第四話〈2〉


 春香と別れて下校しようとすると、校門のところでめられた。


「お~い、おに~さん」


「ん?」


 おぼえのある舌ったらずな声。


 見ると校門のあたりでこっちに向かって手をっているがらかげが一つあった。


?」


「へへ~、おに~さん、久しぶり」


 たたたっとってくると、制服姿すがたの美夏はそうあいさつした。


「どうした? はるに何か用か」


「うん、用っていうか、ちょっとこの近くまで来たから寄ってみたの。いっしょに帰ろうと思って。お姉ちゃん、まだいる?」


「ああ。でも出てくるまでにはもう少しかかるんじゃないか」


 そう当番だと言ってたから、たぶんあと二、三十分はかかるだろう。しかし考えてみると、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』に掃除当番とは、何ともわん組み合わせである。


「そ~なの? ね、おに~さん。だったらお姉ちゃんが来るまで話し相手になってくれない? せっかく会えたんだし。それともこれから何か用事でもある?」


「いや、だいじようだ」


 彼女がいるわけでもなしバイトをやっているわけでもなし、やることといえば七時までにルコの夕飯を作ることくらいである。俺の放課後のスケジュールは基本的に空きまくっているのだ。……自分で言ってて悲しいが。


「わ~い、やった」


 ぴょんぴょんとその場でねて美夏が喜ぶ。どうでもいいが、スカートでそういうことをするのはやめた方がいいと思う。


「で、最近お姉ちゃんとの仲はどう?」


 ひとしきり喜んだ後、美夏はいきなりそんなことをたずねてきた。


「いやどうって言われても」


 夏にいっしょに出かけるやくそくはしたものの、それ以外には特にしんてんはない。というか、学園内ではヘタに春香と仲良くするとファンクラブに目を付けられるため、人前では落ち着いて話も出来ないのである。


「う~ん、ダメダメだなあ。そんなんじゃ、おに~さんがおさんになる日はまだまだ遠いぞ~」


 そう言って、俺のうできついてくる美夏。


「お、おい」


「えへへ、ちょっとくらいならいいじゃん。わたし、お兄ちゃんも欲しかったんだよね~。今のところ、おに~さんが将来のお義兄ちゃんこうナンバーワンだし」


 美夏がイタズラっぽく笑う。


「それとも、おに~さんはわたしのこと、キライ?」


「いや、そういうわけじゃなくてだな……」


 まあ何だかんだいってはかわいいし、なつかれるのは悪い気はしない。俺としてもこんな妹がいたらいいなと思うこともある。


 ただ──


「人前でってのは、問題あると思うぞ……」


 さっきから何やらしゆうせんがやたらと俺たちに集中していた。


 すれちがう人、通り過ぎる人がこっちをちらちらと見てはひそひそと小声で何かをささやいているのだ。


 その中のいくつかが聞こえた。


「ね、あの子って中学生だよね? 何あれ、男の方がナンパしてるの?」


「でもさっき〝おに~さん〟ってんでたよ。兄妹なんじゃない?」


「〝おに~さん〟ねえ……。それって本物じゃない〝パパ〟とかとどうなんじゃないの」


「うわ、最低」


 別の集団からは、こんな声も聞こえた。


「なあ、あの子、すごいかわいくないか?」


「ああ。でも、何かだれかにてるような……」


「だれだっけ?」


「うーん……」


「で、あの男は何してんだ。ナンパか?」


はくちゆうどうどう、校門で中学生をナンパか……最悪だな」


 さらにはこんな声も。


「あれって二年のあやじゃねえか? 確かはる様にちょっかいだしてるってウワサの……」


「春香様に手を出しておきながら他の子をナンパだぁ?」


「しかも自分のことを〝おに~さん〟とか呼ばせてえつに入ってるらしいぞ」


うでなんて組みやがって……へんたいが」


「……っとくか?」


しんえいたい、呼べば五分以内に二十人は集められるぞ」


 後半の方、ものすごくぶつそうな会話が交わされていた。


 身のけんを感じた。これ以上この場にとどまっていたら生命があぶないとほんのうがレッドシグナルでけいこくしていた。


「あれ、おに~さん、顔が青いよ。どしたの、あい悪い?」


 美夏が顔をぐっと寄せてくる。


 周囲からの視線が、ものでえぐるようなさらにきようれつなものになった。やばい……このままじゃマジで殺られるかもしれん。


 ここはとりあえずいつこくも早くこの場をはなれるべきだろう(戦略的てつ退たい)。


「あー、。悪いが俺、急用を思い出したからここで──」


「あれ美夏? どうしてここにいるんですか?」


 死線をだつしようとした俺を、校舎の方からひびいてきたのんびりとした声がさえぎった。


「あ、ゆうさんもいます。二人でどうしたんですか?」


 はるだった。


 ようやくそうが終わったのか、うれしそうに顔をほころばせながらこっちに向かってとことこと歩いてくる。う、春香もやって来た以上、ここでいきなり俺が消えるのは不自然だ。


「お、おい、春香様だ……」


白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』の出現で、にわかにまわりがさわがしくなる。あわてて頭にあやしい赤いハチマキをきだすやつも(それもけっこう多数)出てきた。


「春香様、あの女の子と知り合いなのか? 親しそうだぞ」


「あれって……もしかして美夏様か?」


「だれそれ?」


「お前知らねえのかよ、モグリか? 春香様の妹だ」


「そういえば顔、てるな」


「かわいい……」


「でもあいつ、何で春香様の妹とあんなに親しげにうでなんて組んでやがるんだ?」


「……まさか妹にも手を出してやがるんじゃ」


「フタマタ……」


 そのことに、ざわりとあたりの空気がれた。


「……おい、しんえいたい、集められるだけ集めろ。あのヤロウ……春香様だけじゃなくて美夏様にまで手を出しやがって。バットとか木刀しないとかあるやつは持ってくるようにも言え」


「ラジャ」


 周りのふんなぐみ前の組事務所みたいなけんのんなものへと変化していく。やばい、本気でやばい。


「そ、それじゃ美夏、春香も来たことだし俺はこのへんで。春香もまた明日──」


「え~、せっかくだからちゆうまでいっしょに帰ろうよ」


 左腕に美夏がぶら下がってくる。


「あ、私もそれに賛成です。裕人さんといっしょに帰るかいって、あまりありませんので」


 右腕のそでを春香がきゅっとつかむ。


「い、いや……」


 それはもうだんなら両手に花どころかちようらん(最高級品)といったところなのだが、今のじようきようではそれはそうしき(もちろん俺の)でかざられるちようほかならなかった。


「ちょっといいかな、あやくん」


 とつぜん、強い力で後ろからかたをがっちりとつかまれた。


 かえると、そこには岩のような顔に白いハチマキをいたせいくまみたいな男が立っていた。目を真っ赤に血走らせて親のかたきのごとく俺をにらけている。


「少しばかり話があるから、俺といっしょに校舎うらまで来てもらえる?」


 そのするどい目がぎらりと光る。……こいつ、どっかで見たことあると思ったらからしゆしよう(全国大会三位)だよ。先日、からんできた他校の不良五人をボコボコにして病院送りにしたとかいう……


「ああ、もちろん時間は取らせないからさ。……いたいのはいつしゆんだけだよ」


 にっこりと笑ってそう言うが、目が全く笑っていない。


 あからさまなかいぼうりよくにおいを感じ、俺はひつはるの二人に目でうつたえかけた。『タ・ス・ケ・テ・ク・レ』。それを受けて姉妹は、ああなるほどとばかりにうんうんとうなずいた。


「何だ、おに~さん、友達とやくそくがあったんだ」


「お友達との約束なら仕方がないです。ざんねんですけれど、私たちのことは気になさらずにそちらに行ってください」


 二人そろってにっこり。


「全然ちがう……」


 アイコンタクトは失敗だった。ごとなまでに大失敗だった。いやどこをどう見ればこいつと俺が友達に見えるんですか……。


「じゃ~ね、おに~さん」


「さようなら、ゆうさん」


 姉妹のなかが遠ざかっていく。


「ああ、キミはこっちだから。しんえいたいのみんながお待ちかねだよ」


 半ば引きずられるようにして春香たちとは反対方向へ連れて行かれる俺。


 その後、とつじよ現れたのぶなが(どうも俺が美夏といるところから見ていたらしい)に助けられて(信長がぼそりと何かを耳打ちしたところ、空手部主将は真っ青になってげていった。相変わらずこいつはなぞだ……)何とか逃げ出すことに成功したものの、それからしばらくの間、俺はファンクラブからの一級指名はいはんとなりいんとん生活を送るハメになったのだった。

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