第6話 怒り
「ヌレバくん? どうする? と問われたら、そりゃボサツ家と盟友であるド・レイ家がボサツ家の派閥に属していたオベール家の奥方を救わないわけがありませんよ。ヌレバくん、わかって言ってますよね?」
ハジュンの非難めいた視線を受けても、ヌレバは剃りあげた禿げ頭の後頭部を右手でさすりながら、ガハハッ! と豪快に笑うのであった。ハジュンは、ふうううとひとつ嘆息をしたあと、クロードに告げる。
「四大貴族のひとりである先生なら、オルタンシアくんを救うことは出来ます。ですが、ひとつ問題があります。ポメラニア帝国では、家族の誰かが罪を犯せば、その家族全員が連帯責任を負うことになります。万引きやスリ程度なら、本人だけの問題で済みますが、カルドリアくんは死刑をギリギリ
四大貴族たちはお互いに相食む存在であった。構図としては、政策が割りと似かよっている水の国:アクエリーズの実質的な支配者であるボサツ家と、火の国:イズモの実質的な支配者であるド・レイ家が同盟を結んでいた。
そして、ボサツ家とド・レイ家に相対するのがヨッシー家とフォゲット家の2家である。その内の1家である宰相を代々受け持っているヨッシー家の当主:ツナ=ヨッシーとは事を構えたくないとハジュンは暗に言っていたのである。
「そ、そんな……。じゃあ、カルドリアさまはその宰相:ツナ=ヨッシーとボサツ家との政争の具にされたってことなんですか?」
「簡単に言うとそうですね。宰相のツナくんは、第1皇女:チクマリーン=フランダールとボサツ家の次男坊:ナギッサ=ボサツとの『婚約』を良しとしていません。そのため、難癖をつけて、日取りが決まっていた結婚式の開催を遅らせているんですよ。本当なら今年の6月には結婚式を開く予定だったのです。それがツナくんの妨害にあっているわけです。まあ、こちらとしても手をこまねいて見ているわけでもないのですが……」
宮中でそんなことが起きていることなど、クロードにとっては寝耳に水であった。自分が仕えるオルタンシアさまは、その辺りについては、何も語ってはくれなかった。オベール家とヨッシー家との間で何かしらあったのか? 程度の疑念しか、クロードは持っていなかったのである。
クロードの心の底で何かドス黒い感情が産まれ始めていた。今のオベール家の窮状は、もしかすると、カルドリアさま自身が宰相:ツナ=ヨッシーに何かつけこまれる落ち度があったのかも? と考えてはいたのだが、実はそれは宰相:ツナ=ヨッシーが、ボサツ家の勢いを削ぐためだけに、汚職や収賄といった濡れ衣をカルドリアさまが被らせられたことがハジュンさまの言いから感じ取れたからだ。
思わず、クロードは握り込めた右手を丸テーブルにガンッ! と叩きつける。その拍子で丸テーブルの上に置かれた皿が跳ね上がる。幸い、丸テーブルの上から、料理が盛られた皿が落ちることはなかったが、丸テーブルの上は少々、汚れてしまう結果となってしまう。
「ふざけ……やがって! ツナ=ヨッシーは、ボサツ家に直接、手を出せないから、カルドリアさまを罠にはめたのかっ!」
「なかなか勘の鋭い男ですね、クロードくんは。そして直情的過ぎます。先ほど、あなたはその口からカルドリア=オベールくんの娘であるローズマリー=オベールくんと『婚約』を交わしたと言っていましたよね?」
ハジュンは
「俺とロージーの『婚約』と、俺が直情的ってのは、何か関係があるのですか?」
「大ありですよ! ヌレバくん。確か、きみが昔、先生に言ってたことを思い出しましたけど、オベール家の跡取りはそのローズマリーくんだけでしたよね?」
「そうでもうす。カルドリア殿はニンゲン。そしてオルタンシア殿はエルフでもうす。ニンゲンとエルフの間では、なかなか子供が出来ないのでもうす。それゆえ、オベール家の跡取りはローズマリー殿だけでもうす」
クロードは、いったい、2人が何を言っているのかわからないといった感じで、怪訝な表情になってしまう。
「おや? 勘が鋭いと評価したのは先生の間違いでしたかね? オベール家が没落したのは、宰相:ツナ=ヨッシーくんのせいであることは事実ですが、ツナくんが手を下さなくても、次代では、あなたが原因でオベール家は結局、没落していた可能性があると言いたいんですがね?」
クロードはハジュンにそこまで言われて、ようやくながら気づく。自分の直情的な性格が、ロージーにとって、どれほどの損害を被らせるかの可能性についてだ。自分はカルドリアさまに、ロージーとの『婚約』を交わしたことを報告した時に、『ロージーを護ってほしいと』カルドリアさまに言われたことを思い出したのである。
「ぐっ! こんなことって! 俺はこの心から湧き出す怒りの感情をどこにぶつけたら良いんだっ!」
クロードは出来るなら、オベール家の面々を今の状況に追い込んだ宰相:ツナ=ヨッシーの喉笛に噛みつき、屠ってやりたいとさえ思っていた。しかし、そんなことをいざ、実行してしまえば、オベール家はどうなるか? 自分の婚約者であるロージーが無事で済まされるわけがない。
自分の命は既に自分のモノだけではなくなっていた。自分の行動ひとつで、ロージーに迷惑が及んでしまうことに、クロードはギリギリと歯がみしてしまう。
「やれやれ……。若い故に直情的なのは致し方ないことかも知れません。でも、軽挙妄動は控えるべきですね」
「ガハハッ! 我輩の指導が行き届いてなかった証拠でもあるのでもうすな。もう少し、強くぶん殴って、性格を矯正すべきだったでもうすかなあ?」
ヌレバが悪びれもせずにそう言いのける。ヌレバとクロードはかつて、師弟の間柄であった。クロードは風の国:オソロシア出身であるためか、昔はぶっきらぼうで、モノの言い方もなっていなかった。それを逐一、こぶしを持ってして指導したのがヌレバだったのである。
しかし、ニンゲンの根本は変わりようがない。クロードの根っこは『正直公正に生きたい』であったのだ。
「おや? ヌレバくんが唯一、弟子に迎えたって人物は、クロードくんのことだったんですか? いやあ、可哀想に……。ヌレバくんの弟子なら、直情的でもしょうがないですね?」
「なんと!? ひどい言い草なのでもうす! まるで、今のクロードがあるのは、我輩の所為かのように言われているのでもうす! 我輩は愛を込めて、クロードをぶん殴ってきたのでもうすよ!?」
「強くぶん殴り過ぎて、クロードくんは余計に歪んでしまったんじゃないですか? ヌレバくんは手加減をよく間違えますしね?」
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