第7話 救いの手
今にも取っ組み合いでも始まりそうな雰囲気を醸し出しながら、言い合っている大人2人を止めたほうが良いのだろうか? だけど、この2人の仲裁に入れば、とばっちりで自分がぶん殴られそうな予感がしたので、クロードはなかなか止めに入ることができない。
「我輩のことを暗に直情的だと言っているように感じるのでもうすが、
「なんですとおおお! 先生の
大の大人が、互いのほっぺたを両手の指でつねりあいながら、ぐぬぬ! ふぬぬ! とやりあっている。これは本格的に不味いことになってきたのでは? と思うクロードであるが、身体がなかなかに動き出さない。筋肉隆々な魔物と狡猾で何か奥の手を隠してそうな魔物がいがみ合っているかのようなイメージが脳裏をよぎるためであった。
「まあまあまあ。ここはセイ=ゲンドーの顔に免じて、2人とも落ち着いてほしいんだよねェ? あんまり2人に暴れられると、テーブルに並べられた料理がしまいには、テーブルごとひっくり返っちゃうよォ?」
ハジュン=ド・レイの部下にあたる准男爵:セイ=ゲンドーが彼らの仲裁に入る。彼はこの手の荒事の解決に手慣れているのか、ハジュンとヌレバの間に入り込み、それぞれの肩に手をやり、グイっと引き離すのである。
「いやあ、すみません。先生としたことがつい熱くなってしまいました……。ヌレバくんがああ言えばこう言うって感じで応酬してきたために、つい先生も熱が入ってしまいました」
「ガハハッ……。我輩、少しだけ反省するのでもうす。肝心のクロードを放っておいてしまったのでもうす。さあ、飲み直そうでもうす!」
ハジュンとヌレバが仲直りとばかりに牛乳が注がれたジョッキをガンッとぶつけ合い、ごくごくっ! とその中身を飲み干していく。
「ぷはあ! 生き返りますねえ! 仕事前の一杯は最高ですよ! 出来るならカルアミルクなら、もっと最高な気分になれるんですがね?」
ハジュンさまは、なんで、こんなに美味しそうに牛乳を飲めるのだろうとクロードは不思議に思ってしまう。普通、居酒屋などで牛乳を頼もうモノなら、店のマスターだけでなく、客からも嘲笑されるモノだ。風の国:オソロシアでは1年中、寒い気候も手伝ってか、身体を温める意味を込めて、アルコール度数が高めの酒を飲むことが多い。
それほどに歳を重ねていない子供や若年になるとホットミルクをよく飲むのだが、風の国:オソロシアでは酒が飲めない=大人じゃない象徴となり、背伸びをしたい若者は無理に酒類を飲むことが多い。
しかし、そんなクロードの思惑など、まったく気にもしてないハジュンは早4杯目となるジョッキ入り牛乳を給仕に注文するのであった。
「あれ? クロードくん。さっきから、食べるどころか、飲むことすらしていませんね? もしかして、ここでの飲み食いの代金を請求されると思ってたりします? 大丈夫ですよ。先生の奢りなので、じゃんじゃん飲んで食べてくださいね?」
「は、はい……。いや、そうじゃなくて、俺がここに来た理由は、オベール家の窮状をどうにかしてほしってことで……。それが解決もしてないのに、俺だけ腹いっぱい食べるなんて、とてもじゃないけど出来ません……」
クロードは1日半に及ぶ強行軍で、この大神殿のある街にやってきた。十分な食事も休息も取らずに馬で駆け続けた。もちろん、喉は渇いているし、腹も空いている。だが、オルタンシアさまや、ロージーのことを思えば、とてもではないが喉の渇きを潤したり、腹を眼の前のテーブルの上に広がる料理の数々で満たす気にはなれなかった。
「ふむっ。それもそうですね。先生としたことがうっかりしてました。では、そちらのほうから解決しておきましょうか。セイ=ゲンドーくん。食事が終わったら、オルタンシア=オベールくんをセイ=ゲンドーくんの屋敷に運んでくれますかね?」
「はい、承知だよォ。まあ、僕の予想だと、慣れない気候と栄養不足、さらにはストレス過多からくる心身衰弱ってところかねェ? まあ、僕は医者じゃないから断定はできないけどォ?」
先ほど、ハジュンは宰相:ツナ=ヨッシーとは事を構えたくないと言っていたはずなのに、今はオルタンシアさまを救ってくれると言ってくれていることに、クロードは面食らうことになる。
「えっ。えっ? 失礼ですけど、ハジュンさまは乗り気じゃなかった気がするんですが……」
「いえいえ。先生はツナくんと今はまだ事を構えたくないのは事実ですよ? ですから、セイくんに全責任を押し付けようという話です」
「そういうことだよォ? ハジュンさまは性格は歪んでいるけど、基本的には困っているヒトには手を差し出さないと気がすまないんだよォ? というわけで、ハジュンさまに累が及ばないようにと、僕の屋敷で
ハジュンとセイ=ゲンドーの言いに、クロードはありがたく思い、うつむいた顔の両目からボロボロと涙が溢れてくるのであった。
「ありがとうございます……。オルタンシアさまを救ってもらって……。俺、この御恩を返せる身ではないですが……」
「いや、別に良いんですよ? いつか、この貸しは返してもらいますんで。もちろん、金銭的なお返しなんか期待してません。そうですね……。先生がピンチになった時はクロードくんに身を盾として護ってもらいますかね?」
ハジュンがそう言いながら、右目をしばたかせウインクするのである。その瞬間、言いも知れぬ悪寒がクロードの身に襲い掛かる。自分はオルタンシアさまを救う代わりに、何かとんでもない約束をさせられてしまったのかもしれないと。そのため、さっきまでボロボロと流していた涙はどこかにひっこんでしまう。
「ああ。別に先生を命掛けで護ってほしいってわけではありませんよ? もちろん、きみの婚約者であるローズマリーくんの命を護ることを第一に考えくれて結構ですよ。『婚約』を交わしたってことは、想い人を残して、勝手に野垂れ死にしないようにとも神と『誓約』を交わしているはずですし」
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