第四話〈3〉


 また別のある日のこと。


 その日もまた春香に会いに来た美夏(なぜか最近よく来る)に校門前でつかまり、一般生徒から冷たいせんびせられたあげ、ファンクラブ員に校舎裏に連れていかれそうになりながらも命からがらとうぼうに成功し、半ばボロボロになって帰宅すると、一階のリビングの方から二人分の笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、それはおもしろいな」


「あはははは、やっぱそうよね~」


 ルコの声と……もう一つ、すごくおぼえのある声。このみように高いテンションからして、まずあの人にちがいないだろう。


 ろうがいきなりばいした気がした。


 いつしゆんそのまま二階の自分のに引きこもりたいしようどうられたが、あいさつもしないでそんなことをするとのちのちもっとやつかいなこと(よくじつに校内放送でされたり、音楽の授業中に『あのらしい愛をもう一度』のどくしようをやらされることになったり)になるのはこれまでのけいけんで身をもって知らされている。かたがないので、いやいやながら俺はリビングへと足を向けた。


「ただいま」


 がちゃり、とリビングのとびらを開く。


「おお、帰ってきたか」


「お、ゆうくん、おかえり~。おじゃましてるわよ~」


 思った通り、そこにはソファの上で足を組んでふんぞり返っているバカ姉と、そのとなりでぷらぷらと手をる親友の音楽教師の姿すがたがあった。


「……」


 この人たちは二人ともかたき上はりつな社会人なはずなのになぜ高校生である俺よりも早く帰宅しているのかとか、まだ午後四時半なのにもかかわらず何だってテーブルの上に日本酒のからびんが二本ほどっかっているのかとか、突っ込みどころは山とあったのだが、たぶんそこらヘンは命がしくば深く突っ込んじゃいけないんだろう。まあ、こんなの(キッチンドランカー)はいつものことだしな。……なお悪いが。


「今日はいつもよりおそかったな。何か用事でもあったのか?」


「いや別に」


 わった目でじっとこっちを見る姉から目をらす。こいつらにあえてはるたちのことは話すこともあるまい。がったぱらいども(それもかなりタチが悪い)にわざわざ酒のさかなを提供するなんて、それこそえたトラの前に自らのうでを差し出すようなもんだ。


 しかし。


「春香ちゃんとかその妹ちゃんにヘンなことしてたんじゃないでしょうね~?」


 俺は何も言ってないのに、いつしようびん片手に、さんがにやりとファウスト博士みたいなみをかべた。


「……何の話ですか?」


かくしたっておねいさんにはムダよ。ここのところ裕くんが春香ちゃんと妹ちゃんと仲良くしてるってことは、のぶながくんからの情報で分かってるんだから」


「……信長?」


 確かにあいつは俺がはるきようを持ってたことを知っている。でもあいつはそういったことをごんするようなやつじゃない。てきとうそうに見えてそういったところはがいりちなやつなのである。その信長が、よりにもよって知られたら一番メンドウなこのセクハラ音楽教師に教えるはずがないんだが……


 するとさん、ふたたびにやりと笑い、


「ま、信長くんも最初は言うのをしぶってたみたいだけどね~。でも優しく〝か・ら・だ♪〟にいてみたらこころよく洗いざらい答えてくれたわよ。『わ、分かったよー。僕が知ってることなら全部しやべるからさー、い、いやむしろ喋らせてくださいー。うわー、僕はまだキレイな身体のままでいたいんだー。ゆう、ごめんねー』って」


「……」


 その場で何が行われたのかは……考えない方が心の健康のためにはいいんだろうな。いけにえとなったあわれなおさなじみに少しだけ同情した。


「さすがに信長くんの情報はしようさいかつ的確よね~。裕くんがまわりの目をぬすんでちょくちょく春香ちゃんと話をしてることとか、試験勉強をしに春香ちゃんの家にまで行ったこととか、妹ちゃんと校門のところで仲良くじゃれあってたこととか、まるで見てきたみたいにくわしく説明してくれたわよ~」


 由香里さんの口ぶりからして、信長のやつ、持っていた情報を全てかいさせられたのはちがいなさそうだ。はあ……てことは、この人に春香関係の情報は全てにぎられたってことか。うわ、最悪だ。


「……ん?」


 ちょっと待て。


 そこで思った。


 春香と学園でちょくちょく喋っていたことや美夏との一件はともかくとして、何であいつ、俺が春香の家に行ったことまで知ってるんだ? このことはだれにも喋ってないのに……


『情報化社会っていいよねー。情報条例だプライバシーだなんて言っても、その気になればけつきよく個人情報なんてつつけだしー』


 いつかの信長のことが頭にかぶ。


「……」


 改めて、あさくら信長という人物のおそろしさをかいたような気がした。てかぜつたいストーカーだよ、こいつ……


 色んな意味で俺がぜつしていると、由香里さんはさらに続けた。


「ま、もっとも信長くんに聞く前からもうすうす気付いてたけどね。だって最近、学園内じゃ有名よ? あの『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』にちょっかいをかけてるクソヤロウがいて、さらにそいつはその妹ちゃんまでどくにかけようとしてる人間のクズだって。それを聞いた時、私ぴ~んときたのよね。これもうぜつたいゆうくんのことだって」


 ……いやさん、どうしてその人間像から真っ先に俺がかんでくるんでしょうか。


「だって裕くんならいかにもじゃない。だんからむっつりスケベだし」


「……」


 俺のこうにさらりと答える由香里さん。


「……ゆうようじよへんあいはいかんぞ。私はお前をそんな風に育てたつもりはないんだが──」


「……」


 姉は姉でな顔でそんなことを言いやがるし、


「でも裕くんの性格じゃ幼女ちゃんにも尻にかれそうよね~」


「……」


 由香里さんも由香里さんでさらに好き勝手なことを言いやがる。……くそ、何か本気でグレたくなってきたぞ。


「あ、裕くん、おこってる?」


「……そりゃあもう」


 へんたいプラスヘタレばわりされてほとけがおでいられるほど俺は人間てない。


「ごめんごめん、そんなこわい顔しないでよ。ほんのじようだんなんだから。でもうすうす気付いてたってのはホント。だって前からゆうくん、はるちゃんのこと色々と気にかけてたじゃない。いつかのホームルームの一件とか」


「……う」


 そこをつかれるといたい。


「確か、裕くんがいきなりはんしよくのシマウマのごとく発情して春香ちゃんにおおいかぶさったのよね~。いや、私がひつに止めたからがいぜんふせげたものの、しきよくくるったケダモノをおさえるのには苦労したわ~」


「過去をねつぞうすんな」


 あんたあの時ほとんど何もしてないだろ。


「ま、恋することはいいことよ。恋があるから愛があるわけだし、愛があるから人類は今こうやってはんえいしてるわけだしね~。愛は地球をすくう。ラヴ・アンド・ピース♪」


 何だかいいことを言っているように見えて実はその場のノリでしやべってるだけのぱらいは、すげえ楽しそうな顔で親指を立てててぐっと俺の方に突き出した。


「どお、裕くんも私といっしょに地球を救ってみない?」


えんりよしておきます」


 ピンク色のオーラを出している酔っ払いに、〇・五秒でそう答えた。


「よよよ、フラれちゃったわ~。ルコ~、裕くんが冷たいよ~……」


「……いや、私としても義妹いもうとになるのは心のそこから遠慮したい」


「うう~、姉弟そろって北極に吹く北風みたいに冷たいのね~……」


 何やらきマネを始めた人はとりあえずほうしておく。


「それじゃ俺は宿題があるんでもどりますんで。飲むのもいいけどほどほどにしといてくださいよ。ルコも」


しんぱいするな」


 そのこといつぺんたりとのしんぴようせいもないことはもはやうたがいようもないんだが。せめていつかのように家の中でえんほうしや(口にアルコール度数九十六%のウオッカをふくんでライターのほのおに向かって思いっきり吹き付ける。注1:良い子はぜつたいにマネしないでください)をやって消防車をばれるようなマネだけはけてほしい。


「……ほんと気を付けてくださいよ」


 俺はリビングのドアに手をかけ部屋へ行こうとして、


「裕くん」


 と、はいから由香里さんに声をかけられた。いつになくしんけんな声。何だ? かえると、そこにはまるでホンモノの教師のような顔をした(注2:本物です)由香里さんが、こっちをじっと見つめていた。


「……私ね、これだけは言っておきたいと思うの」


「何ですか?」


 だんことなる、どこかおごそかですらあるそのふんに、少しばかりがまえながら問うと、さんは実にこわでこんなことを言いやがった。


「……年下よりもね、やっぱり年上の方がいいわよ? 何といってもテクニックに天と地ほどの差が──」


「うるさいだまれ」


 ……ダメだ、この人。






 はると知り合って以来の俺の日常は、おおむねこんな感じだった。


 学園では三バカやのぶながとだべり、チャンスを見ては春香と色々なことを話し、放課後はルコや由香里さんにからかわれる。休日は時々春香の買い物に付き合ったり、なぜかの買い物に付き合わされることもあったりした。


 春香と出会って以来、みように変化した日常。


 それはちょっとばかりエキセントリックで、色々と苦労も多い。


 でもそんな日常が、俺は気に入っていた。


 だってそれはそれまでの退たいくつな日常より、確実におもしろかったからな。

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