第四話〈6〉



    3



 そして俺はふたたびあのざかていへとやって来ていた。


 相変わらずがいせんもんみに巨大な門をけ、森林公園以上の広さの庭を越え、どこぞのダンジョンのように複雑なこうぞうしきを歩き──


 合計二十分ほどかけて、ようやく春香のの前にとうちやくする。


はる様、ゆう様がおいにいらっしゃいました」


 づきさんがドアをノックすると、中で少し物音がした。


「お姉ちゃん、おに~さんがお土産みやげぎんどうのケーキを買ってきてくれたの。お姉ちゃんもいっしょに食べようよ~」


 ガタリバタバタ、と中から何やらどうようしたような音が聞こえた。


 ちなみに俺が今右手に持っているケーキ(一日げんてい十個はんばい)は春香のだいこうぶつらしく、三日に一度はかならず食べているとかいないとか。それでもあのスリムな体型をしているんだからスゴイ。


「……出ていらっしゃいませんね」


 さっきの物音以来、はんのうがない。


 うでを組んで首をひねる。


「う~ん、おに~さんとケーキのダブルコンボでだいぶ動揺してるみたいだから、もうちょっとって感じなんだけどな~。とりあえず、ここでお茶しよっか? 葉月さん、用意してくれる?」


「はい」


 どこから持ってきたのか、葉月さんはたたみ式のかんテーブルを手早く組み立て、その上にテーブルシートをく。さらにどこからか四人分のイスを取り出し、ティーポットとカップをならはじめ…………………………………………


 ……………………………って、ちょっと待て。こんなおおもつどこに持ってた? 確かさっきまでこの人、手ぶらじゃなかったか?


「それはぎようみつです」


 たずねると、すずしい顔してメイドさんはそう答えた。企業秘密ってあんた。実はそのメイド服のポケットが四次元につながっているとかそういうんじゃないだろうな?


「企業秘密です」


「いや……」


「企業秘密です」


「だから……」


「企業秘密です」


「……分かりましたよ」


 もうそういうことにしておこう。あきらめて、俺は大人しく(出所不明の)イスにこしけた。


 メイドさんが、ポットに手をかけて俺たちを見回す。


「ヌワラエリアでよろしいでしょうか?」


「何でもいいよ。わたしはお姉ちゃんみたく紅茶マニアじゃないから」


「……右に同じく」


 というか言われるまでそれが茶葉の名前だってことすら分からんかったし。


 そんな感じで、いつのにかはるの真ん前(ろうである)でお茶会が始まった。


「わ~、おいしそ~♪」


「ザッハ・トルテですね。切り分けましょうか?」


「うん、お願い~」


 あざやかな手付きでづきさんがケーキにナイフを入れていく。チョコレートの甘いかおりがあたりにふわりと広がる。春香のお気に入りだけあって、ほんとにうまそうだ。


 と、その時、はいでカタリ、と小さな音がした。


「ん?」


「!」


 かえると、そこにはドアのすきからこっそりとこっちをのぞいている春香の姿すがたがあった。俺のせんに気付くと、ぱたぱたとあわててドアを閉じる。……もしかしてケーキにつられて顔を出したのか?


(よしよし、かれてる惹かれてる)


 小声でがそうささやく。……やっぱそうなのか?


(よろしければ、フルーツコンポートもお持ちしましょうか?)


(あ、いいかも。お姉ちゃん、だいこうぶつだし)


(では……)


 葉月さんがろうすべるように去っていき、


(お待たせしました)


 果物くだものんだようなモノがったトレイを持ってあっというもどってきた。何やら独特のにおいがする。


(これはフルーツコンポート。季節の果物をシロップでて、ラム酒を加えたものです)


 葉月さんがそうかいせつしてくれた。なるほど、ラム酒か。


 カチャ。


 と、ふたたびドアが開く音がした。匂いに惹かれてまた春香が顔を出したみたいだった。だが俺たちの視線に気付くと、用心深いリスのようにすぐに顔を引っ込めてしまう。まあそんな小動物みたいなぐさもかわいかったりはするんだが。


(ん~、あとひとしだと思うんだけど)


(それでは今度はジンジャービスケットを持ってきますか?)


(うん、お願い)


 とまあ、そんなあまのいわまがいのことを何度かかえしたのだが、それでもあと少しのところで春香は出て来てくれなかった。


「もう~……ねばるなあ、お姉ちゃん」


 とうとうシビレを切らしたのかは、


「よ~し、こうなったら……」


 すう、といきを吸い込んで、


「ほら~、出て来ないんだったら、ケーキもおに~さんもわたしがもらっちゃうよ~。ねっ、おに~さん」


「う、うわっ! おい」


 大声でそうさけんで、がばっとネコのように俺にきついてきた。おお、やわらかい。


「おに~さん、ごろごろ~」


「こ、こら」


 ほ、ほっぺたをりつけるな!


「もうお姉ちゃんなんかほうっておいてわたしとデートしようよ~、デート。二人だけでさ~、アキハバラとかいいよね~」


「だ、だから待てって」


「うにゃ~」


 じゃれついてくる美夏を何とかりほどこうとしていると、とつぜんドアの向こうからドタン! とすごい音がした。


「だ、だめですっ!」


 続いていきおいよくドアが開かれ、中からひつな顔をしたはるが両うでをぶんぶんとまわしながら出て来た。


「ゆ、ゆうさんはだめですっ! 他のことならともかく、裕人さんだけはゆずれません! ゆ、裕人さんは、アキハバラには私とだけ行くんですっ!」


「……」


「……」


「……わお」


 ちんもくする俺とづきさんと、なぜか楽しそうな声をあげる美夏。


 そこにいたって自分の言ったことのイミにようやく気付いたのか、春香の顔がさんせいはんのうを起こしたリトマス紙みたいにかーっと真っ赤になった。


「わ、私、何言って……す、すみませんっ!」


 ばたん、とふたたびドアが閉じられてしまった。続いてかちゃん、とカギ及びストッパー(チェーンが進化したようなモノ。高級ホテルなんかによく付いている)のかかる音。


「う~ん、ぎやくこうだったかな……」


「いえ、作戦としては良かったと思うのですが……」


「そうだよね~。う~ん、おに~さんの色男♪」


「……スケコマシ」


 二人(特にこうしやのメイドさん)が好き勝手なことを言う。


 ともあれこれでしにもどってしまった。いやむしろストッパーまでかけられたので三歩進んで四歩戻るといった感じか。


「……こうなったらもう、強行とつをせざるを得ません。ここ三日、まともに食事をっていらっしゃらないので、はる様のお身体がしんぱいです」


 メイドさんが一歩前に出る。


「それはそうですけど、でも強行突破ったってどうやって?」


 チェーンとちがって、ストッパーはペンチなどでかんたんに切ったりない。


「これを使用します」


 と、メイドさんの手に(これまたいつの間にか)にぎられていたのはぼうホッケーマスクをかぶったさつじんも真っ青の巨大なチェーンソー。だからんなもんどこから持ってきたんだよ……


あぶないですので、お二人は下がっていてください」


 チェーンソーが、チュインチュインチュイン! とけんな音を発し始めた。……本気でこれを使う気か、この人。


「それでは──」


「待ってください。ここは俺が行きます」


 ドアの前でチェーンソーをだいじようだんかまえようとしたづきさん(使い方ぜつたいちがってる)を制する。


 とりあえずあの件はちゃんとカタが付いたことだけでも教えておかなければなるまい。から聞いた話からして、はるが落ち込んでるのはしゆがバレたと思っているからだ。ならばかいけばこのじようきようも変わるにちがいない。おそらく。


「しかし……」


まかせてください」


 少なくともそんなチェーンソーを使うよりはマシなはずだ。


「……分かりました。お任せします」


「がんばってね、おに~さん」


 美夏とづきさん二人のせんなかに受けながら、のドアを軽くたたく。


「春香、ここ開けてくれ。この前のことで話がある」


「……」


 ごん


「あー、きっと春香にとっても悪い話じゃないはずだ。それにほら、春香の好きなケーキもあるぞ」


「……」


 まだ無言。


「というか、開けてくれないと葉月さんがチェーンソーをまわしてあばれるって言ってるんだが」


「……そこまでするとは言っておりません」


 はいからメイドさんのれいせいな突っ込みが入る。いやあなたならやりそうです。


「で、そういうわけなんだが、開けてくれないか?」


 改めてたずねると、少しまようようなはいがドアの向こうから感じられたがやがて、


「……分かりました。入ってください」


 か細い声で、そんな返事がもどってきた。

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