第4章:浮島に至る道

第1話 収穫祭

――ポメラニア帝国歴258年 10月13日 火の国:イズモにて――


 ロージーたちが住む一軒家の近くの町や村々の収穫祭は無事に最終日を迎えることとなる。ロージーとクロード、そしておしかけお邪魔虫のコッシローは、収穫祭で生花売りに従事し、ロージーたちが丹念に育てた生花は飛ぶように売れて、日銭をたっぷりと稼ぐことに成功するのであった。


 収穫祭の最中、コッシローは暇を見つけると、町娘や村娘のスカートを風の魔術:風の柱ウインド・ピラーでめくりあげるといったイタズラを敢行したりなどして、その度に女性のショーツに釘付けになったクロードがロージーに平手打ちをされたのはご愛敬と言ってよかっただろう。


「いたたっ……。ロージーに平手打ちされすぎたせいで、左のほっぺたが痛いんだけど……」


「ふんっ! わたし以外の女性のショーツを見て、鼻の下をだらしなく伸ばしているクロが悪いのよっ!」


 しかしながら、もし、クロードがロージーのスカートがめくり上がり、その奥からショーツを見ようモノなら、ヤオヨロズ=ゴッドが黙ってくれたのであろうか? まさに『ヤオヨロズ=ゴッドのみぞ知る』。クロードはロージーの平手打ち以上の衝撃を情け容赦の無いヤオヨロズ=ゴッドから顔面に喰らっていたかもしれない可能性があった。


「ちゅっちゅっちゅ。最近の若い女性はいやらしいショーツを履いているのでッチュウね……。意外なことに純白の婦人用ショーツを履いていたのは1割にも満たなかったのでッチュウ」


「ま、まあ。婦人用ショーツは正直言って、ダサいから……。やっぱり、若い女性なら、フリル付きの可愛いのとか、意中の男性をその気にさせるような、少し大人びたのをね……?」


 ちなみにポメラニア帝国内の女性に今、流行しているのは『紐パン』と呼ばれているショーツであった。腰の両サイドを紐で縛って固定するタイプである。この『紐パン』は、婦人用ショーツとは違い、生地自体が薄めなことと、お尻にフィットしやすいことが功を奏し、スカートにパンツラインが浮き出にくくなっている。


 もちろん、ロージーもロージーなりに背伸びをしている。彼女のこの日のショーツは『紅い紐パン』である。彼女も立派な大人の女性である17歳だ。隣で一生懸命に、町行く人々に声を掛けて、生花を売っているクロードにまじまじと自分のショーツを見せつける気は無いモノの、やはりそこは多感な時期の女心だ。もしもの場合もあるので、ロージーとしては勝負下着を着用していたのである。


(わたしが愛読している【ゲン爺物語】だと、ゲン爺が夜這よばいに忍び込んだ寝室で寝ていた女中の下着が純白の婦人用ショーツだったことに、『いとわろし!』って叫んで帰ったのよね……。クロードがもし、祭りの熱にほだされて、わたしに抱き着いてきた時に、婦人用ショーツだったら、がっかりするものね……)


 ロージーはそう考えての勝負下着であるのだが、如何せん、朴念仁のクロードなのだ。彼は額に汗を流して、生花売りに没頭している真っ最中であった。ロージーはなかなか自分に手を出してこないクロードにやきもきしてしまうのも無理はなかったのである。


「いやあ、やっぱり、祭り気分に浮かされてか、普段の3倍以上もの生花が売れてるなあ! ロージーが丹精込めて育てただけあって、花たちが生き生きしてるぜっ! これも売れ行きに関わっているのかな?」


 クロードが満面に笑みを浮かべて、隣に立つロージーに話しかけてくる。ロージーは自分が褒められたことにより、彼女もまた自然と顔が笑みになってしまう。


「そ、それはコッシローのおかげもあるかもね? 育ち過ぎちゃった花をみずみずしく保つために、ちょっとだけ育成を逆行させているし。この魔術って便利よね? 農作物で同じことが出来るなら、保存期間が長めに出来るってことじゃないの?」


「一度、栽培を終えたあとでは、成長するのにまた栄養が必要になってくるでッチュウ。だから、栽培を終えた農作物に逆行魔術をおこなうと、農作物が自分の栄養を自分で消費しちゃうことになるのでッチュウ。それゆえに味がスッカスカになっちゃうのでッチュウ」


「便利そうに見えて、不便なのね? 花の場合はそれほど自分の栄養を自分で食べちゃうことにならないから、大丈夫ってことなの?」


「うーーーん。花の場合は、ちょっと違うのでッチュウ。花は太陽の光を自分の栄養源に変えることが出来るのでッチュウ。だから、水さえ、こっちでしっかり与えておけば良いという話になるのでッチュウ。原理について説明をしたいところでッチュウけど、ボクの話が長くなると、ロージーちゃんはあからさまに嫌な顔をするでッチュウよね?」


 さもありなん。コッシローの話はいちいち長いのだ。コッシロー自身が語りたがりな性格なのもおおいに関係があるのだが、一度、コッシローが解説モードに入ると、少なくとも1時間は止まらなくなる。


 今はそんな悠長にコッシローの話を聞いている時間など無いと言っても過言ではなかった。クロードは一生懸命に生花を売っているし、ロージーはロージーで10月半ばとは思えない陽気に花たちがやられないように、花の育成と逆行の魔術を駆使し、花の鮮度を保たなければならない。


 10個ほどの桶に一杯に詰め込んできた生花は今や残すところ3割といったところである。クロードの言う通り、普段の3倍近く、生花が売れていたのであった。生花売りはロージーの店以外にも数件あったのだが、広場に集まる祭り客が遠目に見ても、ロージーたちの売っている生花は生き生きとしていたのだ。


「ちゅっちゅっちゅ。イタズラ半分でロージーちゃんの才能を開花させたのでッチュウが、これは嬉しい悲鳴でッチュウね? こんなことなら、もう少し、ロージーちゃんをいじってよかったかもしれないのでッチュウ」


「あのね……。わたしが逆行魔術を使えるようになったのは、あなたにとっては嬉しい誤算だったかもしれないけれど、ここまで飛ぶように生花が売れるのは、わたしにとっても誤算だったのよ?」


 ロージーは、生花の売れ行きが悪ければ、さっさと店じまいをして、クロードと共に収穫祭周りをしようと思っていたのだ。しかしだ。現状、ロージーの屋台の周りには、花を売ってほしいとの客が殺到しているのである。ロージーは嬉しい反面、がっかりよ……とため息をつかざるをえなかったのであった。


(あーあ。こんなことなら、紐パンなんて履いてこなきゃよかった……。動けば動くほど、腰の紐がほどけそうなのよね……。クロードがほどいてくれるならって、わたし、何を考えているのよっ!)


 ロージーは左右に頭をブンブンと振って、邪念を払うのであった。そして、客やクロードが見えないところで、スカートの中に手を突っ込み、紐パンの紐を硬く結び直すのである。


(勝って兜の緒を締めよって言うけど、生花の売れすぎで紐パンの紐を締めよって、いったい、どういうことなのかしら!?)

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