第10話 望郷

 2人と1匹は遅めの昼食にありついていた。ロージーとクロードはひえあわが半々のご飯、目玉焼きサニーサイドアップとカリカリベーコン。そして、豆腐とわかめの味噌汁ミッソ・スープをいただく。


 コッシローは相変わらず、米粉入りのパンをガリガリとかじっている。クロードがパンで喉を詰まらせて窒息されても困るので、小鉢に味噌汁ミッソ・スープのスープだけを入れて、コッシローの近くに置く。コッシローは行儀悪くピチャピチャと音を立てて、味噌汁ミッソ・スープを飲んで、ご満悦といった表情だ。


「ちゅっちゅっちゅ。こんなご馳走をもらえるなんて、ありがたい限りなのでッチュウ。ハジュンの小僧は黒い湖ブラックレイクの大魔導士であるボクに優しくしてくれないのでッチュウ! あいつ、ボクを使いぱしり程度にしか考えて無いのでッチュウ!」


 お腹がふくれたコッシローがテーブルの上でゴロリと寝ころび、腹を両手でさすりながら、四大貴族のひとり、ハジュン=ド・レイへ文句を言っているのであった。


 ロージーたちは、ハジュンさまとこのネズミが既知の仲であろうことは予測できたのだが、ハジュンさまが、このネズミを餌付けしていないことから、主従の仲では無いことが伺い知れたのであった。


「コッシローは普段、どこで寝泊まりしてるんだ? ハジュンさまのところに厄介になっているんじゃないのか?」


 クロードの疑問も当然であった。わざわざ浮島から転移門ワープ・ゲートを使い、下界に降り立ち、1週間近くもかけて、自分たちの住む一軒家へとコッシローはやってきたのである。そんな苦労をするのであるから、ハジュンさまは何かしら、このコッシローに食事なり、寝床を用意しているかにも思っていたのだが、そんな雰囲気を眼の前のネズミからは感じられないのである。


「ちゅっちゅっちゅ。ハジュンの小僧とは利害が一致したゆえに、今回は手を組んでいるだけでッチュウからね。ボクはハジュンの小僧に飼われているわけではないでッチュウ。だから、普段はハジュンの屋敷の敷地内で勝手に寝床を作って、勝手に食事にありついているといったところでッチュウ」


「誇り高いのか、卑屈なのか、判断がつきにくいわね……。いっそのこと、ハジュンさまに飼われちゃったほうが、良い生活を送れそうな気がするんだけど?」


 ロージーがそう言うと、コッシローは右手を左右に振って、ちゅっちゅっちゅと鳴き、ロージーに否定の意思を示す。


「わかってないでッチュウね? 今はこんなネズミの姿でッチュウけど、ボクはこのポメラニア帝国周辺では3本指に入るほどの大魔導士なのでッチュウ。そんな誇り高きボクが誰かの下につくわけにはいかないのでッチュウ!」


(ネズミの割りには存外、誇り高いわね……。でも、そもそもとして黒い湖ブラックレイクの大魔導士なんて、聞いたこともないんだけど……。ポメラニア帝国周辺と言っているから、余所の国出身なのかしら?)


 ポメラニア帝国はエイコー大陸の西に位置する帝国であった。ロージーが今、住んでいる火の国:イズモ。前に住んでいたのが水の国:アクエリーズ。そしてクロードの出身地である1年中寒い風の国:オソロシア。さらにロージーの母親の生地である乾燥地帯の土の国:モンドラ。この四か国と4つの浮島。さらに岩石で出来た巨人が抱え上げている半球状の岩盤。この岩盤の上にはみかどが住まう宮殿がある。


 それら全てを合わせて、ポメラニア帝国となっている。しかし、このポメラニア帝国内で【黒い湖ブラックレイクの大魔導士】という名はロージーが今まで読んだどの書物にも書かれていなかったし、人々の噂話でも聞いたことが無かったのであった。


「ねえ、コッシロー? あなたはどこの国の出身なの? ポメラニア帝国内では無い気がするし……。悪いんだけど、わたしは黒い湖ブラックレイクの大魔導士なんて聞いたことがないんだけど?」


「ああ、ロージー。俺もそれはずっと気になってたんだ。そもそも、黒い湖ブラックレイクってどこにあるんだ?」


 ロージーがコッシローに疑問を呈すると、クロードも続けざまにコッシローに質問を上乗せするのであた。疑問を投げかけられた側のコッシローは、ふと、2人から視線を外す。そのコッシローのからし色の双眸は、どこか望郷を漂わせる色合いへと変化していたのであった。


 コッシローは右手で右目を一度、こすったあと


「ポメラニア帝国成立前に【戦国の世センゴク・パラダイス】と呼ばれた時代があったことは知っているでッチュウ?」


「ええ……。それはさすがに知っているわよ。今から遡ること約250年前までおこなわれていた、ポメラニア帝国が属するエイコー大陸中でおこなわれた【戦国時代】のことよね?」


「そうでッチュウ……。その【戦国の世センゴク・パラダイス】は100年続き、ポメラニア帝国の初代のみかどであるアキータ帝がこの地方を統一したのでっちゅう。しかしでッチュウ。あのアキータ帝はこともあろうに、ボクの住処であった黒い湖ブラックレイクの上に岩石で出来た巨人を配置し、さらにはその上に宮殿を建てやがったでッチュウ!」


「えっ? じゃあ、あの岩の巨人の足が太ももの中ほどまで地面に埋まっているのは……」


 宮殿が建っている半球状の岩盤を支える岩石で出来た巨人。その巨人はひざまずいた格好で、首の付け根を支点に半球状の岩盤を抱え上げている姿であった。しかしながら、何故か、足首から膝、そして太ももの中ほどまで地中に埋まっている様相となっていたのである。


 その理由は、地中に出来た大穴から悪魔ディアボロと呼ばれるモノたちが湧き出ていたために巨人が穴を塞ぐためにああなっているのだとポメラニア帝国では伝承されている。しかし、真実は別にあったのである。


黒い湖ブラックレイクからはこんこんと水が湧き出ているのでッチュウ。浮島やあの半球状の岩盤の上で、何故、水が湧き出る噴水や井戸があると思うのでッチュウ? あれは、岩の巨人が黒い湖ブラックレイクから水を吸い上げているからでッチュウ!」


「そ、そんな……。じゃあ、ポメラニア帝国の初代:アキータ帝はわざわざ浮島や自分が住む宮殿をあんなところに建てるために、コッシローの住処を潰して、さらには黒い湖ブラックレイクの存在自体を隠したってことなの?」


「それらはアキータ帝が自分の権威を誇示するために造られただけでッチュウ……。最も重要なのはポメラニア帝国を流れる河川のほぼ全ては、黒い湖ブラックレイクが源泉だと言うことなのでッチュウ! アキータ帝の本当の狙いはポメラニア帝国領土内に流れる水の全てを自分の手中に収めることにより、ポメラニア帝国領土内の争いを鎮めることだったのでッチュウ! あいつは希代の英雄であると同時に帝国領土内全ての命を握った簒奪さんだつ者なのでッチュウ!」

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