第3話 サービス

 クロードの提案により、ロージーたちは町の宿屋で1泊することになるのだが、如何せん、どこの宿屋もすでに満杯寸前になっていたのである。かろうじて取れた部屋は、ツインサイズのベッドが1つだけある手狭な部屋のみであった。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと! クロ! わたしを罠にはめたわねっ!」


「い、いい、いやいや! 俺もまさかこんなことになるなんてっ!」


 宿屋の受付に立っていた主人は、2人の気も知れずに『今夜はお楽しみですぎゃっ!』と満面の笑みと、さらに右手を下品な握り方をしていたのである。


 しかも、ロージーにとって困ったことにそれほど大きな町でもないので、宿屋もこじんまりとしており、部屋に湯あみができる個室も用意されてないような小部屋だったのだ。


(ど、どうしよう。せめて、寝る前に軽く汗を流そうと思っていたのに、湯あみをする個室がないなんて……。わたし、汗臭くないわよね!?)


 ロージーたちが通された部屋にあるのは、ツインベッドがひとつ。開いているスペースに申し訳ない程度の小さな木製のテーブルと椅子が2つ。ただそれだけであったのだ。独り用の部屋や家族が滞在するような大部屋はすでに満室となっており、新婚夫婦やカップル用の部屋が運良く残っていただけである。そのため今から部屋を変えてもらうことすら出来ない。


 どう話を切り出して良いモノかと2人は困っていたのだが、そんな押し黙っていた2人の静寂を打ち破るように、部屋のドアがコンコンッ! と軽快にノックされるのであった。


「いやあ、食事をどうするか聞いてなかっただぎゃ。夜はたっぷりとお楽しみになるんだぎゃ? 酒と料理はここに持ってきたほうが何かと便利だと思って、注文を取りにきたのだぎゃ」


 こじんまりとした宿屋ではあるが、1階部分には申し訳ない程度の食堂が付随されていた。しかし、ロージーたちが、この宿屋に足を踏み入れた時には、すでにその食堂は宿屋の他の利用客で満席御礼状態となっていたのである。


(ま、まさかと思うけど……。クロはこうなることを予想していた!? わたしをこの部屋から一歩も出す気なんてない!?)


 ロージーがおそるおそるクロードの顔を横から眺めるのであるが、クロードは、腕組みをして、うーーーんと唸っている。


「なあ、ロージー。食事の前に風呂に入りたいだろ? ほら、今日はたくさん動いたからさ?」


「ひゃ、ひゃい!?」


(どどどどど、どういうこと!? クロが『先に風呂に入ってこいよ』って、源爺の決まり文句を言っているだけど!? こここ、ここは素直にクロの言うことに従っておいたほうが良いのかしら!?)


「いや……。何をそんなに慌てふためいてるんだ? ほら、ロージーって汗臭いのを嫌うからさ? いつも夕食前には先に風呂に入ってるじゃないか?」


(そそそ、そうよね!? いつも通りよね!? わたしはただキレイな身体でクロードと……)


 ロージーは何を誤解したのか、クロードの一言ひとことを過敏に受け取ってしまっていた。そんなロージーの気も知らないでクロードは宿屋の主人に、共同風呂があるかどうかの確認をとるのであった。


「男女別になりますが、共同風呂はありますだぎゃ。1階の食堂を抜けた通路の先にありますだぎゃ。しかし、前もって宿泊の予約をしてもらっていたら、カップル用の個室のお風呂もご利用できたのに、残念だっただぎゃ?」


 宿屋の主人は終始ニヤニヤとした顔つきであった。それもそうだろう。宿屋の主人から見ても、ロージーは立てば芍薬のようなハーフエルフの女性なのだ。そんな女性をツインベッドの部屋に連れ込むような男が何もせずに一晩過ごすわけがないと踏んで、宿屋の主人は、ここはいっちょ、世話をしなければならないだろうと、色々と気を使っているのである。


「いや、それはまあ……。残念と言えば残念だけど……。じゃ、なくてっ! 料理について注文したいんだけど。パンとチーズ。あとソーセージとかの肉類があったら嬉しいかな? あと味噌汁ミッソ・スープもお願いするよ」


「わかりましただぎゃ。ちなみにお連れさまは酒は強いほうですだぎゃ? アルコール度数の低いモノのほうが良いだぎゃ?」


「そうだな……。ロージーにあんまり酔っぱらうと後で困るだろうし……」


(酔っぱらうと困る!? それって、わたしが酩酊状態になると、クロが困っちゃうってこと!? 源爺物語だと確かマグロ? って女性は『いとわろし!』って書かれたし!?)


「おい、ロージー……。固まっているところ悪いんだけれど、宿屋のご主人がどうするかって聞いてるんだから、ちゃんと受け答えしてくれよ?」


 クロードに諭されて、ロージーは、はっとわれに返り、頭を左右にぶんぶんと振る。そして、アルコール度数は控えめなお酒にしてもらうことにしたのであった。


「わかりましたのだぎゃ。では、お風呂を済ませてもらっている間に、こちらも食事の準備を済ませておくのだぎゃ」


 宿屋の主人がそう言うと、部屋から退席していくのであった。しかし、ここでロージーは大事なことに気づく。


「あっ……。収穫祭の後に町の宿屋で泊まることなんて、これっぽっちも考えてなかったから、代えの下着とか服とか持ってきてない……」


「あー。そう言われればそうだったな……。まあ、でも、汗を流せるだけでもマシなんじゃないか? でも、踊って汗だくになっちまった服をまた着るってのもなあ……」


 こればかりは仕方ないだろうと、2人は諦めて宿屋で湯あみをすることになる。元々、陽が落ちきるまでこの町に長居する予定ではなかったのだが、祭りの熱がそうさせたとしか言いようがなかったのである。


 ささっと風呂を済ませた2人と1匹が部屋に戻ってくると、部屋に備え付けられた小さな木製の丸テーブルの上には、そのテーブルからこぼれ落ちそうなほどの料理が乗せられていた。


「あれ? こんなに注文したつもりなんてなかったんだけどな……。これ、追加料金を取られちまったりするのかな?」


 パンとチーズ。そしてソーセージ。味噌汁ミッソ・スープまでは注文通りであったのだが、何故か、ヤモリの黒焼きが5つ、何の蛇かわからない串焼きまでもが大き目の皿に盛られていたのである。


「くんくん。マムシと呼ばれる蛇の串焼きでッチュウね。多分、祭りで失った分の栄養を賄ってほしいとの宿屋の主人の粋な計らいなのではないのかでッチュウ?」


「ああ、なるほど……。ヤモリの黒焼きとかマムシの串焼きって、滋養強壮によく効くっていうもんな? じゃあ、これはサービスって認識で良いのかな? いやあ、あのご主人、なかなか気が利くなあ?」


(クロ、違うでしょっ! これは明らかに、あのご主人の策略の匂いしかしないわよっ!)

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