第四話

第四話〈1〉



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 七月。


 中間試験も終わり、学園全体が来るべき夏休みに向けて段々とさわがしくなりはじめていた。


 どこどこへの旅行の計画だとか、終業式までにはだれだれにこくはくするだとかで教室中がどこか落ち着かないそわそわとしたふんつつまれる中、何とかかろうじてしゆうまぬかれることに成功した俺は(とはいってもかなりきわどい点数のものがいくつもあった)、三バカに一アホ(のぶなが)が加わった四人(……客観的には五バカに見られてるかもしれんが)と、いつものごとくだらだらと昼休みを過ごしていた。


「やっぱり夏は海だろ。飛び散る水飛沫しぶきそそぐ太陽、焼けた砂浜、はくねつするスイカ割り。これこそ日本のびってやつだ! ……男しかいないけどな」


「そうですね。しんりよくつつまれた山の中でりようたんのうするのもおつなものです。日本の夏とはそういうものです。……ひといグマにおそわれるかもしれませんが」


「ああ、そうだな。近所の公園で一晩中飲んでさわいでいで歌って語り明かす。これが夏のだいだ。……たぶん警察につかまるだろうがな」


 こいつら、三人とも夏がキライなんだろうか。おまけに全然会話がってないような……。三人が三人ともボールを投げっぱなしじようたいである。


「夏といえばさー、何といってもありあけだよねー」


 信長は信長でまたワケノワカランことを言ってるし……。有明って、九州まで行くつもりか、こいつは。


「おいゆう、お前はどう思う? やっぱ男は海水浴だよな?」


 なががいきなりこっちを向く。そういう議論を俺にるな。ていうか、俺も頭数に入ってたのか。


「いいえ、海なんて有害ながいせんしようしやじようみたいなものです。やはりここはマイナスイオンがほうに満ち満ちたいやしと安らぎの場である山でのキャンプを選ぶのがけんじんせんたくかと」


「公園でえんかいが一番だろ? 金もかかんねーし」


「やっぱ同人誌だよねー?」


 四人がずい、と顔を寄せてくる。うっ、暑苦しい。


 いや俺は海でも山でもどこでも別にかまわんのだが(信長はそもそも何を言ってんだか分からんし)、いっしょに行くのがこいつらってところが一番問題なんだよな……。どこに行ってもぜつたいに何かロクでもないトラブルが起きそうな気がする。そもそも、これらの計画全てが男のみでこうせいされてる(すなわち色気の『い』の字もなし)ってところが何よりも悲しい。


「あー、とりあえず俺の意見はりゆうってことで」


 何と答えてもどこからかもんが出そうだったのでなんにそうげておくと、


「またか。お前は本当にいいかげんだな」


「その全てにおいてなおざりな性格、直さないといたい目を見るとちゆうこくしたはずですが」


「けっ、このちゆうはんな根無し草ヤロウが」


ゆうは昔からゆうじゆうだんなんだよねー。外食するときもメニューを選ぶのにやたらと時間かかるしさー」


 言いたいほうだいだった。まあ別に今さらこいつらに何と言われようと気にはならんけどさ。


 ふたたびあーだこーだもうな議論を始めた四人はほうっておいて、机につっぷす。


 ──夏休みと言えば、はるはどうするんだろうな。


 ふと気になった。


 三バカプラス一アホたちの意味不明な計画はほんとに心のそこからどうでも良かったが、そっちはかなり気になる。


 やっぱりおじよう様だけあって南の島でバカンスを楽しみながらゆうにクルージングだとか、かるざわべつそうそなけのテニスコートで汗を流しながらのんびりとしよとかなのかね。


 ちらりと教室の反対側を見ると、その春香が食後のお茶を楽しみながらのんびりと読書をしていた。相変わらずその姿すがたは優雅で、しとやかにたたずむしられんそうさせる。読んでいるのは高価そうなカバーにおおわれたいかにも文学的な香りを感じさせる文庫本だが、その中身がかならずしもがいかんいつしないということは先日以来もうよく分かっている。たのむから人前で落としたりしないでくれよ(すげえやりそう)。


 春香がふとこっちを見た。目が合う。すると少しずかしそうにほおめて、でもうれしそうにぱたぱたと手をってくれた。うーん、とてつもなくかわいい。


 ることなら三バカたちとなんかじゃなくて春香とどこかに行きたいんだが(それも二人で)……まあそれは調ちように乗りすぎってもんだろう。いかにここ数ヶ月の間に少しは親しくなったとはいえ、夏に二人だけでどこかへ出かけられるほどの仲じゃない。


 だけど、いてみるだけは訊いてみてもいいかな……






「え、夏の予定ですか?」


「おう。春香はどっかに行ったりするのか?」


 放課後。ろうでたまたますれちがった時にさりげなくそう訊いてみると、春香はかわいらしく小首をかしげた。


「えと……そうですね、づきさんたちといっしょにやまの別荘に行くのは決まっています。八月にはロンドンでピアノのコンクールがありますし、あとはお様とにテニスへ行く予定もあります」


「ふんふん」


 そうから大きくははずれていないラインナップだ。さすがおじよう様。


「う~ん、あとは何かあったかな……。あ、一つ行きたいところがありました」


「どこだ?」


「〝なつこみ〟です」


「……」


 ……何それ?


「『イノセント・スマイル』に書いてあったんですけど、何でも『ドジっアキちゃん』と『ダメっ娘メグちゃん』の茶道ヴァージョンのげんていふぃぎゅあが売られているそうで……。それがとってもてきなんです」


 夢見る少女のひとみでそうかたはる。それだけで〝なつこみ〟とやらがどういうものかだいたい分かった。分かりすぎるくらいに分かった。


「それって、どこでやってるんだ?」


ありあけの東京ビッグサイトと書いてありました。でも一人だと不安なのであきらめようかとも思っているんですけど……」


「ゆりかもめか……」


 それならそう遠くもないな。


「もしよかったら、いっしょに行くか?」


 そうていあんしてみた。


「い、いいんですか?」


「ああ」


「あ、ありがとうございますっ」


 こうふんしたおもちで春香が立ち上がる。ほんとにうれしそうだな。


 ひとしきり喜んだ後、


「あ、それじゃ私そろそろ行きますね。今日、そう当番なんです」


 と言って、にこにこ顔で春香は去っていった。


 かくして少々(かなりか?)色気には欠けるものの、春香と二人きりでどこかへ行くという、ねんがんの夏の予定が決定したのだった。

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