鼓、そして弦楽器の演奏者たちが間奏を挟んで、次の舞曲を奏で始める。次の曲調のスタートは少し秋の哀愁を漂わせるものであったが、それでも2拍・2拍のリズムは同じであった。


「タンタン。タンタン」


 ロージーが台詞と同調させて、自分の顔を少し上下させる。これはクロードが舞曲にステップを合わせやすいようにさせるためだ。


「タンタン! タンタン!」


 続けて、ロージーは上半身を軽く上下させる。さあ、次は足を動かすわよ! という意思をクロードに示すのであった。クロードはロージーと身体の動きを同調シンクロさせようと、クロード自身も上半身を軽く上下させる。


「せえのっ!」


 ロージーが両足をそろえた状態から左足で踏み出し、右回りへ2ステップさせる。今度はクロードも上手くそのリズムの乗せることができる。彼女らは舞曲に合わせて、タンタン・タンタン! とその場でクルクルと右回りに回り出すことに成功するのであった。クロードは上手く舞曲に乗れたことで、顔がほころんでしまうのであった。


 巨大なかがり火の周りで、皆が幸せそうに笑い合い、踊っていた。老若男女たちが集い、互いの手と手を取り合い、粗野だが情熱的な舞曲に乗せて、ステップを踏み続けた。まるで、これから火の国:イズモに訪れる厳しい冬の寒さを吹き飛ばすかのようでもあった。


 2時間ほどが経過すると、かがり火はすっかりその火の勢いを弱めていくことになる。それと同時に4拍・4拍の情熱的でありながら祭りが終わりをつげるような憐憫的な舞曲が奏でれられるようになる。


 この時間帯になると、太陽はすっかり地の下へと隠れてしまい、明かりと言えば巨大なかがり火で燻る炎と、家々の窓や酒場から漏れ出す光のみとなっていた。そのため踊る人々もまばらになってしまう。


「すっかり遅くなっちゃったわね……。そろそろ、わたしたちも一軒家に戻る?」


「うーーーん。そうしたいのはやまやまだけど、日が落ちた以上は、森林の近くを通らなきゃならないあの住処に戻るのは、危険なんだよな……」


 ロージーたちが今日、生花を売りにやってきていた町は、彼らが住居としている一軒家から1キロメートルほど離れていた。生花を売っていた屋台をこの町に置いていったとしても、女性の足ならば、移動に少なくとも20~30分ほどかかってしまうだろう。


 日中ならば、例え、中型の魔物が出没しても、クロードにとって、ロージーを護ることに関して何も問題はないのだが、今は違う。すっかり辺りは暗くなっていたのだ。これでは、左眼の視力が極端に弱いクロードにとっては、ロージーを護りながら魔物と闘うのはかなり困難を伴うことになる。


「今日は町の宿屋で1泊しようか……。ただでさえ、生花売りでクタクタになっているところを2時間近くも踊り続けてたしな? ロージーも予想以上に疲れているかもだしな?」

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