第三話〈8〉


 ひとしきりそんなじゃれ合いにも近いやり取りをやった後、ちょっとしんけんな顔をして美夏が改めて言った。


「ね、おに~さん。に答えてほしいんだ。おに~さんは、お姉ちゃんの秘密のこと、知ってるの?」


「……」


 まよったが、けつきよく、本当のことを言うことにした。ひとみに宿る光を見て、何となくそうするべきだと思ったから。


「……知ってる。きっかけはぐうぜんだったけど、そのあとはる本人からくわしい話を聞いた」


「そっか」


 美夏の表情がぱっと明るくなる。


「うん。まあたぶんそうだろうとは思ってたんだけど、やっぱそうだったか。うんうん、我ながら女のかんってのは当たるものよね~」


 みように突っ込みどころのあることを言いながら笑う美夏。


「なあ、今度はこっちがいていいか?」


「ん、な~に」


「そっちこそ、何で春香のみつのこと知ってるんだ? 家族にも秘密なんだろ」


 確かにあの〝お買い物のしおり〟を見ればそうがつくかもしれないが、美夏の調ちようからは、むしろそれよりもかなり前から秘密について知っていたように感じられる。


「あ、そのことか」


 美夏がしようする。


「ん~、本人はひつかくしているみたいだけどね~。わたしとかづきさんには昔からバレバレだよ。お姉ちゃん、ウソつけないタイプだから。気付いてないのってお父さんとお母さんくらいじゃないかな。でもお姉ちゃんは隠したいって思ってるみたいだから、わたしが知ってるってことはまだ秘密にしといてね」


 ぺろっと舌を出しながら笑う。この歳でそんなことまで考えてるのか。うーん、お姉ちゃんおもいのよくた妹だ。うちのダメ姉とトイレットペーパー付きでこうかんしたいくらいだな。


 まあ、美夏たちが秘密を知っていることについてはこれでなつとくがいった。


 でもまだ一つ気にかかることがあった。


「なあ、何で俺が春香の秘密を知ってるって思ったんだ?」


 美夏も、俺が知っているというあるていの確信があったからこそ訊いてきたんだろう。これでもいちおう隠すために気をつかったつもりなんだが。


 すると美夏はあはは、と笑った。


「それはかんたん。お姉ちゃんが、自分の秘密を知らない人を、アキバにさそうわけないもん。それもあんなようかいよう──こ、こほん、イラスト付きの地図まで用意して」


「……あ」


 確かにそれはまったくもってその通りだ。


「それに……そうじゃなくたって、お姉ちゃんの顔を見てれば丸分かりだよ」


「顔?」


「うん。だってあんなに幸せそうな楽しそうな顔したお姉ちゃん見るの、初めてだもん。あれは完全に心をゆるしてる顔だった。あれはきっと全てを許した女の顔ね。──これもきっと、おに~さんの前だと本当の自分を出せるからなんだと思う」


「……本当のはる、か」


 確かに学園での『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』としての春香よりも、こっちの春香の方が本物……というかなんだろう。以前は気付かなかったが、学園にいる時の春香はわずかに表情がかたい。にこやかに笑いながらもどこかまわりに対して一歩退いているような、そんな感じがするのだ。


「きっと、お姉ちゃんはおに~さんのことにくからず思ってるんだと思うよ。でもそれも何となく分かる気がする。わたしから見ても、おに~さんっていい人っぽいし。これでもわたし、人を見る目には自信あるんだよ」


「うーん」


 姉妹にそろっていい人と言われてしまった。じつさいのところ、そんないいモンじゃないんだけどな、俺。


「おに~さん」


 と、がそれまでうって変わってしんおもちになった。


「お姉ちゃんを……どうかはなさないでやってください」


「見放すって……」


 いや立場的にはどちらかと言えば俺が春香に見放される方かと。何せ『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』とぼんような一学生だし。


 しかし美夏はふるふると首をった。


「お姉ちゃん……あのしゆが周りにバレたせいで、昔にけっこうつらい思いとかしてるの。見た目とかふんとかがああだから、周りの人たちはみんなせいで落ち着いたかんぺきなおじよう様ってイメージみたいなものをお姉ちゃんに押し付けて、それが破られると勝手にげんめつしてはなれていくって感じで。ほんとはドジでけてて、ちょっと変わった趣味を持ってるだけのつうの女の子なのに」


 それは……あるかもしれんな。うちの学園にもファンクラブはあるが、たしてそのうちの何人が春香の中身を知ってるだろう。そして何人が中身を知っても今までと同じように春香のことを見ることがるだろう。ガチャポンにはまったり、みようなマンガを愛読してたり、けいたいゲーム機が買えなくていたり……知れば知るほど完璧なお嬢様──『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』の本来のイメージとはほど遠い。


「お姉ちゃんには、お姉ちゃんのことを色眼鏡なしで見てくれる人がひつようなんだと思う。ありのままの、自然体のお姉ちゃんを見てくれる人が。そして何となくだけど、おに~さんにならそれが出来る気がする」


 だから、と言って、は俺の目をしっかりと見た。


「勝手なこと言ってるのは分かってるけど……でも、どうかお姉ちゃんと仲良くしてあげてください。わたし、もうだれかにうらられていてるお姉ちゃんを見たくないから……」


 ぺこりと頭を下げる。


 ──ほんとにこの子ははるのことを大事に思ってるんだな。ことはしばしたいからそのことがひしひしと伝わってくる。いい子なんだな……この子は。


 だからってわけじゃないが、俺は美夏の頭に手を置いて、出来るだけ優しい調ちようで言った。


「……しんぱいしなくてもだいじようだ。俺が春香をはなすなんて、そんなことあるわけない」


「え……」


「春香は大事な友達だし、それに……」


「それに?」


「……か、かわいいとも思ってるしな。ドジでけてててんねんなところも、ちょっと変わったしゆを持ってるところも、全部ひっくるめて」


 そうでなければ、春香の中身を知ってから二ヶ月近くもこんな関係(真夜中の学園に不法しんにゆうしたり、ほうプレイをされたり、ファンクラブににらまれたり)を続けていない。


「おに~さん……うん、やっぱりおに~さんはわたしの見込んだ通りの人だっ!」


 美夏がかんせいをあげて俺にきついてきた。そのいきおいでたばねてあるかみの毛が鼻先をかすめ、ふわりといいにおいがう。春香と同じフローラル系のやわらかなかおり。同じシャンプーを使ってるんだろうか。何だか春香にきつかれているようなさつかくおそわれて、頭がぼーっといい気持ちになってくる──


 と、その時。


「お待たせしました」


 がちゃりとドアが開き、春香がもどってきた。


「ワンちゃんのお土産みやげ、ばっちり用意ました。──あら?」


「は、春香……」


 紙袋を片手にに入ってきた春香。そのせんは、じっと俺と美夏にそそがれている。


「は、春香、いやこれは」


 最悪のタイミングだった。客観的に見れば、どうわけしても俺が美夏を抱きしめている(あるいはおそっている)ようにしか見えない。


「み、美夏からも何とか言ってくれ」


「おに~さん、いくらわたしがカワイイからって、いきなり抱きしめるのは早いと思う。物事にはじゆんじよってものがあるんだから。きゃっ♪」


 いや「きゃっ♪」じゃないだろ!


 もうどうしていいか分からず、うわ現場を妻にまれた夫のようにその場でこおいていると、はるがにっこりと笑った。


「もう、そんなにゆうさんに甘えちゃダメですよ。裕人さん、こまってます」


「は~い」


 イタズラをとがめられた子供みたいな顔をして美夏がはなれる。その様子を、春香はにこにことおだやかな顔のままで見守っている。あれ?


「……春香、おこってないのか?」


「え、どうしてです?」


 頭の上にハテナマークをかべながら、ぽわんとした表情でがる春香。ほんとに何とも思ってないみたいだ。……何だかそれはそれで少しさびしいような気も。


「お姉ちゃん、こういったことにはすっごくにぶいからね~」


 うでを組みながら、うんうんと美夏がうなずいた。


「ま、それがお姉ちゃんの短所でもあり長所でもあるんだけど」


「?」


「あ~、いいのいいの、お姉ちゃんは分からなくて。それよりおに~さん」


「ん?」


 小首をかしげたままの春香から俺の方に向き直り、美夏は改めてこんなことを言った。


「ああいうお姉ちゃんだから色々とたいへんかとは思いますが……どうかよろしくお願いします。……おさん♪」


 最後の〝おにいさん〟のひびきが、少し他とことなっていたように聞こえたのは俺の気のせいだろうか。気のせいってことにしとこう。

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