第11話 騎士の誓い

 コッシローがからし色の双眸をぎらつかせながら、全てを呪い殺さんとばかりに怨嗟の声を喉から絞り出して、ポメラニア帝国への非難を言葉にする。もし、ここにみかど付きの衛兵が居れば、間違いなく、コッシローは捕らえられ、牢に繋がれることになったであろう。それほどの剣幕でコッシローは吼えたのであった。


 しかし、そんなコッシローであったが、ふうううとひとつため息をつき、身体から力を抜いて、ゴロンとテーブルの上で横になる。


「ボクとしたことが取り乱してしまったのでッチュウ。今、言ったことは全部忘れてほしいのでッチュウ。敗残の将は語るべからず。歴史は勝者により綴られるでッチュウ。ボクはただの負け犬でッチュウ。もう250年も昔の話なのでッチュウ……」


 先ほどまでと打って変わって、コッシローのからし色の双眸は哀しみの色合いに変わっていた。自分の手にはもう戻らぬ故郷を望んでどうするのかと、まるで自分を戒めているようでもあった。


「コッシロー……。わたし、どう言えばいいかわからないけれど、きっと今に良いことがやってくるわよ。【禍福はあざなえる縄の如し】って言うじゃない? コッシローに彼女が出来るとか、そんなことで幸せがまかなえるかもだし?」


「彼女でッチュウか……。ボク、今はネズミの姿でッチュウけど、ネズミの彼女は欲しくないのでッチュウよね。いくらなんでも、ネズミと家族を作る気にはなれないのでッチュウ」


 コッシローの言いに困ったわね? と思ってしまうロージーである。彼女としては、コッシローの気分を少しでも良くしようと思っての発言であったのだが、コッシローはお気に召してくれなかったようだ。そんなロージーの心情を察してか、コッシローは


「あっ、すまないのでッチュウ。今のはボクを慰めてくれたのでッチュウね? 紳士たるボクとしたことが気が利かない返答をしてしまったのでッチュウ。申し訳っ! でッチュウ!」


「慰めるつもりが、逆にこっちが気を使われたんじゃ、わたしも全然、なってないわねっ。まあ、良いわ。それよりも、お昼ご飯も食べたし、また、収穫祭用の生花を育成する作業に戻るけど、コッシローはどうする?」


 ロージーが『どうする?』とコッシローに問うたが、これにはいくつかの意味が込められていた。コッシローが自分たちを四大貴族のひとり:ハジュン=ド・レイが住んでいる浮島の上に建つ屋敷に連れて行くとは言っていたが、それは収穫祭が終わったあとで良いと言われている。


 そうなれば、コッシローはどこかで時間を潰す必要が出てくる。そこでロージーは『わたしたちの生花育成の手伝いする?』とか、『どうせなら、その日が来るまで、自分たちが住んでいる一軒家で共に過ごす?』とか、『収穫祭に一緒に行く?』などの意味を込めて、『どうする?』と問うたのであった。


「ちゅっちゅっちゅ。なかなか魅力的な提案なのでッチュウね? あえて、詳しい説明をしないと……。ロージーちゃんはボクの裁量に任すと言いたいのでッチュウね?」


「そこまで深い意味なんてないわよ? ただ、わたしは『どうする?』と問うただけよ? まあ、深読みしたいのなら、ご自由に? コッシローは黒い湖ブラックレイクの大魔導士なだけあって、こういう言葉遊びも好きなんでしょ?」


 ロージーが挑発にも似た台詞を言うと、コッシローはご満悦なのか、ちゅっちゅっちゅ! と嬉しそうに笑うのであった。


「これは1本、取られたのでッチュウ。おい、クロード。お前もご主人様のこういうところを少しは学ぶべきでッチュウ。『何を言い合ってんだ? こいつら』みたいなアホヅラを浮かべていられるほど、貴族社会は甘くないでッチュウよ? ボクとハジュンの計画が上手くいけば、ロージーちゃんはお父上を取り戻して、あわよくば、また貴族に復権できるかもでッチュウからね?」


「ちょっと待ってくれよっ! なんで、俺がいきなり非難される流れになるんだよっ。俺は確かに学もそれほど無いし、お前らの会話がどうなっているかもよく分かってない。でも、俺はそれでも構わないって思ってるんだ。俺はロージーを護れればそれで良いんだよ……」


 コッシローはクロードの言いに思わず、ほっほぉと感嘆の声をあげてしまう。こいつはこいつなりに自分の領分というものをわきまえているのだなと。


「まあ、護りたいなら、護ってやれば良いのでッチュウ。ハジュンの小僧がクロードも浮島に連れてきてほしいと言った理由が少しはわかった気がするのでッチュウ。姫には騎士の存在が欠かせないのでッチュウ。ハジュンが好みそうな物語になるというわけでッチュウね?」


「言いたいことがよくわからないけど、悪い大魔導士:コッシローから、か弱いロージーを護るなら、俺みたいなしっかり者の男が必要ってことだろ?」


「あら? 失礼ね、クロ? わたしはか弱い女性になったつもりは無いわよ? 毎日の食器洗いや洗濯は、クロに任せっぱなしだけど? それでわたしを【か弱い】ってカテゴリーに分けるのは心外よ?」


 ロージーがそう言うと、クロードは、ははっと軽快に笑うのであった。そして、テーブルの席から立ち上がり、紳士が女性レディにするような、右足を一歩下げ、腰を少し落とした状態でする礼をおこなう。


「ローズマリー=オベールさま。これは失礼しました。ですが、このクロード。この身を粉にしてでも、ローズマリーさまのことをお護りいたします」


「では、騎士の誓いを立ててほしいわ? クロ。わたしの右手の甲にそのあかしを」


 ロージーはそう言うと、クロードに向かって、自分の右手を差し出す。クロードは彼女の右手を左手でそっと掴み、その甲に軽い接吻せっぷんをするのであった。これは、ロージーとクロードが恋仲であるのに関わらず、ヤオヨロズ=ゴッドに口吸いを『制約』されたがゆえの彼女らが出来る接吻せっぷんであった。


 過剰な肌と肌の触れ合いを2人はヤオヨロズ=ゴッドにより禁止されている。『結婚するまで、清い関係でいましょ?』という『誓約』を交わした2人には、重い『制約』としてのしかかっていたのであった。


「そこは口吸いしあう場面だと思うのでッチュウよ? もしかして、ボクがお邪魔だったでッチュウ?」


「いや、そのだな……。『誓約』を交わす時に、ちょっと失敗したっていうかな?」


「ええ……。ヤオヨロズ=ゴッドって、教義は基本、穴だらけなくせに、『婚約』と『結婚』には異常に厳しいのよね……。なんでここまで厳しいのか、まるで意味がわからないわ……」


「なるほどでッチュウ。『婚約』をする時の『誓約』で失敗するのは、よくある話でッチュウね……。 なんなら、ボクが何故、ヤオヨロズ=ゴッドがそこまで厳しく『婚約』関係を律するのか、歴史を交えて解説するのでッチュウよ?」

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